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第十章 とあるヴァイスタの誕生と死と
13 十年前、この屋敷の二階にある洋間で、殺人事件が起き
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十年前、この屋敷の二階にある洋間で、殺人事件が起きた。
大鳥正香の父が、妻つまり正香の母親の不倫を疑い、口論の末にハンマーで殴り殺したのである。
気の違ってしまった父は、正香や正香の姉にも殺意を向ける。
姉は正香を庇うため、手にしたナイフで父を刺そうとするが返り討ちに遭い、母親と同様ハンマーを横殴りに一撃されて絶命した。
正香の記憶はここまでだった。
父が我に返って自殺を図ったというのは、聞かされて知ったこと。
警察の調べた状況からの判断であり、正香が見たり証言したものではない。
ただし、間違っている。
その、警察の判断は。
何故ならば、
殺したのは、正香であるのだから。
実の父親を。
腹にナイフを突き刺して。
遅かったけれど。
だって既に、母も、姉も、殺された後だったのだから。
様々な自分の決断が早ければ、救えたはず。
怖がって、なにもせず、すべての判断を他人に委ねた結果、取り返しのつかないことになってしまったのだ。
どれくらい、自分が刺し殺してしまった、父親の死骸を前に、血のべっとりこびりついたナイフを手に下げながら、呆然と突っ立っていただろう。
突然、リストフォンが鳴動した。
部屋の中央に、折り重なって倒れ絶命している、母の左腕にはめられたリストフォンが。
こんな状況で、他人への通信を読む非常識もなにもなく、むしろこのやり場のない状態であったからこそ、正香はそのメッセージを見てしまう。
男性と思われる者からの、亭主と上手くやり仰せたかを確かめる内容。
背筋を冷たいものが突き抜けていた。
まだ幼いが周囲から賢いといわれている正香には、その文章そのものが理解出来ただけではなく、背景までをも察してしまったのである。
震える手で母のリストフォンを操作し続け、他のメッセージも読んだことで、疑惑は確信に変わった。
叫んでいた。
立ち上がり、天井を見上げ、まだ幼い端正な顔を醜く歪め、腹の底から凄まじい絶叫を放っていた。
元凶は、母だったのだ。
父のいっていることこそが、真実だったのだ。
母が不倫などしなければ、父が狂うこともなかったのだ。
姉が死ぬこともなかった。
父も、優しい父のままだった。
そんな父を、殺させた。
あなたが、
わたしに、
殺させた……
蹴りそうになった。
目を開き絶命している、母の頭を、思い切り蹴りそうになった。
必死だったのだろう。
抗いたかったのだろう。
こんな母親にすべてを狂わされたことに。
一家がこんなになってしまったことに。
正香は焦りながらも、冷静着々と、人生の軌道修正を試みる。
まずは、母親のリストフォンに残っている、不倫の証拠を削除。
自分のリストフォンからクラッキングし、サーバーに残る送受信の記録を改ざん。
雑な知識でのクラッキングだ。
警察が徹底的に追えば、逃げ切れるものではない。
しかし、理由がどうであれ、父が母を殺したことは紛れもない事実。不倫が本当であったか、母の身元を徹底的に洗うこともしないだろう。そこまでは警察の仕事ではない。
手袋をはめ、正香の指紋がついていない別のナイフを、父に握らせた。
自殺と見せ掛けるためだ。
そして、
この世に魔法が存在することを知らなかった以上は、本能的な行動ということになるのだろうが、自分自身に魔法を掛けた。
自分が父を殺したこと、母が不倫していたこと、これらを意識の奥底に封じ込めた。
潜在魔力が強大だったのか、普通に生きていきたいという願いこそが強大だったのか、十年間もの間、その魔法は、正香の無意識と相乗作用して、意識の一部を封印し続けた。
その封印が消し飛んで、現在、彼女はすべてを思い出してしまったのである。
大鳥正香の父が、妻つまり正香の母親の不倫を疑い、口論の末にハンマーで殴り殺したのである。
気の違ってしまった父は、正香や正香の姉にも殺意を向ける。
姉は正香を庇うため、手にしたナイフで父を刺そうとするが返り討ちに遭い、母親と同様ハンマーを横殴りに一撃されて絶命した。
正香の記憶はここまでだった。
父が我に返って自殺を図ったというのは、聞かされて知ったこと。
警察の調べた状況からの判断であり、正香が見たり証言したものではない。
ただし、間違っている。
その、警察の判断は。
何故ならば、
殺したのは、正香であるのだから。
実の父親を。
腹にナイフを突き刺して。
遅かったけれど。
だって既に、母も、姉も、殺された後だったのだから。
様々な自分の決断が早ければ、救えたはず。
怖がって、なにもせず、すべての判断を他人に委ねた結果、取り返しのつかないことになってしまったのだ。
どれくらい、自分が刺し殺してしまった、父親の死骸を前に、血のべっとりこびりついたナイフを手に下げながら、呆然と突っ立っていただろう。
突然、リストフォンが鳴動した。
部屋の中央に、折り重なって倒れ絶命している、母の左腕にはめられたリストフォンが。
こんな状況で、他人への通信を読む非常識もなにもなく、むしろこのやり場のない状態であったからこそ、正香はそのメッセージを見てしまう。
男性と思われる者からの、亭主と上手くやり仰せたかを確かめる内容。
背筋を冷たいものが突き抜けていた。
まだ幼いが周囲から賢いといわれている正香には、その文章そのものが理解出来ただけではなく、背景までをも察してしまったのである。
震える手で母のリストフォンを操作し続け、他のメッセージも読んだことで、疑惑は確信に変わった。
叫んでいた。
立ち上がり、天井を見上げ、まだ幼い端正な顔を醜く歪め、腹の底から凄まじい絶叫を放っていた。
元凶は、母だったのだ。
父のいっていることこそが、真実だったのだ。
母が不倫などしなければ、父が狂うこともなかったのだ。
姉が死ぬこともなかった。
父も、優しい父のままだった。
そんな父を、殺させた。
あなたが、
わたしに、
殺させた……
蹴りそうになった。
目を開き絶命している、母の頭を、思い切り蹴りそうになった。
必死だったのだろう。
抗いたかったのだろう。
こんな母親にすべてを狂わされたことに。
一家がこんなになってしまったことに。
正香は焦りながらも、冷静着々と、人生の軌道修正を試みる。
まずは、母親のリストフォンに残っている、不倫の証拠を削除。
自分のリストフォンからクラッキングし、サーバーに残る送受信の記録を改ざん。
雑な知識でのクラッキングだ。
警察が徹底的に追えば、逃げ切れるものではない。
しかし、理由がどうであれ、父が母を殺したことは紛れもない事実。不倫が本当であったか、母の身元を徹底的に洗うこともしないだろう。そこまでは警察の仕事ではない。
手袋をはめ、正香の指紋がついていない別のナイフを、父に握らせた。
自殺と見せ掛けるためだ。
そして、
この世に魔法が存在することを知らなかった以上は、本能的な行動ということになるのだろうが、自分自身に魔法を掛けた。
自分が父を殺したこと、母が不倫していたこと、これらを意識の奥底に封じ込めた。
潜在魔力が強大だったのか、普通に生きていきたいという願いこそが強大だったのか、十年間もの間、その魔法は、正香の無意識と相乗作用して、意識の一部を封印し続けた。
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