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第二十章 万延子と文前久子
01 確かに、自分でいうだけはある。自画自賛も納得の、と
しおりを挟む確かに、自分でいうだけはある。
自画自賛も納得の、とてつもない強さであった。
こちらは複数人おり、しかも一斉に挑んでいる。
なのに、それをものともしないばかりか、こちらを圧倒しているのだから。
康永保江、全身黒く、側面に青ラインの入った、スカートタイプの魔道着。
リヒトの、特務隊だ。
彼女は、息一つ乱さず、短剣を構えたまま立っている。
小馬鹿にした笑みを、口元に浮かべている。
対峙するカズミと万延子は、力なく肩を落として、はあはあ息を切らせている。
頭を支えるのも辛いのか、首が下がっている。
なんとか頑張って、足をよろめかせながら、睨んでいる。
目の前に、涼しい顔で立っている魔法使いを、険しい形相で。
背後から声。
「負け、られんわ。こがいなとこで……フミを、必ず……」
「そう、だね」
カズミたちに守られるように倒れていた、明木治奈と嘉嶋祥子が、床に両手を着いて、上体を起こした。
生まれたばかりの子鹿より頼りなく膝を震わせながら、立ち上がった。
二人は、延子とカズミの横に並んだ。
カズミは横目で、治奈たちが武器を構えたのを確認すると、自分も両手のナイフを構え直し、
「行くぜえ!」
叫び、
身を低く、
強く、床を蹴った。
その両翼、嘉嶋祥子が、そして万延子が、黒スカートの魔法使い康永保江へと、飛び込む、と見せて、高く跳んでいた。
ぶんっ、
後ろに隠れていた治奈の槍、穂先が風を突き抜けて、そして康永保江の胸を深々貫いていた。
と見えたのは、残像か。
黒い魔法使い、康永保江もまた、跳んでいたのである。
跳び、空中で、腰を回す。
祥子の身体へと、空中であるというのに様々な物理法則を無視して重たい蹴り放っていた。
ぐしゃり、音。
反動力を利用して方向転換、青の魔道着カズミへと迫りながら、剣を振り下ろした。
奇襲失敗どころか、迅速迅雷冷静的確な対応をされ、
く、
と呻き、焦りに頬を引つらせるカズミ。
なんとか反応し、左右の手に持ったナイフを交差させて、身を守るのが精一杯であったが、その精一杯すら実行出来なかった。
力押しで、ガードを弾き上げられていたのである。
そして無防備になったカズミの腹へと、黒い靴が、深くめり込んでいた。
黒スカートの魔法使い、康永保江の、回し蹴りが綺麗に決まったのである。
身は空中であるというのに、しっかり軸足を地に踏みしめ体重を乗せているかのような、どしり重たい蹴りが。
「がふ」
カズミの悲鳴と呼気が混ざった音。
たまらず飛ばされ、玉突きで延子ともども壁に激突して、床に落ちた。
また反動で舞い上がり、器用にトンボを切りつつ天井を蹴った康永保江は、
「頭突きい!」
一瞬のことにて、まだ槍を突き出したままの姿勢になっている治奈へと、楽しげな言葉の通りに頭突きかました。
ゴッ
と、鈍い音が響き、治奈の身体はぐらりよろける。
黒スカートの魔法使いは、着地と同時に右手の剣を一振り。
治奈は、頭突きに意識を持っていかれたかよろけているが、それでもなんとか横っ飛びで一撃をかわした。
と、そこへ、
「うわああああ!」
カズミの絶叫。
床を蹴り、黒スカートの魔法使い康永保江へと、両手のナイフを交差させながら、捨て身の一撃を打ち込もうと気迫満面身体を突っ込ませたのである。
だが、世は無情。
振り下ろしかけたその瞬間、またナイフを弾き上げられ、腹に拳を叩き込まれて、飛ばされ、壁に激しく身体を叩き付けられていた。
仲間を庇うよりこの隙に、と体勢立て直した治奈が、前へ進みながら、握り締めた槍の柄を勢いよく突き出した。
突き出した瞬間には、柄を掴まれ、止められていたが。
掴まれた瞬間には、ぐいと引き寄せられていたが。
咄嗟のことに身体が動かす、と、とよろけると、既に眼前には康永保江の喜悦の笑み。
「がふっ」
カウンター気味に、膝がめり込んでいた。
黒スカートの魔法使い、康永保江の膝が。
治奈の腹へと。
催す吐き気に前のめりになる治奈であるが、苦悶の表情のまま、かろうじて床を蹴って、自ら床に転がった。
その瞬間、
ぶん、
頭上を剣の軌跡が疾った。
吐き気を我慢して必死に避けたから助かった。そうでなかったら、ほぼ間違いなく、頭を叩き割られていただろう。
転がる勢いで、そのまま立ち上がるが、
康永保江の追撃はなかった。
先ほどの位置のまま、楽しそうでもあり、腹立たしそうでもある、なんともいえない表情で、剣を持ち仁王立ちになっている。
小さく、口を開いた。
「舐めてんのか? 全員まとめてこい、っていってんだろ。さっきから」
自殺願望でもなんでもない。
ただ、己の強さを証明したいというだけの言葉。
戦わなければ、受けて立たなければ、殺されるだけ。
こうして、あらためてまた四人で挑むカズミたちであるが、それは、
黒スカートの魔法使い康永保江の自信が、根拠に裏付けされたものであることを思い知らされるだけであった。
束になって仕掛けても、攻撃が、かすりもしないのだから。
反対に、一撃で床に沈ませられる。
康永保江は、四人を楽々と床に沈めるたびに、待つのである。
全員が意識を回復して、起き上がるのを。
そして、わざわざ一斉攻撃を仕掛けさせておいて、受けて立つのだ。
揃って攻撃といっても、怪我に疲労に、ぴたり息の合った連係は、もう難しく、そういう瞬間瞬間の意味においては、バラバラな攻撃をするしかない状態であったが。
それでも戦うしかない。
人質に取られた史奈を助けるために。
治奈が、踏み込みながら、槍を突き出した。
突き出した時には、その柄を掴まれていた。
ぐいと引き寄せられていた。
すぐ眼前に、康永保江の歪んだ笑みがあった。
「お前さあ、弱いふりしてんの? 本気を出せば一対一でも勝てる、とか思ってんの? 正義のヒロインを気取って、大ピンチから逆転ホームランでかっこよく勝とうってか? じゃーあ、やってみなあ」
どん、
黒スカートの魔法使いは、半ば怒った歪んだ笑みを浮かべながら、治奈の胸を突き飛ばした。
治奈は、小さく舌打ちしながら、左足を後ろに伸ばして踏みとどまると、そのまま左足を軸にして大きく踏み出しながら、槍を突き出した。
当然というべきか、その単純な攻撃は通用しなかったが。
すっ、と黒スカートの魔法使いは、横へ滑ってなんなくかわしていた。
矢継ぎ早の第二撃、袈裟がけに振り下ろされる槍の穂先、それも高く身を跳躍させてかわしていた。
空中で身動きままならぬはずのところへ、槍の柄を大きく回転させて、柄尻を使った、第三の撃。
これすらも、決まらなかった。
それどころか、空中の康永保江は、空気を蹴って足場にし、治奈の顔面へと蹴りを見舞ったのである。
「弱いふりはやめろ!」
相手が弱いことへの怒りと、自画自賛の笑みとが混じった、複雑な表情で怒鳴る。
「二百パーセント出しとるわ!」
ひしゃげる顔で、仰け反る身体を踏ん張って、相手の着地ざまを狙った治奈の一撃、それは短く持った槍の突きであった。
ぱしり、手の甲で簡単に弾かれるだけであるが、治奈は萎えない、退かない、むしろ顔を怒りで険しくさせ、
「フミの……妹の生命が、懸かっておるんじゃ!」
身体を回転させて、黒スカートの魔法使いの脇腹へ叩き付けようと柄尻を振る。
「当たるかよ」
屈む康永保江の頭上、槍柄は空を切る。
空を切ろうと、治奈は諦めない。
「うちかて生命を懸けとるわ!」
跳躍。
治奈の身体は高く、高く、空中に。
槍を持ったまま、器用に身体を捻りながら前転させて、天井を蹴った。
蹴った勢いを乗せた穂先を、黒スカートの魔法使いへと突き出した。
それすらもまた、簡単にかわされてしまうのだが、
「守る者のおらん奴が、偉そうなことをいうなあああああああ!」
着地と同時に、突きを放つ。
放つ。
かわされようとも。
弾かれようとも。
紫色の魔道着を着た魔法使いは、
構わず矢継ぎ早に、
目で追えないほどの、突きを、繰り出していく。
それを受けてもなお、黒スカートの魔法使いは余裕綽々の笑みを浮かべていたが、
穂先が髪の毛をかすめて、舌打ちし、
魔道着の肩をかすめて、睨み、
振り下ろした剣を槍に弾かれ、目が見開かれ、
いつしか、
「こ、こんな……」
数秒まで顔に自信が満ち満ちていた黒スカートの魔法使いは、すっかり防戦一方になっていた。
治奈の猛攻。
追い込むことに自信を付けたか気迫が勝ったか、ついに執拗な攻撃が黒スカートの魔法使いを捉えた。
突き、と見せての振り回した横殴りが、脇腹を打撃したのである。
黒スカートの魔法使い、康永保江は、苦悶と屈辱の表情を浮かべながら、壁へと叩き付けられていた。
とどめのひと突きを浴びせるべく床を蹴り飛び込む治奈であるが、気合満面がすっと不安に翳った。
吹き飛ばして壁へと叩き付けたはずなのに、そこに康永保江の姿が、なかったのである。
「ハルビン後ろ!」
万延子の叫び声が、治奈に注意を促した。
だがその声が聞こえた時には、既に治奈の顔面はひしゃげ、ひしゃげた顔が戻らぬうち、壁へと激しく打ち付けられていた。
背後から、横っ面に回し蹴りを受けたのである。
そこに立つのは黒スカートの魔法使い、康永保江。
治奈の気迫に追い詰められている。と見えたのは、演技であったということなのか。
彼女のその顔には、先ほどまで浮かんでいた焦燥感などは微塵もなかった。
人を嘲る笑みが浮かんでいるばかりだった。
「ぐぅ……」
意識なんとか保ちつつ、素早く槍を構えようとする治奈であるが、
「楽しかったあ?」
康永保江の声と同時に、その槍が跳ね上げられていた。
「さあこれから逆転だあ、って、わくわくしちゃったあ?」
「なにを!」
槍を跳ね上げられたその勢いを使って、治奈は柄尻で、黒い魔法使いの身体を打ちに掛かった……と見せて、腰を回して顔面へと蹴りを放っていた。
意表を突いた、治奈の攻撃。
まったく、通用はしなかったが。
通用しないどころか、蹴りの軸足にぱしりと足払いを受けて、尻もち付きそうな姿勢のまま低く浮かされていた。
と、その瞬間、下から蹴り上げられて、紫色の魔道着を纏った彼女の身体は、低く揺れる激しい音と共に天井に叩き付けられていた。
治奈の身体が、ひびの入った天井にめり込んでいた。
重力に引かれ、天井から剥がれて落ちた。
受け身も取らず、床を小さく跳ねた。
完全に意識をなくしているのか、その身体はぴくりとも動かなかった。
「気迫がありゃあ勝てるとでも思ったかあ? 世の中そんな甘くねえんだよバーカ。……さて、もう飽きてきたから……そろそろ、死ねよ」
黒スカートの魔法使い康永保江は、剣を軽やかに振って、空気の粒子で刃を研いだ。
倒れ意識を失っている紫色の魔道着、明木治奈の首へと、その刃を振り下ろした。
顔色一つ変えることなく。
むしろ、楽しげに。
すっぱり一撃のもと、離れ離れになるはずであった、治奈の頭と身体。
だが、断首の剣は、仕事を果たすその寸前、ガチリと受け止められていた。
横から入り込んだ剣先によって。
「リーダーと、第三中のみなさんは、少し休んでいてください」
薄黄色の上着と薄水色のスカートという色の魔道着を着た、ワンレンに髪を切り揃えた少女の姿。
我孫子市天王台第二中学校の三年生、魔法使いのサブリーダー文前久子であった。
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