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第二十章 万延子と文前久子
03 「いつ借りたってんだい? わたしが」万延子は、おで
しおりを挟む「いつ借りたってんだい? わたしが」
万延子は、おでこに掛けた巨大メガネを摘みつつ、苦笑した。
少しだけ、ではあるが、場の緊張感が薄らぎつつあった。
もちろん、寸分の油断も出来ない相手と戦っている緊張感、危機的状況にあることに、違いはないが、明らかに場の雰囲気が変わっていた。
文前久子が、黒スカートの魔法使いを相手に、一人で良い勝負をしたことが大きいであろうか。
それが今度は四人。
しかも、手にする武器には、彼女らのいうジックリエンチャントが施されている。
より優位な戦いが、出来るのではないか。
少なくとも、それなりの疲弊やダメージを相手に与えることは出来るのではないか。
好自信、とでもいうべきか。
弘中化皆たち四人も、真顔で集中してはいるが、負けるはずはないという思いに満ちた表情も、浮かんでいる。
「散開!」
弘中化皆の合図に、嘉納永子たちがバラバラに散る。
三方から一人を、黒スカートの魔法使い、康永保江を取り囲んだ。
長柄の武器である延元享子だけが、一歩引いたところで構えている。
「雑魚どもが」
包囲されている康永保江は、まだ生々しい傷のままである自らの胸へと、青白く光る手を翳しながら、身体を半身に首を動かし横目で周囲、背後までを確認する。
ぎり、ぎり、と歯を軋らせながら。
その周囲を見回そうとするほんの一瞬の隙を逃さず、
「えやあっ!」
弘中化皆が、気合の雄叫びを張り上げ床を蹴り、間合いを一瞬で詰めながら剣を内から外へと払った。
一斉に、残る三人も動く。
こうして、戦いは次の局面へ。
助っ人である第二中の四人が、黒いスカートの魔法使い、康永保江を相手に戦いを開始したのである。
だが、期待の二文字は、一瞬にして落胆へと書き換わった。
それは、次のようにして。
まず、隙を突いて斜め後ろから、弘中化皆が振るった剣。
躊躇のない、目で追えないほどの早業であったにもかかわらず、黒い魔法使いは半歩移動し、首を軽く動かして、ミリ単位の無駄ない動きでかわしていた。
飛び込んだ弘中化皆へと、カウンターが襲う。
よけた康永保江の、持つ剣が、円弧を描いて顔面へ。
驚きを浮かべつつ反射的に剣を寝かせ、反撃を受け止める弘中化皆であるが、その瞬間、肉の潰れる音がして、彼女は、後ろへ跳ね飛ばされていた。
剣で避けるにかかりっきりになっていたため、無防備であった腹部に、前蹴りを受けたのである。
音を鼓膜に感じたか、風を肌に感じたか、後ろを振り向いた黒い魔法使いの、その頭上に、宝来暦の武器が空気を切り裂きながら落とされる。左右の手に握られた、それぞれの三日月刀が。
それを認識した康永保江の取った行動は、防御ではなかった。
ただ、にっ、と笑むだけであった。
あえて避けなかったとしか、考えられない。
既に防具を失っている、黒スカートの魔法使い、康永保江の両肩に、二本の三日月刀が、深くざっくりと切り込まれていた。
黒スカートの魔法使いは、刀に深く切られながらもさらに笑みを強くして、
反対に、見事攻撃を命中させた宝来暦の方は、驚きと焦りに目が見開かれている。
宝来暦、彼女は三日月刀を持った腕を動かし引き抜こうとするのだが、がっちりと咥えられて、まったく抜けないのである。
肉を切り骨を断つ音が、二回。
康永保江が持つ剣が、切り裂いたのである。
宝来暦の身体を、エックスの字に。
と、その瞬間には、もう次の獲物へと、床を蹴っていた。
肩の骨と肉に、三日月刀を咥えたまま。
遠目で薙刀を構えている、延元享子へと。
延元享子は、慌てながらも後退する。
攻撃のための空間を作り出そうとしたのであるが、黒スカートの魔法使い康永保江の踏み込む方が遥かに早かった。
薙刀の柄が、康永保江の手刀によって、へし折られていた。
驚き、呻く延元享子の顔が、手刀を返した手の甲に打たれて、ぐしゃりひしゃげていた。
そうなったと見えた瞬間には、身体は飛ばされて、壁に叩き付けられていた。
一瞬のことに混乱している嘉納永子へ、康永保江はガツンと頭突きを浴びせた。
右肩に刺さっている三日月刀を、左手で引き抜くと、嘉納永子の胸を切り裂いた。
悲鳴が上がりくるり回る身体の、背を、素早くもう一本抜いた三日月刀で切り裂いた。
薙刀が、床に落ちる。
どうと、嘉納永子は倒れた。
圧倒、である。
誰かどう見ようとも。
康永保江の。
結局、弘中化皆たちは、状況をより優位にするための、なにをすることも出来なかった。
四人がかりで意気揚々挑んだというのに。
先に戦ったカズミたちも四人がかりで勝てなかったが、色々と条件が違う。
化皆たちには、どう戦えば良いかは文前久子が示してくれたし、それぞれ手に持つ武器にはジックリエンチャント。そして相手にはざっくり深く切られた傷があり、また、肉体と精神には疲労の蓄積もあるだろう。
単に、文前久子の個人技が、群を抜いて優れていたということだろうか。
それとも四人を相手だからこそ、黒いスカートの魔法使い康永保江が手を抜けなかったということだろうか。
それとも康永保江が、彼女たちの持つ個性に順応し始めたということか。
どれであろうとも、起きた事実は一つだが。
四人がかりで挑んだ魔法使いが、一人の魔法使いに、一瞬にして打ちのめされたということである。
だが、
「まだ……まだだ!」
立ち上がる、弘中化皆。
そして、
「チャラ部ファイトオ!」
叫ぶ嘉納永子、延元享子、宝来暦。
みな腹や胸を切られて血を流し、頬は腫れ、鼻血なども出ており、実に酷い状態であったが、まったく諦めていなかった。
「まだまだもなにも、とっくに終わってんじゃねえの? とっくというか、最初っからさあ」
黒スカートの魔法使い康永保江は、二歩三歩進んで部屋の中央、ど真ん中に立った。
数人を相手に、壁を背にして戦うことも出来るはずであるが、そうせずに。
ぜいはあ息を切らせているが目はギラギラ輝いている四人の魔法使いに、康永保江は、あえて囲まれると、
「死にたかったら、かかってきな。ま、最終的には殺すけどね、ここにいる全員」
人差し指で、おいでおいでをした。
「うわああ!」
弘中化皆の気合い、絶叫。
こうしてまた戦いが始まった。
変わらず、戦力差は大人と子供であったが。
それでも、完全に舐められていようとも、四人の魔法使いは屈辱の中を戦うしかなかった。
しかし、攻めれば攻めるほど、
受ける反撃に、防具を砕かれ、
受ける反撃に、魔道着を切り裂かれ、
疲労とダメージを、いたずらに蓄積させていくばかりだった。
焦りのせいというよりは、完全に実力差であろう。
実力以外に理由を求めるならば、それはむしろ、康永保江の方にこそあるといえるだろうか。予想外のことばかりを仕掛けてくる文前久子が相手でなくなったことで、イライラさせられることなく本来の実力を発揮出来ているのだ。
「なんか……悔しいな、もう」
ぜいはあ息をしながら、唇をきゅっと噛む嘉納永子。
彼女たち四人は、使い古した雑巾のように、すっかりボロボロになっていた。
疲労や屈辱で、なんとも暗い、惨めな表情になっていた。
ジックリエンチャントの効果も、もうほとんど切れており、鈍く輝く武器を、なんとも重たそうに持っている。
それでも、黒スカートの魔法使いへと挑み、倒され、倒されるたび立ち上がり、刃を振るい続けた。
弘中化皆たち、四人は。
いや、四人では、なかった。
「だらし、ねえなあ、お前ら」
青い魔道着を着た、ポニーテールの少女。
カズミが、嘉納永子の横に立っていた。
まだふらふらとした足取りであり、疲労のまるで抜けていない様子、表情であるが、なんとか両手にナイフを持ち、構えて。
さらに、
「待たせたね」
薄水色のスカート。
シフォンショートの髪の毛。
おでこには、ふざけているとしか思えない、青白ストライプの巨大メガネ。
第二中リーダーである、万延子である。
彼女は得物の木刀を右手に持ち、宝来暦と弘中化皆の間に立った。
「ぼくたちも」
「もともと、うちらの戦いじゃけえね」
銀黒の髪の毛、銀黒の西洋甲冑風の魔道着、嘉嶋祥子。手に持つのは、柄の無い巨大な斧。
さらに紫色の魔道着、明木治奈が槍を持ち、それぞれ前へ出た。
「わたしも、なんとか……」
ワンレンにした髪の毛が特徴的な、サブリーダーの文前久子がふらふらしながらも立つ。
先に戦って負傷した魔法使いたちが、とりあえずの応急処置を終えて、一斉に戦線復帰したのである。
黒スカートの魔法使い、リヒト特務隊の康永保江を、メンシュヴェルトの魔法使い九人で取り囲んだのである。
「心強いけど、でも昭刃さんたち、まだ回復してないでしょ? 無茶だよ」
弘中化皆が、心配不安といった顔をカズミへと向けた。
「お前らだって、あっという間に、あたしらと同じくらいズタズタじゃねえかよ」
「まあ、そうなんだけどさ」
確かに、どっちがどっちといえないほど、どちらも酷い状態であった。
「よし、それじゃあ三人連係でいこう!」
第二中リーダー、万延子の声に、九人の身体がさっと動いた。
疲労や怪我のため、軽やかな足取りではなかったが。
カズミと、明木治奈、嘉嶋祥子。
文前久子、弘中化皆、宝来暦。
万延子、延元享子、嘉納永子。
三人密集が三組。
三組が三角形を作り、黒スカートの魔法使い、康永保江を取り囲んだ。
「ズルい気もするけど……でも相手は化け物だからな」
というカズミの言葉を、
「つうか、お前らが弱すぎなだけなんだけどな」
黒スカートの魔法使いは、掻き消すように大きく鼻で笑った。
こうして、第三幕とでもいうべき戦いが始まったのである。
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