魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第十九章 なんのために殺し合うのか

05 どろり濃密な闇の中を、アサキの身体は、吹き飛ばされ

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 どろり濃密な闇の中を、アサキの身体は、吹き飛ばされていた。
 あまりの勢いその激しさゆえ、ぶつかる空気の粒子が針のように身体に突き刺さる。だが、それを痛みに思った瞬間には、床に打ち付けられ、弾み、転がっていた。

「あぐあっ!」

 アサキは痛みと衝撃に呻き声を漏らしながらも、ぎろり目を動かして、素早く右手を床に着き、自らの転がる方向を変化させた。

 ガチッ
 硬い物が、振り下ろされ床に叩き付けられる音。

 金属の、短い棒である。
 もしも咄嗟に、転がる方向を変えていなかったら、頭部を砕かれていただろう。

 転がりながら、その回転の勢いを利用して、立ち上がるが、

 ぶん
 また、金属の棒が、闇の中からアサキを襲う。

 くっ
 呻き声。
 持った剣を水平にして、跳ね上げ弾いて、頭を守った。
 だが、その瞬間、別の金属棒が横薙ぎに、空気を押し砕きながら、アサキの胴体へと迫る。
 剣で食い止めた頭上の棒を、手で掴み直すと、剣を器用にくるり回転させ柄を逆さに握り直し、脇腹への攻撃を受け止めた。
 受けた剣のひらが勢いに負けて、アサキの身体を打撃する。
 ぐっ、と顔をしかめながらも、受けた勢いをどうせなら利用して、後方へと距離を取った。

 はあ
 はあ
 大きく、肩で呼吸をしながら、
 疲労や痛みに、顔をしかめながら、
 赤毛の魔法使いは、赤い前髪の隙間から、睨む。
 前方に立つ、白スカートの魔法使い、さいとうの、余裕綽々なその顔を。

 はあ
 はあ
 苦しい。

 手にしているのは慣れた洋剣。
 でも、疲労のため、普段より遥かにずっしり重く感じる。
 魔法強化エンチヤントを施せば、少しは軽くなる。しかし、斉藤衡々菜の攻撃が矢継ぎ早で、非詠唱のチャンスすら与えてくれない。

 ここはなんとか、耐え続けるしかない。
 それにしても、前より遥かに厄介だな、この武器は……

 アサキは大きく呼吸しながら、あらためて、白スカートの魔法使いが持っている武器に、視線を向ける。

 先ほどまでの、えんげつとうではない。
 この部屋に入ってから、武器を持ち替えている。

 リレーのバトンよりも、少し長い金属棒が三本。
 それを、二箇所の節で繋いだもの。
 さんせつこんと呼ばれる武器だ。

 一般的な形状と違い、一方の先端には槍の穂先が取り付けられている。
 また、真っ直ぐに伸ばして棒状に固定させる仕掛けが施されており、つまりは取り付けた穂先と併せ、槍状に変化させることも出来る、というものである。

 扱いは危険で難しそうだが、使いこなせるのならば非常に強力な武器だろう。

 一月ほど前にアサキは、やはりリヒトの特務隊と思われる、五人の魔法使いマギマイスターと戦ったことがある。
 アサキの精神を揺さぶる目的で(おそらくは)、だれとくゆうが送り込んだもので、学校からの帰り道に闇討ちを受けたのだ。
 その五人組の一人が、まったく同じタイプの三節棍を使っていた。

 だけど、その時よりも現状の方が格段に厄介だ。
 使い手の技術が遥かに高いし、使い手の魔力が遥かに強大だからだ。
 格闘技術と魔法能力、仮に秀でているのは片方だけであったとしても、それでもアサキを充分に圧倒出来るのではないか。

 それだけ、白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜は、無邪気な顔をしながらも微塵の隙もなく、アサキを圧倒し続けていたのてある。
 薄気味の悪い、この空間の中で。

 なにが気味悪いのかというと、部屋が完全に密閉されており、窓どころか、出入り口、通気口の類すらもないのである。

 分からぬよう隙間なく閉ざされているのかも痴れないが、アサキが探知した限りでは、そもそも存在していない。
 四面、金属なのか、硬質プラスチックなのか、とにかく硬そうな、飾り気のないつるんとした壁があるのみだ。

 その壁には、よく見ると、であるが小さな文字がびっしり書かれている。
 魔法文字による、呪文だ。
 一般に、魔道着にも、ヴァイスタから身を守るための呪文が書き込まれているが、同じ原理であろう。

 魔法文字は壁だけでなく、天井にも、床にも、隙間なく書き込まれている。

 その天井であるが、バスケットボールの試合が出来そうなほど広い部屋であるというのに、電灯など光源の類が一切なく。
 これもまた不自然であり、不気味の一要素である。

 光源がなく、部屋は完全密閉。
 つまりここは、微塵たりも光の粒子が入り込まない、漆黒の空間なのである。
 アサキたちには、視認出来ているが、それは魔法使いはみな「魔力の目」という基礎能力を持っているからに他ならない。

 部屋への行き来も、視界の確保も、なにをおいても魔力を必要とする空間なのである。

 このような壁や天井であるだけに、空調設備などもなく。
 どのようにしてここへ酸素を供給しているのか。
 分からないが、現在のところは、別段に息苦しさは感じない。

 とはいえ、精神的な息苦しさはまた別だ。
 こんな異様な部屋になどいたら、例えなにもなかろうとも、満ち満ちた瘴気を勝手に感じて、鳥肌が立ち、息も苦しくなるというものだ。

 ましてや、呪術的な仕掛けが壁の文字に施されている。
 なおかつ、言動ことごとく常軌を逸脱している斉藤衡々菜のような者が、戦いの場として好んで選ぶ部屋なのだ。
 先ほどの発言から、ここで何人もの人間が殺されたことは間違いなく、
 なら気持ち悪いに決まっている。
 怖気を感じるに決まっている。

 だけど……
 だけど、そんな泣き言は、いっていられないんだ。

 アサキは、剣の柄をぎゅっと握った。

 だれとくゆうの出した、「この魔法使いに勝てば史奈の生命を助ける」、という言葉。
 まずは、それを信じて戦うしかないわけであり、こうして戦っているわけであるが……
 しかし、いざ戦ってみると、戦闘能力の差があまりにも大きく、使いたくない言葉であるが、絶望的、な状況であった。
 それでも目的を果たすためには、まずはとにかく、必死に食らいつくしかない。
 それで、せめてもの気合いに、柄をぎゅっと握っていたのである。

「なんかね、つまんなそうな顔をね、しているねえ」

 白スカートの魔法使いが、三節棍で飛び込んだ。
 のほほんとした口調ながらも、振り下ろされる棍の先端は、電撃的な速度であり、壊滅的な威力。

 アサキは、剣の柄をぎゅっと握って、必死に受け止め、必死に受け流すものの、そうしたガードの上から、ガリガリと体力を削ぎ取られていく。

 長期戦に持ち込んじゃいけない。
 分かっている。
 けど、手が出せない。
 この魔法使い、強過ぎる。
 やっぱり、わたしなんかまだまだだった。
 でも、負けるわけにはいかない。
 なんとか、しないと。

「楽しそうな、顔を、しなきゃいけないんですか?」

 受け流した時の相手の勢いを使って、アサキは、一歩滑り下がった。
 ひと呼吸しようと、ぼそり小さく、言葉を返す。

 だが、

「実験のためのね、部屋なんだよねえ、ここは」

 会った最初からなのだが、たまに飛び交う会話が、このようにまったく噛み合ってない。
 というよりも、斉藤衡々菜が、自身の発言をころころ変えるのだ。

「魔力係数って分かるう?」

 先ほど、部屋の説明を簡単にしていたが、それをまた始めた。
 喜悦の笑みを浮かべ、かわいらしい外観と裏腹に、無骨な三節棍をガンガンと打ち下ろしながら。
 語る。

 完全密閉と呪術文字により、魔力を反射共鳴。
 係数値の増幅を図る。

 と、これがこの部屋の仕掛けであるということを。

 つまり、この空間にいるだけで、いる者の魔力がパワーアップするのだ。
 比例して、消耗も激しくなるわけではあるが。

 そのような環境下で、非詠唱魔法による並行処理をどこまで制御出来るのかを確認したり、より強力な魔道着や武器を開発するための測定をしたり、そうした目的のための部屋なのである。

「でもね、そんなんどうでもよくてね、増幅された分だけ戦った時の強さの違いがはっきりと分かるでしょお? だから、わたしはここを気に入っているんだよね。自分があ、最強であることにい、蚤のウンコほどの疑いも抱かずにすむわけだからさあ」
「それこそ、わたしにはどうでもいい」

 縦横無尽に襲い迫る、三節棍の連続攻撃を必死に防ぎながらアサキは、ふっと鋭い呼気に似た小さな声を、絞り出した。
 無理して声を出すことこそ意味がないが、あまりに続く劣勢に、自己発奮のきっかけを無意識に求めたのかも知れない。

 だが、そんなアサキの意識下と無意識下による奮起心は、圧倒的な能力差を埋めるなんの材料にもなっていなかった。
 攻められ続けた。

 単純な実力の差、というだけではないだろう。

 向こうには、こちらの情報がある。こちらはなにも知らない。
 向こうは、この薄気味悪い部屋での戦いに慣れている。こちらは、初めてだ。
 向こうは、この生命のやり取りを単純に楽しんでおり、また、自己の力を信じており、力みがない。こちらは、死を怖れるし、取られた人質のこともあるし、どうしても力みが生じてしまう。

 でも、九割以上は、やはり単純な実力差であろうか。
 斉藤衡々菜という、この白スカートの魔法使いが、桁外れに強いのだ。

 アサキは思う。
 自惚れではなく、真面目に自分を鍛えていてよかったと。
 自分に自信のない、怖がりな性格でよかったと。
 最近の成長に対して、強いの最強のといわれることを迷惑に感じていたからこそ、天狗にならずにいたからこそ、いま、こうして生きている。
 フミちゃんを助けるために、こうして戦うことが出来ている。

 もし少しでも慢心があったならば、もうとっくに殺されていただろう。
 この斉藤衡々菜という少女が、あえてわたしを生かし、いたぶろうとしない限りは。

 だけど、このままでも、負けるのは時間の問題だ。
 なんとか活路を見出さないと。
 隣の部屋でみんなが戦っている、そちらのことも気になるし。
 早く、なんとかしないと。
 でも、こんな強い相手を、どうやって……
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