魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第二十三章 お姉ちゃんと、妹

01 ぶん 長剣の刃が唸った。かろうじてかわしたアサキで

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 ぶん
 長剣の刃が唸った。

 かろうじてかわしたアサキであるが、剣圧が起こす風を受けて、身体がぐらりとよろけ、赤い前髪が激しくなびいた。

「大丈夫? アサキちゃん」

 はるが、後ろからそっと肩を押さえて、ぐらつくアサキを受け支えた。

「ありがとう」

 治奈へ礼をいいながらも、視線は前。
 剣を構え直し、だれとくゆうへと強い眼光を向けた。

 その眼光を受けた当人は、そよ風ほどにも感じていないようであるが。
 リヒト所長、至垂は。
 先ほどから浮かべている涼やかな笑みを、少しも崩していない。
 白いシーツを首に巻いて、大きなマント状に身体を包み、右手には長剣を持っている至垂。エンチャントの効果は、攻撃を繰り出せどいささかも低下していないようで、剣身はまだ青々と輝いている。

 ちっ
 足元に響く、微かな音。
 至垂が裸足で、床を蹴ったのだ。
 床を蹴り、跳び、同時に、振りかぶっていた。遠心力で振り回し、赤毛の少女の頭へと魔法強化された金属を叩き落とした。

 間一髪、アサキは自分の持つ剣を横にして受け止めた。
 受けはしたが、想像を遥かに上回る重さと衝撃に、手がびりびりと痺れ、呻き顔をしかめた。

「楽しいねえ」

 ねっとりとした、低い声。
 リヒト所長、至垂徳柳。
 女性である。
 服装や言動から考えて、これまでは男性を演じていたのであろうが、しかし女性であった。

 だが、身体に巻かれたシーツの下には男性以上の、獅子すら締め殺せそうなほどの筋骨が隆々としている。
 さらには、武器に施された魔法強化エンチャント
 さらには、武芸に秀で魔法も熟知している。
 人間ではなく、魔道器。魔法に特化した合成生物キマイラである。
 そのため膨大な魔力量を宿し、制御する能力を身に宿している。

 魔力の効率伝送は、肉体能力を大幅に強化する。
 魔道着を着ているというのに苦戦していたアサキと治奈であるが、それも無理はなかったのである。

 剣を受けたアサキは、その勢いを利用して跳ねるように退いて距離を取り、油断なく剣で身を守る。

 すっと寄った治奈が肩を並べて立ち、両拳を胸の前、空手の構えを取った。
 何故に素手かというと、先ほど至垂に槍の柄をへし折られているためだ。

 アサキの息が、荒くなっている。
 立っているのも精一杯であるのか、時折ふらりよろめき掛けては踏みとどまっている。

 ちらり、と治奈の視線が不安そうに動く。
 友の様子が気になって仕方ないようである。

 アサキの顔色は、時間が経つほどに悪くなっていた。
 先ほどまでの、魔道器の魔法使いマギマイスターたちとの戦いによる衰弱が、まったく癒えていないためだ。
 それでもここまでは、至垂が武器を持っていなかったため、軽く受け流すことが出来た。だから疲労が目立たなかった。
 現在は状況がまったく異なる。
 至垂も魔道器魔法使いであり、現在エンチャントされた武器を持っている。
 気を抜けば一瞬で生命を失う。
 しかし剣術においても至垂は手練であり、アサキは防戦を余儀なくされ、その運動と緊張はただでさえ疲弊した肉体からますます体力を奪っていく。

 そんな友のためにも、自分の妹のためにも、早期決着を、そう思ったか空手の治奈は、一瞬の隙を狙って床を蹴り、やっと気合の叫び声を発しながら至垂の構える長剣の間合い内側へと飛び込んでいた。

 だが、

「格闘で勝とうなど甘い!」

 至垂徳柳は、剣を持っていない方の肘を、治奈の頬へと叩き込んだ。
 瞬間、身体を回し、さらには蹴った。女性とはにわかに信じがたい、とてつもなく大きな足の裏で、治奈の胸を。

 蹴られた治奈の身体が、ふわり空中に浮いたかと思うと、次の瞬間には壁に叩き付けられていた。

 完全に、劣勢であった。
 アサキと治奈は。リヒト所長が剣を手にした時から、途端に一転して、少し複雑な意味で劣勢になっていた。

 問題は、アサキにある。
 相手が武器を手にしたというのに、でも魔道着は着ていないため本気を出せないのだ。

 魔道着は、強化繊維で作られているため、そのものの自体が頑丈だ。
 加えて、刻まれている小さな呪文文字により魔力を帯びて、その頑丈さはさらに向上する。
 加えて、魔法使いが着ることにより、魔力伝導効率が高まり、その頑丈さはさらに向上する。
 つまり着ることによりどうなるかというと、急所への的確な一撃がない限り、そう簡単には死ななくなるのだ。

 ところが、至垂はその魔道着を着ていない。
 先ほどまで着ていた硬めのスーツも、現在は脱ぎ捨てており、巻き付けた白いシーツの下は全裸である。
 だから、攻撃を躊躇してしまうのだ。
 自身、疲労にふらふらで、そのような余裕などないというのに。

 治奈の空手も、アサキの気持ちが分かるだけに影響を受けているのだろう。いま一つ攻撃の迫力を出せない。
 師範役であるカズミに引けをとらないだけの空手の腕前を、治奈は持っているはずなのに。

 そのような理由により、苦戦していたのである。
 生身の一人に対して、魔道着を着た二人であるというのに。

 また、白いシーツを纏った至垂から、強くしなやかな動きで長剣が振り下ろされる。

 アサキはなんとか受け止めながら、びりり手の痺れるのを堪えて、垂直に跳んで、至垂の顔面へと蹴りを浴びせた。
 いや、不意を付いたつもりでいたのに、剣を持った方の肘でしっかりとガードされていた。

 シーツを纏った至垂は、反対の手で拳を握るとアサキの頭上へと叩き下ろした。

 巨体が故に握る拳も大きく、まるで巨大なハンマーであった。
 打撃をもろに受けたアサキの身体は、鈍い音と共に床へと打ち付けられていた。

 ぐふ、と呻くアサキ。
 完全に無防備の状態で倒れている上から、長剣の切っ先が風を切り裂いて落ちる。
 それはアサキの胴体を真っ二つにしそうな、躊躇のない一撃であったが、

「やらせん!」

 治奈が飛び込みながら、長剣の側面へと裏拳を当てて軌道をそらした。

 それた切っ先がアサキの身を僅かに外れて、がつりと床を砕いた。

「せやっ」

 紫の魔道着、治奈は、白いシーツを纏った至垂の懐へと入り込みながら、肘を振り上げた。
 顎を狙った一撃だ。
 だが簡単に退かれてかわされてしまい、治奈は舌打ちしながら、体勢を立て直そうと自身も退いて距離を取った。

 その、二人が距離を取ったちょうど真ん中に、起き上がったアサキが立ち、はあはあ息を切らせながら白シーツを睨む。
 厳しい眼光を少し弱めて、横目をちらり治奈へと向ける。

「ありがとう治奈ちゃん。何度も、ごめんね。でも……ここからは、わたしが一人で引き受けるから、早くフミちゃんを探して、助けてあげて」

 至垂へと向け油断なく剣を構えながら、治奈を送り出そうと微かな笑みを浮かべた。

「こちらこそ、ありがとうな。ほじゃけど、まずはこの男を、あ、いや女か、捕らえるのが先決じゃけえね」
「でも、フミちゃ……」
「フミが心配だからこそじゃ!」
「……うん」

 治奈ちゃんがいっていることの、理解は出来る。
 予期せずこのような戦いになってしまっているけれど、部下に新たな指示を伝えさせなければ、ここでいまフミちゃんがどうかなることもないだろう。
 ボスをここで捕らえてしまえば、部下だって保身を考えて、これ以上の罪を犯すことはないはずだ。
 そのような考えだろう。

 むしろ、ここまで追い込んで恥辱を与えてしまった、リヒト所長を逃がすことの方が、危険だ。
 恥辱というだけでなく、おそらく秘密にしていたであろう女性であること、合成生物キマイラであることを、我々は知ってしまったからだ。

 乗り込む前の作戦会議でぐろ先生もいっていたけど、もしも逃げられて行方をくらまされでもしたら、どうなるか。
 日常、わたしたちがいつどこで襲われるか。
 家族の安全は。
 それ以外にも、なにをしようとしてくるか。
 ヴァイスタを操って、なにかをしでかすのではないか。
 この世界は、どうなるのか。
 そんな不安と恐怖に、ずっと怯えて暮らさなければならなくなる。

 不本意ながらもこうした状況になってしまったのであれば、ここはもう、所長を確実に捕まえることが最優先事項。それが、フミちゃんの安全にも繋がる。

 そういう、考えだろう。
 でもやっぱり、フミちゃんのところへ一秒でも早く駆け付けたいはず。治奈ちゃんは、実のお姉ちゃんなんだから。
 わたしのことが心配だから、ああいってくれているんだ。

 と、アサキは申し訳ない気持ちだった。
 生身の至垂へと本気で戦えない自分の甘さに、申し訳ない気持ちだった。

 しかし、というべきか、ここで状況が変わった。
 至垂を倒すの捕らえるのという点では同じだが、治奈の揺れていた感情が、ベクトル定まって激情に加速が付いた。
 きっかけは、至垂の言葉であった。

「フミフミさっきからいってるけど、誰?」

 あえてなのか分からないが、気怠そうな顔で尋ねたのである。

 聞いた瞬間、治奈のまなじりが釣り上がっていた。
 髪の毛が逆立っていた。
 震えていた。
 こめかみに血管が浮かんでいた。
 両の拳を、指の骨が折れそうなほどに握り締めていた。

「貴様がさらった、うちの大切な、大切な妹じゃ!」

 怒鳴っていた。

 至垂としては、からかって挑発しているだけなのだろう。
 しかし、分かったから落ち着けるものではない。

 治奈は、大切な妹の生命に対して、片手間気怠げ小指で耳クソほじっているその態度に、瞬間的に沸騰してしまっていた。

 しかし、家族を思う気持ちも、怒りも、激情も沸騰も、目の前の相手は微風を受けたほども感じていないようであったが。
 感じていないだけならば、まだいい。

「ん? きみの、妹? ええと……。んーー。あーーーーっ! ああ、ああ、すっかり忘れていたなあ。あの娘のことかあ」

 からかったのである。

「白々しい!」

 治奈は、だんと強く床を踏んだ。

 その激情にピシャリ打たれたから、というわけでは、もう決して、絶対に、ないのだろうが、至垂は不意に真顔になった。
 ちょっと難しい顔になった。

「……あのね、足りない頭を頑張ってちょっと働かせて、理屈で考えてみて欲しいのだけどね。現在の、事態の方向性や、進行段階で、まだあのウミちゃんとかいう娘を生かしておくメリットってなあに?」
「え……」

 治奈の動きが、止まっていた。
 顔が硬直していた。
 あまりに何気のない、縁側で雑談をしているかのようなリヒト所長の表情や口調に、言葉の意味をすぐ飲み込めず、口が間抜けな半開きになってしまっている。
 アサキも、同様の表情になっていた。

 反応に満足して、というわけでもないのだろうが至垂の言葉が続けられる。

「きみたちの、絶望が欲しい。こちらは、ただそれだけだ。きみたちは、微かな希望を信じて、ここへもうきてくれている。なのに、きみたちに喜びや安堵を与えることになるという不要な可能性を高めるために、わざわざウミちゃんを生かして、監視をつけて監禁し、というそんな面倒なことをするメリットが、こっちにあるのかい? キャンディ舐める以上の旨みが、あるのかい?」
「まさか、まさか、そんな……や、約束が……」

 治奈の身体が、心が、ぶるぶると震えている。
 血を半分吸い取られたかのように、青ざめている。

「研究班に、ゴミ処理させとくけど。大きくて、面倒くさがるかも知れないから、きみ持って帰るかい? 子供でも、自分から動かなくなると結構ずっしり重いんだよね。それでよければ、硬直する前に是非」
「うああああああああああああああああああああああああ!」

 壁をも震わせ砕くかのような、胸の底からの、治奈の絶叫。

 剣を、アサキから強引に奪い取っていた。
 柄を握るが早いか、走り、飛び込んでいた。
 至垂徳柳へと、渾身の力で叩き付けていた。
 振りかぶり、振り下ろし、頭上へと、肩へと、胸へと、上から、横から、斜めから、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、狂い、吠え、喚きながら。
 剣に込められているのは、明確な殺意。自分の手首こそが砕けてしまいそうなほど、激しく重たい剣をガムシャラに振るい続ける。

 白シーツを纏った至垂は、片手に持った長剣で、まるで鼻歌交じりといった顔で楽々と防いでいたが。

「単調だなあ」

 言葉の通り、退屈そうな笑みを浮かべると、至垂は長剣を軽く横に振った。

 さしたる力を入れたとも思えない一撃であったが、しかし、

 ガツ、
 と硬いものを断つ音と共に、治奈が悲鳴を上げて、横殴りに飛ばされていた。身体がぐるり半回転して、壁に背を打ち頭から床に崩れ落ちていた。

 また、苦痛の呻きが漏れると、床には大量の血が広がっていた。
 治奈の右の太ももが、まるで途中に関節があるかのように、九十度曲がっている。そこから、噴水の如く血が噴き出しているのだ。
 足が骨まで断たれて、薄皮一枚で繋がっている状態であった。

「治奈ちゃん!」

 アサキは、声の裏返った悲鳴にも似た声で治奈を呼んだ。
 駆け寄り、屈むと、切られた右足のすねと膝に手を当てる。
 切断されてずれた大腿骨の位置を直しながら、もう治癒の魔力を帯びた左手が切断箇所へと翳されている。

「至垂! 至垂徳柳! 絶対、絶対に、お前を許さん! 生かしてはおかん!」

 治療を受けていることも、気付いていないのだろう。
 意識をすべて、恨み怒りの念として至垂へとどろどろと吐き出している治奈であるが、だが、あまりの酷い出血に、その意識がなくなり掛けていた。目の焦点がぼやけ、まぶたも力なく落ち掛けていた。

「休んでいて、治奈ちゃんは。……辛いと、思うけど」

 切断箇所を癒着させるという、取り敢えずの処置を施したアサキは、ゆっくりと立ち上がった。

「わたし、いいましたよね」

 至垂を、睨んだ。

「もしも、フミちゃんになにかあったら、絶対に許さないと。すべてを、リヒトを、滅ぼしてやるって。……いったはずだ」
「うん、確かに聞いた。でもさ、ほら、きみをオルトヴァイスタにすることの方が、遥かに大事だから。それに比べたら、別にたいしたことじゃないでしょ」

 ははははっ、と乾いた笑い声。

「なにを……いっている」

 俯き立つアサキの、赤い前髪に隠れた顔から、ぼそりと、小さな、震える声。

「でも、友達の妹ごときじゃあ、きみは絶望はしないのかあ。……一、二年前にさ、赤の他人を守れなかった慚愧心からヴァイスタになっちゃったしろって娘がいてね、大阪での話なんだけど。友人であったそのヴァイスタを、始末したことで、自分もヴァイスタになり掛けたみちくもって娘がいてね。……そんな前例があるもんだから、ちょっと期待しちゃったんだけどね。ヘドが出るほど甘っちょろいきみだから、もしかしたらって」

 楽しげに語るリヒト所長であるが、それはアサキの怒りという炎に油を注ぐだけだった。

「許さない……」

 ぶるぶる震える顔を上げ、憎しみの眼光で至垂を突き刺した。
 歯をぎりり軋らせると、引きつった唇を動かした。

「こんなことをしておいて、なにが『絶対世界ヴアールハイト『』だ。一人の尊厳を、微塵の躊躇いもなくこきおろしておいて、なにが支配だ、なにが神だ……」

 床を強く、蹴っていた。
 蹴ったその瞬間には、至垂の顔面がひしゃげて、後ろへと吹き飛ばされていた。
 飛び込みながらのアサキの拳が、至垂の頬をぶち抜いたのである。

 背中を壁に打ち付けた至垂は、がふっ、と呼気を漏らすと、ずるずる床へ落ちた。
 足をつき壁にもたれ、信じられないという顔で、目の前に立つ赤毛の少女を見つめた。

「世界を云々、人間を云々、口に出すどころか、思う資格もない!」

 アサキは絶叫に似た大声を出すと、近くに転がっている自分の剣を拾い、構えた。

「ちょっと油断した」

 にやっと笑みを浮かべる至垂。

 二人の眼光と眼光が、ぶつかり合った。
 と、その時であった。

「アサキちゃん! 大丈夫! あきらさんの妹さんは無事だよ!」

 聞き覚えのある、少女の声が聞こえたのは。

 部屋の、反対側の扉が開いていた。
 そこに立っているのは、天王台第二中学校の魔法使いマギマイスターであるあまあきと、天野やすの姉妹。
 それと、

「お姉ちゃん!」

 涙目で姉を呼ぶ、まだ十歳くらいの女の子。
 あきらふみであった。
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