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第二十四章 みんなの未来を守れるならば
09 強い眼光で。至垂を、というよりは、きたるべき未来を
しおりを挟む強い眼光で。
至垂を、というよりは、きたるべき未来を見ていたのかも知れない。
疲労と出血に、意識の朦朧とした中で。
だがすぐに、至垂の声によって正気に、現実に、戻されていた。
「うん、その目がどうにも生意気だなあ」
そういうと、銀色の魔法使い至垂は、突然アサキの身体を強く突き飛ばした。
疲労困憊、両腕は切り落とされて大量出血しており、かろうじて立っているだけのアサキが、どうしてたまろうか。
ととっ、とよろけるしかなく、足をもつれさせて転び掛けた瞬間、壁に背中をぶつけた。
眼前に、至垂が迫っていた。
至垂が笑みを浮かべながら手に持ったなにかを突き出した瞬間、アサキは神経をねじ切られる激痛に悲鳴を上げていた。
剣の切っ先が、アサキの右目へと突き刺っていたのである。
眼球を潰された激痛に絶叫しながら床へ倒れたアサキは、どたんばたんと身をよじった。呻き、唸り、必死に痛みを堪えようとする。
手で押さえようにも、押さえる手が両方とも存在していない。激しくのたうち回るしか、痛みと戦う術がなかった。
「いい声だなあ」
半眼を閉じて、うっとりした表情をしている至垂の姿に、
「くそったれがあ!」
カズミの、おそらくは無意識の、反射的行動であろう。友のため心に泣いて耐えていた彼女であるが、耐え切れず激高、叫び走り出しながら二本のナイフを取り出していた。
思いは同じか、治奈と久子も寸分違わぬタイミングで、武器を構えて飛び出していた。
だが、
「こないで!」
アサキが、潰されていない方の目をかっと開き、怒鳴った。
腕のない、まるで芋虫といった身体で床に這いつくばりながら。
覚悟、というのか、それは突風にも似た凄まじいまでの気迫と表情であった。
その突風に押し戻されてカズミたちは我に返り、足を止めた。
カズミはぽかんとした表情になっていたが、それも束の間、すぐに苛立ちと困惑の混じった顔で、だんと足を踏み鳴らした。
「っていわれても、じゃあどうすりゃいいんだよ!」
「おじさんおばさんのことだって、そりゃ助けたいわ。ほじゃけど……ほじゃけど……」
治奈もこのどうしようもない状況に、すっかり涙目になっていた。
「ありがとう……でも、わたしは、大丈夫だから」
アサキは、微笑んだ。
片目の潰れた、血みどろの顔で。
両腕をなくして、床に這いつくばった状態で。
疲労と激痛、血のりに、顔がぐちゃぐちゃで、とても笑っているとは見えなかったが。
だが、覚悟の定まった顔でそういわれてしまうと、カズミたちはもう、動くことが出来なかった。
「見殺しってわけだ。これは美しい友情だあ。ねえ令堂くん、こおんなに仲間がいるのに、みんな素敵な性格で、幸せだ、ね!」
ね、で至垂は、アサキの顔面を蹴っていた。
鼻っ柱に爪先がめり込んで、めきり、と不快な音。
おそらく、軟骨が折れたのであろう。
呻くアサキの、今度は腹に爪先が入っていた。
げふっ、がはっ、嘔吐感に苦しみ、むせる、その傍らに立った至垂は、すっと右手の剣を高く振り上げた。
「恨み晴らすの受け入れるっていったんだから、まさか抵抗しないよねえ。こっそり魔法で治したり、痛覚麻痺させるとか、セコいことナシだよ、ね!」
振り下ろした。
思い切りというよりは、剣の重さに任せる感じに。
右ももの上に落とされた剣の刃は、肉を切り、骨を打った。
上がる悲鳴に、白銀の魔法使いはますます嬉しそうな顔になり、剣を振り上げては、落とす。
同じところを狙って、何度も。
自重だけでも洋剣はそれなりに重く、皮膚どころか筋肉が完全に切断されていた。
それでもなお至垂は繰り返すものだから、重たい金属の剣はいつしか骨の上へと直接、落とされていた。
耐え難い激痛、刃が骨を打つたび、アサキの悲鳴が上がる。
腕をそうしたように、一太刀に切り落とすことなど容易だろう。
苦しませるため、わざとやっているのだ。
でも……
狂いそうな激痛の中、アサキは思う。
これは、なんの……ため。
ここまで、するのは、なんのため。
そこが、理解、出来ない。
捕まるなら少しでも恨みを、といっていたけど、それだけにしては、あまりに変質的だ。
仮に、わたし、を、絶望させる目的、が、あるとしても……
刺される、痛み、手足、を切られる、苦痛、こん、な、ことくらいで、わた、しは絶望なん、かしない、のに。
なにがどうであろうと、わたしは、わたしの戦い、を続けるだけだけど。
こうして、わたしが剣を受け続けている分には、修一くんたちは、無事なはずだから。
いま修一くんたちになにかあったら、所長は、これだけの人数の魔法使いに、一斉に襲われることになるのだから。
もちろん、嘘の可能性もある。
首の仕掛けが、だ。
そしたらわたし、やられ損な気もするけど……
でも、生命の奪われ損じゃない。
だって、両親を守る、生まれてくる、弟か、妹、わたしが、未来を守れるのだから。
こんな、なんにも出来なかった、いつもおっかなびっくり、泣いてばかりいた、わたしが、人の未来を、守っているのだから。
だから、
安心して、ください。
お父さん。
お母さん。
お腹の、赤ちゃんも。
がづっ
がづっ
がづっ
べきり、と不意に音が変わった。
「うぐああああうっ」
低く大きな悲鳴が空気を震わせた。
剣を落とされて続けていた右の大腿骨が、ついに砕けたのである。
太ももは、薄皮一枚を残して、かろうじて繋がっているだけの状態になっていた。
どくどくと、どくどくと、血が流れる。
床の海が、さらに広がる。
その海の中で至垂は、アサキを蹴飛ばして俯せにさせ、その背中を踏み付ける。その背中へと、剣を突き立てた。
「うぐぁっ!」
アサキの全身が、強電流を流したかのようにびくびくっと激しく痙攣した。
「まだ死なないよ。合成生物も、人間と同じで普通に殺せば簡単に死ぬ。でも、上手くやるとなかなか死なないんだよね。わたしはきみの肉体のことはよく分かっているから、安心していいよ」
にたり、
血の海の中で白銀の魔法使いは、嬉しそうに笑った。
「アサキちゃん!」
治奈の、何度目の呼び掛けであろう。
泣きながら、何度、友の名を呼んだだろう。
それになんの意味があるのか。
でも、なんにも出来ないのだ。
呼ぶことしか、出来ないではないか。
そんな、申し訳なさと虚無感、悲痛さの混じった治奈の泣き顔であった。
「大丈夫、だから……」
アサキは応え、微笑んだ。
とてもそうは見えない、ぐちゃぐちゃの、血みどろの顔で、でも、心から微笑んだ。
「優先順位を考えろ! こいつが『絶対世界』の力を、もし手に入れたら、世界はどうなる? みんなが生きていることどころか、生きてきたことの意味まで、なくなっちまうかも知れないんだぞ!」
「あたしたちのために戦わないだなんて、嬉しくない! 怒るよ! アサキちゃん! 戦って! みんなと協力して戦って!」
靄の中から必死に訴えるアサキの義父母であるが、娘の決心は、変わらなかった。
岩よりも、頑なだった。
「戦わ……ない。修一くん、直美さん、赤ちゃんを、守って、この世界も、守る、道、きっと、あるはず、だから。……だから、まずは、修一くんたちが、生きていて、くれなきゃあ」
「アサキ! ふざけてんじゃ」
「二人が生きていてくれなきゃ……わたしが嫌なんだ! これはわたしの、わがままなんだ!」
大義より小義。
責めるなら責めろ。
この選択に悔いはない。
百回生まれ変わろうとも、わたしは同じことをする。
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