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第二十章 万延子と文前久子
02 「リーダーと、第三中のみなさんは、少し休んでいてく
しおりを挟む「リーダーと、第三中のみなさんは、少し休んでいてください。しばらく、わたしが引き受けますから」
薄黄色薄水色の、スカートタイプの魔道着。
ワンレンに髪を切り揃えた、おっとり顔の少女、文前久子である。
彼女は視線を正面の敵、黒スカートの魔法使いへと据えたままそう口を動かすと、ゆっくり左手を上げた。
ぼおっ、と左手が薄青く光る。
右手に持つ剣のひらに当てると、根から先端へと、スライドさせていく。
エンチャントという作業で、魔法による武器の強化である。
効果は総じて、やや破壊力が増し、持った感じがやや軽くなる。
さて、突然現れて治奈のピンチを救った文前久子であるが、
助っ人は、彼女一人ではなかった。
同じく我孫子第二中の三年生、
弘中化皆、
嘉納永子。
さらに二年生、
延元享子、
宝来暦。
彼女たちも一緒であった。
文前久子が一人、黒スカートの魔法使いと向き合っているうちに、彼女たちは倒れている治奈の元へとさっと寄った。
「ハルビンちゃん、しっかり! いま治療するからね」
延元享子と宝来暦が、まだ意識朦朧然の治奈を、脇の下に腕を入れ壁の方へと引きずっていく。
「ははあ、こりゃあいいや。ブッ殺されてえ奴が、うじゃうじゃと集まってくれたってわけだ」
黒スカートの魔法使い、康永保江は、嬉しそうに唇を歪め、歯を剥き出した。
「助かったよ。任せた久子。シクヨロっ」
壁に背を預け腰を下ろしている、シフォンショートヘアーの少女、万延子の声。
剽軽なことばかりいっているいつもの軽い表情を作る余裕もなく、苦しそうに息をしながら、せめてもの軽い言葉を吐いた。
延子は、そっと腕を伸ばして、隣でやはりぐでっとしているカズミの、傷だらけの身体へと手のひらを翳した。
翳した手が、小声の詠唱と共に、ぼおっと青白く輝いた。
治療魔法の詠唱、その輝きである。
その治療魔法を受け、カズミの身体がびくりと震えた。
意識目覚めるや、はっとした顔、そしてなにをされているのか理解するや延子の顔を睨んだ。
「なんであたしなんだよ! まず自分を治せよバカ! 年寄りで、へたばってるくせに!」
荒らげたカズミの声に、苦しげながらもやわらかな声が、被さった。
「自分より他人を治してあげる方が癒やしのパワーが出るんだ、わたしの場合は。……だからキバちゃんは、わたしのこと治してよ」
「しょうがねえな」
舌打ちしつつもカズミは従って、自分の右手を第二中リーダーへと伸ばした。
青白く輝くカズミの手が、延子の傷だらけの身体に当てられた。
「あはあっ、キバちゃんのエネルギーがわたしの中に入ってくるう」
治療魔法を受けて、何故か恍惚とした表情でびくり震える延子。
急速治療は細胞組織に無茶を強いるため、耐え難い激痛が走っているはずなのだが。
「バカなこといってっと、魔力じゃなくて毒流し込むぞ」
「うん。キバちゃんのだったら、いい」
こんな時でもこんなやりとりをする二人である。
その横では意識を回復した治奈が、延元享子と宝来暦の二人から治療を受けて、その効果による激痛に顔をしかめている。
その近くに銀黒髪の祥子が腰を下ろし、自分自身の傷口へと手を当てている。
痛みを堪えながら、部屋の中央にいる二人の、その様子を、散らす火花を、見守っている。
部屋の中央では、それぞれ洋剣を構えた二人が、切っ先が触れるか否かというくらいの距離間で向き合っている。
小馬鹿にした笑みを浮かべている、黒スカートの魔道着を着ているのが、リヒト特務隊である康永保江だ。
対する文前久子は、薄黄色の上着に、薄水色のスカート。
油断なければ恐れてもいない、ただそこにあるという自然体の表情だ。
自然体、ではあるが、
受け身に回らず、先に動き出していた。
薄水色のスカートから伸びる細い足で、摺り足気味に、前へと身体を運んだ。と突然、予備動作もなく床を強く蹴り、振り上げた剣を、迷いなく振り下ろしたのである。
攻撃自体は、なんの変哲もないものであり、半跳躍からの振り下ろしは、剣のひらで楽々と受け止められていた。
それでも攻撃のつもり? という嘲笑の表情を浮かべ掛ける康永保江の顔であったが、浮かべ切る前に疑問や驚きといった色がどどっと多分に混ざり込んでいた。
ごくり、唾を飲んだ。
文前久子の身体が、押すでもなく、引くでもなく。
剣で剣を、押さえたまま。
ふにゃり肩の力を抜いて、揺れ動きながら半歩進み、
黒スカートの魔法使いへと、ぴたり密着していたのである。
面食らった様子で一歩引く康永保江であるが、久子の姿はどこにもない。
消えたのではない。
後ろだ。
ぴたり身体を密着させながら文前久子は、くるり身体を回転させて黒スカートの魔法使いの、背後へと回り込んでいたのである。
背中同士が触れ合った、その瞬間、
だんっ
床が、空気が、重たく弾け、揺れていた。
「貼山靠!」
文前久子が膝を軽く落とし、背中を使った体当たりを浴びせたのである。
貼山靠。
日本では鉄山靠として知られている、八極拳という中国拳法の技である。
地味な見た目と裏腹に衝撃は凄まじかったようで、黒スカートの魔法使いは、ととと、っとよろけた。
魔道着の上から、しかもほぼ密着状態から、背中を押されただけにも見えたというのに。
片足を前に出して、堪え踏みとどまった黒スカートの魔法使いは、くるり向き直ると、
「ちったあやるじゃん」
目を細めながら口元を歪めると、剣の柄を握り直した。
褒められた文前久子は、言葉も表情もなにも返さない。
無言のまま、また小さな跳躍で飛び込みながら、ふわりやわらかな手の振りで、剣を打ち下ろした。
跳ね上げようとする黒魔道着、康永保江の剣は、上弦の月を描いてただ空を切っただけだった。
力まずやわらかく持った久子の剣先が、するんふわんと剣をかわしたのである。
「くっ」
康永保江の、呻き声。
驚き、焦り、苛立ちの表情、
それが一瞬にして、苦痛にぐしゃり歪み潰れていた。
黒い魔道着が、肩から腹まで袈裟掛けに切り裂かれていたのである。
久子の剣によって。
大振りを誘って、確実に斬撃を打ち込む。
というのが彼女、久子の戦い方なのであろう。
青白く輝いていた久子の剣は、元の鋼色に戻ってしまっていた。
確実に当てるのであれば、と一気爆発型のエンチャントを掛けていたのだろう。
それでも致命的なダメージは与えられてはいないようであったが。
黒い魔道着の防御性能が優れているのか、着る者の魔法力が高いのかは、まあ、両方なのだろう。
だが、上手く翻弄して、しっかりとダメージを与えた、という腕前の見事に変わりはない。
「サブリーダーの方が、出来る女なんじゃねえのかあ?」
治療しながら二人の戦いを見ていたカズミが、第二中リーダーである万延子をからかった。
「いやあ面目ない。出来ない女で」
軽口を飛ばし合いながら、お互いの身体へと青白く輝く手を翳し、治療し合っている二人。
飛ばしている言葉こそ軽いが、二人とも表情は真剣だ。
急速治療の激痛が全身を襲っているはずであるし、いずれにせよこんな状況で楽しく笑えるはずがない。
ただ、話のダシに使われている当人、文前久子が、薄く笑っていた。
小さく、口元をほころばせていた。
「わたしの方が出来るだなんて、とんでもない。ここへ向かう途中にカメラ映像で見ていたから、対策と覚悟が出来ているだけです。……わたしの実力など、リーダーの足元にも及ばない」
最大級の謙遜をしながらも、視線は油断なく黒スカートの魔法使い、康永保江からそらさず、涼やかに見つめ続けている。
「ちったあやるじゃねえかよ。ワンレンの姉ちゃん。……もうこんなのいらねえや」
黒スカートの魔法使い、康永保江は、砕けた左肩と胸の防具を、それぞれもぎ取り投げ捨てた。
ゆっくり首を回し、すっきりした顔で、あらためて剣を構えた。
「さあやろうぜ!」
こうしてまた、二人の打ち合いが始まった。
だが、というべきか、
押しているのは変わらず、薄黄色と薄水色のスカート、文前久子であった。
豊富な引き出しを利用して、その後もトリッキーな攻撃を仕掛け続けけたのである。
虚を突く中に、稀に実を混ぜる。
というやり方のため、手数的にそれほどのダメージは与えられていない。
だがそのチクリチクリは、むしろ精神をイラつかせ、焦らせるに効果的だった。
効果的ではあったが、次の攻略フェイズへ進むことは出来なかった。
誤算が起きたのだ。
相性であるのか、久子の虚を突く能力が抜群なのか、なかなか順応が出来ないことを自覚認識した康永保江が、あっさり戦い方を切り替えたのである。
単純な、力押しに出たのである。
そして、攻撃を避けようともせず、あえて身体に受けながら、久子へと、袈裟掛けの一撃を浴びせることに成功したのである。
防御されることを前提とした次の手を放てずに、ひと振りを食らった久子。胸の防具は粉々に砕け、強化繊維であるはずの魔道着も、肩から腹まで切り裂かれて、ばっくり裂けた傷からはどろり血が流れていた。
後ろへよろけ、倒れそうになる。
なんとか足を後ろに出して踏みとどまると、追撃に備えて剣を斜めにし、予想通りにきた追撃から身を守った。
だけど、なんとか受け止めたというだけで、押し潰されそうなほどに頼りない。
これまでの、風に吹かれるがごとくな涼しい表情は、すっかり消えていた。
身体を切り裂かれた激痛に、顔がぐしゃり歪んでいる。
「ぐ……時間稼ぎには、なったかな」
ぜいはあ息を切らせながら、久子の吐息のような声が漏れる。
時間稼ぎ、
この言葉には、二つの意味が込められていたのだが、それは後の話だ。
現在、なにが起きたのか。
そう力なく呟き、ふらつきながらも身を守る久子へと、剣の先端が唸りを上げて落ちたのである。
ガードごと叩き潰してやろう、という猛烈な勢いで。
ガチリ、と火花散る激しい音。
そして、続くは静寂。
落とされた、黒スカートの魔法使いの剣は、文前久子の頭上。あと数センチというところで、微かに震えながら静止していた。
横から飛び込んだ、第二中の魔法使い弘中化皆が、寝かせた剣を突き入れて、受け止めたのだ。
その一振りだけではない。
弘中化皆の右側には、嘉納永子が大刀を下げ持ち、肩を並べている。
左側には、宝来暦が、三日月刀を左右の手に握って、同様に。さらには、
彼女たちの後ろには、やや柄の短い薙刀を構え突き出している、延元享子の姿があった。
それぞれ持つ武器の刀身が、青白い輝きを帯びている。
先ほど文前久子が、自分の武器にエンチャントを施していたが、それよりもさらに強く輝いている。
久子が一人で戦っていたため、エンチャントを施す時間を長く確保出来たということだろう。
「みんな、気を付けて。油断した瞬間に、あの世だからね」
守られて安心したか、久子は下がりながら、がくり肩を落とした。
床に膝を着いた。
ふう、と安堵のため息を吐くと、自分のざっくり裂けた胸へと、治療のために薄く輝く手を翳した。
「分かってる。ジックリエンチャントをしている間に、しっかり見ていたから」
弘中化皆は、ワンレンのサブリーダーへと力強く微笑むと、顔を上げた。
前を向きながら、表情を幾分か険しく変化させ、目の前に立つ黒スカートの魔法使い康永保江へと、両手に握った剣を構えた。
同じタイミングで、隣の嘉納永子が、腰をやや低く落とし、大刀を前に突き出し身構えた。
続いて宝来暦も。
左右の手にそれぞれ持つのは、三日月刀。
右を上段、左を下段、それぞれ刃を水平に寝かせ、円を描くように構える。
さらには延元享子が、薙刀の柄尻でとんと床を叩く。
水平に持ち、弘中化皆と嘉納永子の間から、魔法強化に青く輝く鋭い刀身を、突き出した。
「久子のいう通り、本当に気を付けてね。そいつ令ちゃんみたく非詠唱を使うから、隙を与えず、隙を見せずにね」
第二中リーダーの万延子が、四人へと心配そうな顔を向ける。
と、その顔が苦痛に歪む。
横にいるカズミから施されている急速治療の、副作用による激痛のためだ。
「だいじょおぶ。リーダーにお金を借りパクされたままじゃ、死ぬに死ねないよっ」
顔を敵へと向けたまま、弘中化皆は、にっと笑みを浮かべた。
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