魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第三十四章 世界が変わらずあることに

01 六方の塞がれた、暗闇の部屋である。河馬を二頭並べた

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 六方の塞がれた、暗闇の部屋である。
 河馬を二頭並べたくらいの、巨大な塊が横たわり転がっている。
 形状的には、蜘蛛にかなり似ている。
 ただし足の数は六本。本当の蜘蛛ならば八本である。それでも腹部のごちゃっとした足の付け根は、生理的嫌悪の感情を抱くに充分ではあったが。

 それは、ぴくりとも動いていない。
 死体だろうか。
 死体なのだろう。
 普通に、考えるならば。
 首がすっぱりと切り落とされて、存在していないのだから。

 切断面はまだ赤く、熟れたトマトのようになんとも生々しい。
 普通に考えるならば、という前提のある自問回答になるのも無理はないだろう。横たわった巨大な蜘蛛の背中には、人間の上半身が生えているのだから。首が切り落とされているというのは、その、人間の方なのだから。

 これで一つの生物と考えるのであれば、人間の首の方が落とされて実際に人も蜘蛛もどちらもぴくりとも動かない以上は、死んでいると考えるのが普通というものであろう。

 首のない、そして左腕も切り落とされている、人間の上半身。白銀の服に身を覆われている。
 正確には、人間ではない。
 合成生物キマイラ、つまり人工天然の様々な臓器、筋肉、神経、骨格、などを合成して作られた生物だ。
 リヒト所長、垂れだれとくゆうが、首を落とされて死んでいるのである。

 白い衣装の少女ヴァイスに左腕を切り落とされて逃げようとしていたところを、シュヴァルツに首を落とされて絶命したのだ。

 その、巨蜘蛛と合体した至垂の死骸を、黒い服を着た四人が取り囲んでいる。

 一人は、ふわふわとした服を着ている。
 幼いながら端正な顔立ちの少女、シュヴァルツである。

 あとの三人は身体の線がはっきり出ている黒いスーツ姿で、顔は三人ともまったく同じだ。シュヴァルツを、少し崩して薄くした感じとでもいおうか。アインス、ツヴァイ、ドライである。

 なお本当は、彼女たち四人に名前はない。
 彼女といういい方も、正しくない。

 名前がないのは、呼び合う必要がないためである。
 認識において不都合であると、あきかずたちが勝手に名付けただけだ。
 シュヴァルツはドイツ語で、黒。アインス、ツヴァイ、ドライは、数字のいち、にい、さん、である。
 当人たちはみな、そう名付けられたことなど知らないのだが。

 彼女、ではないのは、本当に女性ではないどころかそもそも生物ですらないからだ。
 体型や声が、女性型というだけである。

 同じ顔をした三人、アインス、ツヴァイ、ドライのうちの一人が、なにか大きな塊を手に下げている。
 それは、人の首であった。
 至垂徳柳の、切断時の驚きや痛みに表情が醜く歪んだ首であった。

 黒服の一人、ドライが一歩前へ出ると、巨蜘蛛へと向けて右の手刀を斜めに跳ね上げた。
 数メートルの距離があるというのに、至垂の上半身が魔道着ごと、腹から肩に掛けて切り裂かれていた。
 至垂の肉体は骨まで断たれて、背中の皮膚の裏側が見えそうなくらいぱっくりと裂けてしまったが、血が噴き出さないどころかただの一滴すらもこぼれなかった。やはり、生命活動は停止しているということなのだろう。

 続いてツヴァイが、一歩、二歩、巨蜘蛛へと近付く。
 特に大切そうでもなく無造作に、至垂の首を髪の毛掴んで持ちながら。
 その首を、ドライが切り裂いた至垂自身の亀裂の中へと押し込むと、ぬるりと頭部すべてが切り裂かれた腹部の中におさまってしまった。
 いや……押し込まれる都度、接触面が溶けており、至垂の頭部はどろり溶けて融合というべきか吸収というべきか、小さくなって完全に消えてしまった。

 準備は整ったということか、黙って見ていたシュヴァルツが黒くふんわりした自分の衣装に手を掛けた。
 手を掛けた瞬間、するりと布地のすべてが足元に落ちた。
 両足を抜き、靴も脱ぐと、黒のハーフパンツ以外はなにも身に着けていない格好になった。
 人間の基準で考えるならば、まだ幼い、隆起のまるでない、女児の体型である。

 ハーフパンツに手を掛けると、なんの躊躇いもなく脱いで全裸になった。
 まるでマネキンである。
 あらゆる意味で。
 胸の膨らみや腰のくびれがまったくない。のみならず、股間にはなにも生えていないのは当然のこと、なんの形状すらもそこにはなかったのだから。
 生体型ロボットであり、男性でも女性でもないためだ。

 便宜上は彼女と表記するが、彼女、シュヴァルツは全裸の状態のまま巨蜘蛛の傍らに立った。
 右腕を上げて手を伸ばすと、手のひらを巨大な胴体へと当てた。

 シュヴァルツの右手が薄青く光り輝くと、手の触れている巨蜘蛛の皮膚がじくじくと溶け始めた。
 薄青い光、まとわりつく荒い光の粒子が、ゆっくりと動き始める。シュヴァルツの腕を登り、身体へと、全身へと、輝きが流れていく。
 至垂の肉体を溶かし取り込もうとしているようにも見えるが、至垂とシュヴァルツお互いの質量にいささかの変化もない。
 巨大な蜘蛛はその大きさであり続けたし、シュヴァルツも幼い少女体型のまま。

 シュヴァルツは一糸まとわぬ姿で、巨蜘蛛の胴体に手を当て、薄青く輝く光のやりとりを続けている。
 なにかを吸い取っている?
 それは魔力?
 それとも、肉体を?

 だが、消えたのはシュヴァルツの方であった。
 互いの質量も見た目も変化はなかったというのに、幼い少女の方こそが不意に消えてしまったのである。
 頭から足先、全身がふっと溶けて、脱ぎ捨てた黒い衣服や下着だけを存在の痕跡として。

 いや……
 痕跡どころか、それそのものが……シュヴァルツそのものが、そこに存在していた。
 首を切り落とされた至垂の死体に、いつの間にか新たな頭部が生じており、それはシュヴァルツの幼い顔そのものだったのである。

 その口が薄く笑みの形を作ると、その下にある巨大な蜘蛛の全身がぶるりと震えた。
 蜘蛛から生える白銀の魔道着は至垂徳柳であるはずで、実際他の誰でもないというほどに筋骨隆々であるが、その上に現在あるのはシュヴァルツの幼く小さい顔であり違和感この上ない。
 その筋骨隆々の右腕が伸びて、床をがさごそ漁るように動く。先ほどヴァイスの光弾で切り落とされた左腕に、指先が触れる。掴み、引き寄せると、無造作に左腕の切断面へと継ぎ当てた。
 押し当てた瞬間には、もう手の先指の先がぴくりぴくりと動いていた。
 人差し指、中指、薬指、確かめているかのように、指が一本ずつ折り曲げられていく。
 切り落とされて断面が土まみれになっていた腕が、ほんの一瞬にして繋がるどころか完全に機能していた。

 蜘蛛の巨体が、動き出す。
 地響きを立てながら、六本の足を器用に動かして体勢を立て直した。

 死体が、動いた?
 生き返った?
 いや、新たな合成生物キマイラが誕生したというべきであろう。
 見た目としては、至垂の顔がシュヴァルツにすげ変わったという一点だけであるが。

「力を、得た」

 シュヴァルツの顔、その口元に、薄いがはっきりとした笑みが浮かんでいた。
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