300 / 395
第二十六章 夢でないのなら
02 どおん どおん 激しい振動が、伝わってくる。アサキ
しおりを挟むどおん
どおん
激しい振動が、伝わってくる。
アサキの、全身に。
おそらく、誰かが叩いたり、蹴ったりしているのだ。
壁の、向こうから。
誰?
誰がいるの?
アサキは、不安になっていた。
魔力の目により視覚はあるといえ、漆黒の闇とも認識しているこの狭い空間。どこかも分からないのに、外側から誰だかに壁をガンガン叩かれているのだから。
一体、誰が……
それとこの、音の感覚だけど、やっぱりおかしい……
向こう側で、ここまで強く壁を殴るか蹴るかしているのだ。
もっとこう、破れ鐘を叩くような、頭の内側で響く不快な感じがあっていいはず。
それが、ない。
やっぱり、耳で音を聞いていない。
振動による空気の震えを、鼓膜が捉えて音と認識しているのではなく、皮膚への刺激を、脳が無理やり音に組み立てている感じだ。
ガンガン叩かれる不安に怯えながらも、試しに、両耳に手のひらを当てて覆ってみる。
離して、かぶせて、何度か繰り返してみたが、予想通りだ。
聞こえる音に、寸分の変化もない。
つまりわたしは音を聞いていない、ということになる。
聞いてはいないけれど、でも……
おーい
はっきりと、声が聞こえる。
脳はそう認識している。
皮膚に伝わる振動にしては、はっきりしすぎだ。魔力の目でこの暗がりの中を見ているように、届く意思を、直接に捉えているのかも知れない。組織から教わったことはないけれど、いわば魔力の耳とでも呼ぼうか。
おい。
返事しろよ。
誰かいるのかあ?
なにがどうであれ、肉声にせよ違うにせよ、誰かが呼び掛けていることに違いはない。
でも、誰?
と、あらためて思った瞬間である。
びりっ、と全身を電撃が突き抜けていた。
自分へと呼び掛けている誰かの、この声というか、気配というか、よく知るものだったのである。
カズミ、ちゃん?
きっとカズミちゃんだ!
でも、
どうして、ここにいる?
わたしの前で、治奈ちゃんと一緒に、ヴァイスタに……
じゃあ、これは幻聴?
これは夢?
あとだ。
いまはそんなことどうでもいい。
「カズミちゃん? いるよ、わたし、ここに! アサキ、わたしアサキだよ! 壁に囲まれた中で、出るところがないんだ!」
叫んだ。
届くかどうか分からないが、精一杯叫んだ。
向こうの大声だって届いているから、きっと届くだろう。
なにいってんだあ。お前バカなのかあ。
ほら、
すぐ言葉が返ってきた。
この口の悪さ。間違いない、カズミちゃんだ。
壁の中? からくり部屋じゃねえんだ。ドアがあんだろが!
カズミちゃんと思われる女性の、乱暴な言葉遣いに、怒鳴り声。
「どこ? ないよ、ドアなんて。変な形の壁に、四方を囲まれているだけだよ」
はあ?
ったく、世話の掛かる女だなあ、てめえは。
こっちはさっきから、そのドアをぶっ叩いてんだよ。
じゃあ、ドアの右と左を殴るから、それで当たりをつけろ! こっちが右っ端、でこっちが左だ。分かったかオシッコタレの鼻水女。
がんがん
がんがん
壁を殴る音が聞こえる。耳でなく、肌で感じる。
感じた位置の壁を、まじまじと凝視してみると、なるほど、見付けた。
注意しないとまったく気付かないが、確かに、壁の真ん中に扉があるようだ。
でも、正面に立ってみても、まったく開く様子がない。
ボタンとか、認証センサーの類も、見当たらない。
開閉システムが壊れている?
でも、ここに出入り口があると分かっているのなら……
壁の向こう側が存在することが分かり、さらにそこにカズミちゃんがいる、そう分かっているのならば……
ぐっ
おそらく扉と壁との境であろう、という箇所へ、右手で手刀を作ると、そっと指先を突き当てた。
そのまま、力を込めて押す。
非詠唱魔法を使って、右手を魔力強化しながら。
輝く右手の手刀を、押す。
扉と壁との境へと、扉と壁とを砕きつつ、指先が少しめり込んだ。
扉の側面への手掛かりが出来たので、今度は指に力を込めつつ、しっかり床を踏みしめつつ、全身に力を入れて、横へとスライドさせていく。
分厚い鉄板なのかというほどに、扉は相当に重たかった。
微動だにもしない。
だが、それでもが渾身ガムシャラ力を込め続けていたら、がりがり砂を潰すような振動と共ともに、僅か横へと動いて、扉と壁との隙間が出来、広がった。
「お、お前っ、相変わらず規格外のことしやがるな!」
壁の向こうから、驚く女性の声。
こうして壁と扉に隙間が出来たためか、今度ははっきりと聞こえた。
声が聞こえた、といっても、やはり鼓膜が捉えたものではないのだろうが。
もうひと踏ん張りしようと、指を掛け直した。
手伝おうというつもりか、反対側からも、指が差し込まれた。
指と指とが、触れ合った。
やっと闇から抜け出せて、そして人に会える、その相手はカズミなのだ。
嬉しくないはずがない。
だというのに、口をついて出たのは、自分でも予期せぬ言葉だった。
「誰?」
一瞬、確かに指先にはカズミちゃんを感じた。
でもそれは一瞬のことで、なんだか違和感だらけ、他人の感触だったのである。
「お前、誰だ?」
向こう側からも、同じような言葉。
カズミちゃんじゃないなら、そうもなるか。
わたしのことなんか、知らないのだろうから。
あれ……でもさっきわたし、アサキだって名乗ったはずだけど。
その上での、言葉のやり取りがあったはずだけど。
じゃあ、やっぱりカズミちゃん?
規格外とか、よくからかい半分でわたしにいってた言葉だし。オシッコ漏らしとか、鼻タレ女とかも、やめてよって怒ってもやめてくれなくて。
どういうことなんだ。
誰が、いるというの?
ここに、この扉の、向こうには。
カズミちゃんなの?
知らない人なの?
「お前が誰だろうとも構やしねえ。せっかく、ついに人に会えたんだ。あたしは開けるぞおおお!」
また、カズミのような別人のような女子の、乱暴な声。
ついに、人に会えた、って?
どういう、こと?
と、いまはそんな時じゃない。
「分かった。タイミング合わせて開けよう」
「おう。せーのっせーでっ」
二人の力により、扉が、動き始めると一気に加速が付いて、一気に全開した。
「いって! 人差し指ちょっと巻き込まれたっ!」
少女は、慌てて指を引き抜いた。
薄桃色のシャツに、デニムスカート姿。
茶色い髪の毛を、ポニーテールにした、少女。
アサキと見つめ合い、
「ああ……」
お互い、唖然としてしまっていた。
ぽかんと、口を開けたまま。
アサキの目の前に姿を見せた、向こう側から扉をガンガン殴っていた、言葉遣いのやたら乱暴な少女は、まさかというべきか、やはりというべきか、
「カズミ……ちゃん」
「アサキ……」
ここは生者の世界か。
死者の世界か。
アサキは、ごくり唾を飲み込んだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる