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第二十四章 みんなの未来を守れるならば
07 「だって、だって、監視されていたとはいえ、もう二人
しおりを挟む「だって、だって、監視されていたとはいえ、もう二人ともずっと、リヒトとは関係のない人生を送っていたんだよ! 記憶が戻っても、その間の記憶だってあるんでしょ? 赤ちゃん、生まれるんだよ! 二人が本当の、お父さんとお母さんになるんだよ! 自分を大切にして!」
「そうだよね。ごめんね、アサキちゃん。でもね、世界がなくなっちゃったら、生まれたくとも生まれてこられないんだよ。それは、あたしたちだけのことに限らないんだ」
直美の声。
なんだか、懐かしい気持ちがする。
そうだ、昔の、直美さんだ。
自分との三人暮らしでたくましくなる前の。
おっとり、優しい、少し弱くて頼りない、でも芯のしっかりした。
まだ試験管の中だった頃から、わたしが大好きだった、信頼が出来る声。
でも、いま聞きたい直美さんの声じゃない。
自分を大切にしない直美さんの声なんか、聞きたくない。
二人の口ぶりからしてどちらも、「絶対世界など、世界の終焉も同じで、そんな世界を導いてはいけない」という考え方、それはわたしだってそう思う。
でも、でも、例えどんな世界であろうとも、死んでしまってはおしまいじゃないか。
お腹に新しい生命が宿っているというのに。
無責任なことばかりいう!
「でも!」
でもだって、を訴えようとするアサキであるが、
「直美のいう通りだよ」
今度は修一に、言葉を被せられてしまう。
「……本来は、それを防ぐためのリヒトであり、メンシュヴェルトのはずなんだけどな。まあ、おれたちは、しがない末端研究員でしかなかったけど」
また、ははっと清々しく笑った。
アサキは、ずっと鼻をすすった。
血まみれの袖で、涙を拭った。
怒ったように、すがるように、靄でぼやけた二人の顔を睨んだ。
「……わたしは、本当の娘じゃない。でも、一緒に過ごした思い出はあるでしょう? わたしだって、たくさんの思い出がある。……嫌だよわたし。嫌だよ。失くしたくないよ。二人を失いたくないよ!」
「だからこそだ! お前と生きてきた、この思い出があるからこそ、この唯一の世界を失いたくないんだ。ここがおれたちにとっては『絶対世界』なんだよ。それと……なにが本当の娘じゃないだよ、バカ。お前は、本当以上の娘だよ」
「そうだよ、アサキちゃん」
幾重に張られた靄状の結界、その奥に浮かんでぼんやりと見えている二人。
くぐもった、声。
裏腹に、はっきりと分かる、真っ直ぐ心へと飛び込んでくる、その優しさに、自分を思ってくれる気持ちに、アサキはしばらく言葉を発することが出来なかった。
両手を、ぎゅっと握り締めて、涙を堪えようと天井を見上げた。
でも、その行動はまるで意味をなさなかった。
あまりの量であったから。
ボロボロと、ボロボロと、とめどなく溢れる涙が、アサキの頬を伝い落ちたのである。
続く戦いに、体内の水分などすっかり流れ切ったと思っていたのに。
どこにここまでというほどに、アサキは大量の涙をこぼし続けた。
「あ、ありが、とう、修一くん、す、直美、さん。わた、わたしなんか、と家族になってくれて、これまで育てて、くれて、ありがとう。本当に、ありがとう」
足元の床は、どれだけ吸っただろうか。
純粋な思いに溢れた涙を。
アサキは、見上げていた顔を戻した。
深く、頭を下げた。
薄靄の奥にぼんやり見えている、義父母へと。
「礼をいわれることなんか、なんにもしてやれなかっただろ。だって、お前、欲しいもの、やりたいこと、なあんにもねだらないんだから。……本当に、おれたちなんかには出来過ぎもいいとこの、最高の娘だよ」
「修くんに、いいたいこと全部いわれちゃったかな。……アサキちゃんは、あたしたちなんか気にせず、やりたいことをやって。誰にも恥じない、正しい生き方をして欲しい」
薄靄の奥で、直美は笑ったであろうか。
アサキは俯きがちに、長いため息を吐いた。
「分かったよ」
そういうと、少し顔を赤らめた。
赤毛の頭、顔を上げて、言葉を続けた。
「……お父さん、お母さん」
初めて、アサキが義父母のことを、そう呼んだ瞬間であった。
くるり、振り向いた。
照れた顔を、義父母へ見られまいとしたわけではない。
単に、リヒト所長へと向き直っただけだ。
赤毛の少女は、ゆっくりと、手を動かす、腰を落とす。
両手を、胸の前。いつもカズミから教えて貰っている、空手の構えだ。
「まず、わたしのすべきこと。……この世界を、守ること」
ぼそりと、自分にいい聞かせた。
「親子の話は、終わったようだね。どうなってもいいというならば、わたしを好きなようにしたまえ。まあわたしも、丸腰のきみに負けるはずはないがね」
白銀の魔法使い至垂が、アサキから奪い取った剣を、左手に持ち替え、右手に持ち替え、遊んでいる。からかっている。
ふう
アサキは、小さく息を吐いた。
吐いた直後、右足がすうっと前に伸びて、伸びた瞬間には、だんと床を叩いて激しく踏み込んでいた。
「え?」
まるで瞬間移動。
至垂の視界一杯に、アサキの顔があった。
驚き、呆けた、至垂の声。
義父母よりも大義という、予期せぬアサキの行動に対しての驚きであったのか。
半死半生のアサキが、ここまでの身体能力を発揮したことに対する驚きか。
単純に、見せる凄まじいまでの気迫への驚きか。
ぶん
アサキの、空気をも焦がす鋭い拳が、風を突き抜け、唸りをあげて、至垂の顔面を、ブチ抜いた。
いや、抜いては、いなかった。
出来なかった。
アサキには。
突き出す拳が、頬の皮一枚で止まって、ぷるぷると震えていた。
「あ、ああ……」
困惑の表情で、アサキが呻いた瞬間、その顔が、顎が、剣の柄でガツッと激しく突き上げられていた。
顔を柄で殴られて、後ろへよろけるアサキ。
の視界一杯に、喜悦に満ちた、他者を蔑み見下す、至垂の顔が広がった。
「分かってたよ!」
リヒト所長は喜悦の声を叫びながら、両手の剣を、斜め上へと振り上げた。
ガツッ、
と硬い物が裂け砕ける音。
なにかが、跳ね上がった。
それはくるくる回って、床に落ちた。
人間の、腕である。
赤い、魔道着の生地に包まれた。
静まり返った部屋の中。
アサキの絶叫が、轟いた。
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