魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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エピローグ 新章のはじまり(ヌーベルヴアーグ)

03 二年三組の教室も、他と同様多勢に漏れず実に騒々しい

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 二年三組の教室も、他と同様多勢に漏れず実に騒々しい状態であった。
 わあわあと、男子も女子も楽しそうに騒いでいる。
 これを青春謳歌といってしまえば、まあそうなのかも知れないが。
 中には大人しく机と向き合う者もいるが、それは全体の騒がしい印象を一パーセントたりとも下げるものではなかった。

 そんな雰囲気にも後押しされて、ということでは絶対に、断じて、ないのだろうが……
 あきかずが、今日もいつものようにイタズラをしていたのは。
 なにをしているかというと、教室の教卓側にある引き戸の前、椅子を置いて足場にし、隙間に黒板消しを挟んでいるのだ。戸を開くと落ちて頭に当たるという、自身の名前の通りに昭和的古典的なイタズラだ。

 昭刃和美、ちょっとキツイ感じに見えるが可愛らしくもある、茶髪ポニーテールが印象的な女子生徒である。

「今日こそお、ぐろの行かず後家にぃ、目にもの見せくれるわあ。女同士の戦い、百年千年における因縁に、あっ、いざっ、いざあ、決着じゃああああああ」

 性格はちょっとアレなようだが。

「もののふどもよ、集いて今日いう日を胸に刻め。六月十日、おっ、とうの日だ。イヤァーーーッ」

 ちょっとどころでなくアレかも知れないが。

 とうけい、何十年も前に活躍していた平成時代のプロレスラーである。カズミが狭い椅子の上で器用に足を広げ、LOVEポーズというその武藤敬司がよくやっていたパフォーマンスをしていると、

「カズにゃんさあ、さっきからもう。子供じゃないんだからさあ。一人でなんだか危ない子だよお」

 背の低い、でも声はキンキンと高い女子が近付いてきた。
 緩くウェーブの掛かった肩までの髪の毛。
 小柄と甲高い声が印象的な女子生徒。胸の名札には、へいなると書かれている。

「ドチビのお前の方がよっぽど子供だろ。つうか幼稚園児じゃん。なんで中学校に来てるんですかあ? 迷っちゃったのかなあ? パパかママはあ?」

 足場で高みに立つせいか、カズミの気持ちはザ・マウントポジション。見下しの笑み。見下しの極みである。

 物理的には、そんな精神マウントが取れるほど有利な状況でもなんでもなかったのだが。
 なぜならば、

「幼児いうなああああ! カズにゃんのバーカ、バーカ、バーカ、バーカ!」

 NGワードに触れたか成葉がブチ切れて、椅子に立つカズミのスカートをぶわり激しくまくり上げると、椅子足をガツンガツン蹴り始めたのである。キンキンとした甲高い声で喚き叫びながら。

「うおっ、わっ、やっ、やめろおおおおおお! 椅子を蹴飛ばすのと、その超音波の、せめてどっちかやめろおおおおおお!」
「幼稚園児取り消せえ!」
「やだあああああ! っと、おっ、あぶね、くそお」

 ガツガツガツガツ蹴飛ばされて、四つの椅子足が代わる代わる浮いたり床を突いたり、乗ってる座面がぐらぐらと揺れに揺れて、上に立つカズミは必死である。
 だがロデオの暴れ馬にいつまでも立っていられるはずもなく、しかし絶対に謝りたくもなく、

「緊急退避!」

 カズミは叫びながら、椅子を蹴り高く前へとジャンプしていた。
 なんのアクション映画の真似だか、ガラス突き破る時のように両腕で顔を覆いながら。
 でもというかなんというか、上履きの踵が背板と座面の隙間に引っ掛かってしまい、これどんな奇跡という具合に飛ぶ彼女へと椅子が付いてきてしまっていた。

「わあああ!」
「うおおおお!」

 そのため空中でバランスを崩したカズミは、その大きなおまけをくっ付けたままの状態で、成葉へと突っ込んでしまい、二人もつれて転んで床をごろごろ、ガツガツ、ごろごろ。
 ごろごろの勢いで椅子が立って、椅子に引っ張られてカズミの身体が持ち上がってストンと綺麗に着席した。

「おおっ、き、奇跡!」

 バカッコイイ動画が一発成功してしまったような喜びの顔も束の間、ガッ、床に倒れたままの成葉が椅子足を激しく蹴飛ばし払って、カズミはダルマ落としのダルマよろしく垂直落下で尻を床に叩き付けてしまう。

「いでつ!」

 顔を歪めたカズミの変な悲鳴。

「痛いのはナルハの方だよ!」

 怒鳴りながら立ち上がった涙目の成葉は、倒した椅子を掴み上げると、ぶうんと大きく振り回して、

「バカー!」

 カズミの頭を殴り付けた。

「あだっ!」

 一発では終わらなかった。
 ガスガスガスガス、椅子が壊れるのではないかというくらい何度も何度も成葉は殴り続けた。
 キンキン声でバーカバーカ叫びながら。
 カズミのまきぞえ食らって転ばされたのが、よっぽど痛かったのだろう。

「ご、ごめん、謝る! ナルハちゃん! あたしが悪かった! 悪かったから、やめろお!」

 最初から謝っておけば、ここまでにならなかっただろうが。時遅し。是非も無し。

 と、この騒々しい教室の中で、ブッちぎり一番のバカな喧嘩を二人が続けていると、引き戸の向こう側に誰かが立った。
 気配というより、黒板消しの罠を仕掛けたために空いた隙間から見えたのだ。

「っと、休戦だ!」

 ぶうんと飛んでくる椅子足を両手で掴み止め、カズミはわくわく楽しげな顔を引き戸へと向けた。

 引き戸には黒板消し、教室に入って少し進んだところにはバナナの皮。頭にチョークの粉を受けて怒り心頭の須黒先生が、さらにツルリスッテンという作戦である。
 または黒板消しに気付いた先生がふふんドヤ顔澄まし顔、の油断を襲うツルリンスッテン。
 いずれにしても脅威間違い無し、二段構えの死の包囲網、受けよ須黒お!

 と、そんなカズミのわくわく興奮した顔が、

「やべっ!」

 一転して蒼白になっていた。
 さもあろう。
 引き戸が開いたかと思えば、そこにいるのが宿敵? 天敵? のぐろさと先生ではなく、会ったこともない、紺色のセーラー服という他校の制服を着た女子だったのだから。
 下手したら国際紛争勃発という外交問題へと発展してしまうかも、という程度の一般常識や倫理観はカズミにもあったということであろう。

 とはいえ一瞬のことゆえになにが出来るわけでもなく、顔面蒼白のカズミの見ている前で、B25から爆弾が、いや戸の間から黒板消しが落下したのである。

「失礼しますー」

 おずおずとした様子で入ってくる、赤毛の女子生徒の頭上へと。

 やべえ、というカズミの顔であったが、それが驚き、呆然、といったぽかんとした表情に変わっていた。

「え……」

 女子生徒の身体が、ふ、と一瞬消えたように、カズミには見えたのである。
 と、その瞬間、かつーん、と女子生徒の足元に黒板消しが落ちていたのである。
 頭にぶつかった形跡など、まったくなく。

 いまのは……
 目の、錯覚か?
 素早くかわしたのが、そう見えた?
 それか、パシリ叩き落とした。
 いや、
 でも……
 ……なんなんだ、こいつ……

 カズミは幼い頃から空手をやっており、またバスケットボール以外スポーツ万能であり、動体視力にも自信を持っている。
 だから、こんなことで自分の目が錯覚するなど信じられない。
 信じられないけど、でも、錯覚でないならいまのはなんなんだ……

 呆然としながらもそんなこと考え見守るカズミの前、紺色セーラー服の赤毛女子は「落ちてますよー」などと小声で黒板消しを拾い、教室の中へと入ってきた。

 黙ってしまっているのは、カズミだけではない。
 まあ、黙っている理由はカズミとは違う理由であるが。他校制服の女子登場つまりは転校生か、という突然のイベントに対して、教室内は静まり返っていたのである。

 と、生徒たちが唖然呆然見守るそんな中、赤毛の女子生徒は、

「うわ!」

 次の罠であるバナナの皮にはあっさり引っ掛かって、つるっガーン! 豪快に滑った。
 そして空中で身体を半回転させて、後頭部から床に落ちた。

 持っていた黒板消しが、ぽっすんカラリと落ち転がった。

 どれだけの激痛が、現在の彼女を襲っているのだろうか。
 五寸釘を打てそうなくらい、思い切り頭を打ち付けていたが。

「うぎゅううううう、ぐううううううううああああああああああ」

 スカートめくれてパンツ丸見えの激しくみっともない状態だというのに、それどころでなくどったんばったんのたうち回っているというところだけを見ても、痛み想像に硬くないというものだろう。

「す、すげえのかアホなのか、分かんねえやつがきたあ!」

 目の前で起きているなんだか壮絶な光景に、カズミの顔はぴくりぴくり引きつっていた。
 と、ここで、

「もう先に行っちゃわないでよお。なんかまるでこの学校に詳しいかのよ……」

 のんびり口調で、須黒先生が入ってきた。
 カズミが討ち果すべき本来の敵である。
 そして、教室内の光景にびくり肩を震わせた。目の前で、どったんばったん、打ち上げられた鯉みたく跳ね回っている赤毛の女子生徒の姿に。

「わっ! だ、大丈夫、りようどうさん! 誰、こんなことしたのは!」

 惨状にびっくり、次いで怒声を張り上げた。

 男女生徒たちの白い視線が、全員が全員カズミへと集中していた。まあ当たり前であるが。

 ウイイイン、先生の視線もカズミへとロックオン。そして、
 ずん、
 ずん、
 前へ進む。
 カズミへと向かって。
 怒りのオーラを、触手のようにぶわわわわっと吹き上げながら。

「まああああたあああおおおおまあああええええええかああああ!」
「ち、違うんだっ」

 違わないのだが。
 そんな、弁明になるはずないことをいいながら、慌てて立ち上がり、踵を返し掛けるカズミであるが、もう遅かった。

「アックスボンバーッ!」

 短い助走を付けながら飛び込んだ先生が、ガッツポーズみたいに曲げた腕でカズミの顔面をぶん殴ったのである。

 アックスボンバー、プロレス技である。
 昭和のプロレスラー、ハルク・ホーガンがスタン・ハンセンのウエスタンラリアットを参考に開発した、腕を使った打撃技だ。

「ぎゃぶっ!」

 ぶっ飛ばされて空中に浮かぶカズミを、先生は素早く掴み引き寄せ、そして身体を巻き付けて、

「さらに、コブラツイスト!」

 締め上げる!
 その動き、破壊力は、まさに小動物を絡めとったコブラ。バキボキ凄い音が響く。アバラ骨の砕けそうな、いや既に何本か砕けていても不思議でない。

「ぎゃほう! ぐ、ぐるじ、ごめんごめんごめんずいませんでしたああああ」

 カズミちゃんが、ギリギリ締められながら苦悶の表情を浮かべて必死に謝っているのだが、

「からのお……」

 先生まったく聞いていない。
 締め技を解除したと見えた瞬間には高く身体を持ち上げて、

「パワーーー、ボム!」

 ズッガーン!
 肩から床へ叩き落とした。

「ごぎゃああああああああ! ひ、ひでえ! 謝ったのに!」
「済んだら警察いらねえんだよ!」

 あっという間にボロ雑巾と化したカズミの傍らで、刀に付いたつまらぬ血を拭くがごとく須黒先生はパンパン両手を叩く。

「ぐ」

 ボロ雑巾が、がくり力尽きた。
 果たして生きているのか、いないのか。

 教室は、しーーーーんと静まり返ってしまっている。
 お茶目な生徒へのここまで壮絶な体罰あいじようをまざまざ見せられれば、さもあろう。
 またストレス発散してるよこの先生、というげんなり感だけかも知れないが。

「あ、そ、そ、そうだっ」

 自らがしんとさせてしまった冷たい空気の中、先生は恥ずかしそうに笑いながら赤毛の女子を両手のひらで差した。
 ようやく立ち上がって、バナナの罠で強打した後頭部をまだ痛そうに押さえている紺色セーラー服の赤毛女子を。

「転校生を紹介します。さ、挨拶を」

 眼鏡の奥ににこり可愛らしい笑みをしらじらしく浮かべる須黒美里、二十八歳。

「こ、この雰囲気の中で、やれと……」

 あまりに極悪な無茶振りに顔を青ざめさせる赤毛の転校生、りようどうさきであった。
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