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第十章 とあるヴァイスタの誕生と死と
09 ここは天王台第三中学校、第一校舎の三階にある、二年
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ここは天王台第三中学校、第一校舎の三階にある、二年三組の教室だ。
慶賀応芽が、身体を後ろにちょっとそらせながら、両手を頭の後ろで組んで、流し目でなにかをじーっと見ている。
視線の先にいるのは、大鳥正香である。
頭を抱えている。
すっかりふさぎ込んでいるように見える。
それも当然だろう。
時折夢に見てしまう、家族が殺された時のこと。それを最近また見てしまうということなのだから。
父が、母と姉をハンマーで殴り殺し、父本人は自殺。
そんな夢を見てしまうだけでも、ふさぎ込むに充分だというのに、さらには、今回はその件で、親友である平家成葉と初めて激しく喧嘩してしまったのだから。
ふさぎ込む気持ちも理解は出来るが、さりとていつまでもこうしているわけにもいかない。
応芽は、登校中に平家成葉から悩みを聞いてしまった手前、なにか出来ることがないかを考えていたのである。
でも、本人の悩む姿を横目でじーっと見ていても、それでなにが思い浮かぶわけでもなかった。
「やっぱり、時が解決するの待つしかないんやろか」
ため息を吐きながら、軽く目を閉じたその瞬間、驚きに、閉じ掛けていた目が再び、そして大きく見開かれていた。
なにかが見えた、というよりは、なにかを感じたのである。
視覚と重なって、なにかに見えたのである。
もう一度、目を閉じたり開いたり、しばしば強くまばたきしてみるが、もうそれは見えず、もうそれは感じず。
なんやろか。以前に、感じたことあるわ、この感覚。
あ……
「まさか……」
ごくり唾を飲むと、あくせく慌て、左腕のリストフォンを操作し、アプリを起動させた。
軽く腕を上げると、周囲を素早く見回し、こっそりと、カメラレンズを正香へと向けた。
リストフォンの画面内に、正香の後ろ姿を捉えた映像が表示されるが、それが不意に真っ暗になった。
「ウメちゃん、人に許可なくリストフォンのカメラを向けるのは駄目なんだよ。あと学校内での撮影は禁止」
席の横に、令堂和咲が立っており、手でカメラレンズを塞いだのである。
「学級委員かよお前」
その隣にいる昭刃和美が、漫才の突っ込みみたいに冗談ぽく、腕でアサキの胸を叩いた。
応芽は、面食らったようにバチバチまばたきすると、
「あ、ああ、こいつが壊れておらんか、ただ表示させてただけや」
嘘を付いた。
リストフォンをなでながら、ごまかし笑いをした。
「でもカメラを向けられるだけでも、不快に思う人だっているかも知れないんだから」
「せやな。令堂のいう通りやな。もうせんわ」
笑みを浮かべたまま、リストフォンを外して机の上に置いた。
「許可ありゃ向けていいってんなら、あたしが許可するから、アサキ、なんかエロポーズやってみな」
カズミは左腕を持ち上げて、カメラレンズをアサキへと向けた。
「いやいや、撮る方じゃなくて撮られる側の許可でしょお?」
などといいながら、ネタを振られたアサキもちょっと悪ノリして、腰を少し屈めながら片手を後ろ頭に片手を腰に当てて、唇をすぼめて、お色気ポーズだ。
「こんな感じ?」
「うわっ気持ちわり。レンズ割れる!」
げっそりげんなりといった表情で、カズミはそっとリストフォンを下ろした。
「やらせといて気持ち悪いとか酷いよお!」
「うるせえ! 文句いう前にその不気味なポーズを解除しろよ!」
「あ、わ、忘れてたっ」
慌て、手足をばたばたさせるアサキ。
「なあ自分ら、あの二人を見とって、なんも思わへんか?」
応芽が顔を上げて、くいっとアゴの先で人を差す。
中央前目の席である大鳥正香と、廊下側の中列である平家成葉の二人を。
二人とも、どんより真っ黒な雲の中にでもいるかのように、憔悴しきった顔で、ただ俯いている。
「どうしたんだろう……」
アサキは小首を傾げた。
「今日は成葉までもかよ。正香だけが落ち込んでいることは、たまにあったけどさあ」
「そうそう、正香ちゃんのことは、わたしも前々からおかしいなって思ってて、いつも気を付けていたんだけど」
「いつもって、気付いてなかったやないか。なにがエロポーズや」
突っ込む応芽。
「だ、だって、だって、これまでこんなあからさまに落ち込んだ感じじゃあなかったから、逆に気付かなくて。……ね、ウメちゃん、二人になにかあったの?」
アサキは不安げな顔を、応芽の顔へと寄せた。
「まあな。今日のこの状況は、まず大鳥の身に十年前になにが起きたのかから説明せなあかん。昭刃たちは、とおっくに知っとったことらしいから、こいつに話を聞いた方が早いやろな」
応芽は、カズミの顔へ、ちらりと視線を向けた。
「そんな冷ややかな目で見るなって。隠してるってつもりはなかったけど、わざわざ話すことじゃないと思って、いわなかっただけだ。……ウメは、誰からこのことを聞いた?」
「ついさっき、登校中にな。平家本人が話してくれたわ」
「そうか。じゃあ、アサキにはあたしから話すよ。アサキ、業間休みの時に屋上でな」
「分かった」
真顔で、アサキは頷いた。
こうしてアサキも、十年前に大鳥家を襲った惨劇を知るところとなったのである。
慶賀応芽が、身体を後ろにちょっとそらせながら、両手を頭の後ろで組んで、流し目でなにかをじーっと見ている。
視線の先にいるのは、大鳥正香である。
頭を抱えている。
すっかりふさぎ込んでいるように見える。
それも当然だろう。
時折夢に見てしまう、家族が殺された時のこと。それを最近また見てしまうということなのだから。
父が、母と姉をハンマーで殴り殺し、父本人は自殺。
そんな夢を見てしまうだけでも、ふさぎ込むに充分だというのに、さらには、今回はその件で、親友である平家成葉と初めて激しく喧嘩してしまったのだから。
ふさぎ込む気持ちも理解は出来るが、さりとていつまでもこうしているわけにもいかない。
応芽は、登校中に平家成葉から悩みを聞いてしまった手前、なにか出来ることがないかを考えていたのである。
でも、本人の悩む姿を横目でじーっと見ていても、それでなにが思い浮かぶわけでもなかった。
「やっぱり、時が解決するの待つしかないんやろか」
ため息を吐きながら、軽く目を閉じたその瞬間、驚きに、閉じ掛けていた目が再び、そして大きく見開かれていた。
なにかが見えた、というよりは、なにかを感じたのである。
視覚と重なって、なにかに見えたのである。
もう一度、目を閉じたり開いたり、しばしば強くまばたきしてみるが、もうそれは見えず、もうそれは感じず。
なんやろか。以前に、感じたことあるわ、この感覚。
あ……
「まさか……」
ごくり唾を飲むと、あくせく慌て、左腕のリストフォンを操作し、アプリを起動させた。
軽く腕を上げると、周囲を素早く見回し、こっそりと、カメラレンズを正香へと向けた。
リストフォンの画面内に、正香の後ろ姿を捉えた映像が表示されるが、それが不意に真っ暗になった。
「ウメちゃん、人に許可なくリストフォンのカメラを向けるのは駄目なんだよ。あと学校内での撮影は禁止」
席の横に、令堂和咲が立っており、手でカメラレンズを塞いだのである。
「学級委員かよお前」
その隣にいる昭刃和美が、漫才の突っ込みみたいに冗談ぽく、腕でアサキの胸を叩いた。
応芽は、面食らったようにバチバチまばたきすると、
「あ、ああ、こいつが壊れておらんか、ただ表示させてただけや」
嘘を付いた。
リストフォンをなでながら、ごまかし笑いをした。
「でもカメラを向けられるだけでも、不快に思う人だっているかも知れないんだから」
「せやな。令堂のいう通りやな。もうせんわ」
笑みを浮かべたまま、リストフォンを外して机の上に置いた。
「許可ありゃ向けていいってんなら、あたしが許可するから、アサキ、なんかエロポーズやってみな」
カズミは左腕を持ち上げて、カメラレンズをアサキへと向けた。
「いやいや、撮る方じゃなくて撮られる側の許可でしょお?」
などといいながら、ネタを振られたアサキもちょっと悪ノリして、腰を少し屈めながら片手を後ろ頭に片手を腰に当てて、唇をすぼめて、お色気ポーズだ。
「こんな感じ?」
「うわっ気持ちわり。レンズ割れる!」
げっそりげんなりといった表情で、カズミはそっとリストフォンを下ろした。
「やらせといて気持ち悪いとか酷いよお!」
「うるせえ! 文句いう前にその不気味なポーズを解除しろよ!」
「あ、わ、忘れてたっ」
慌て、手足をばたばたさせるアサキ。
「なあ自分ら、あの二人を見とって、なんも思わへんか?」
応芽が顔を上げて、くいっとアゴの先で人を差す。
中央前目の席である大鳥正香と、廊下側の中列である平家成葉の二人を。
二人とも、どんより真っ黒な雲の中にでもいるかのように、憔悴しきった顔で、ただ俯いている。
「どうしたんだろう……」
アサキは小首を傾げた。
「今日は成葉までもかよ。正香だけが落ち込んでいることは、たまにあったけどさあ」
「そうそう、正香ちゃんのことは、わたしも前々からおかしいなって思ってて、いつも気を付けていたんだけど」
「いつもって、気付いてなかったやないか。なにがエロポーズや」
突っ込む応芽。
「だ、だって、だって、これまでこんなあからさまに落ち込んだ感じじゃあなかったから、逆に気付かなくて。……ね、ウメちゃん、二人になにかあったの?」
アサキは不安げな顔を、応芽の顔へと寄せた。
「まあな。今日のこの状況は、まず大鳥の身に十年前になにが起きたのかから説明せなあかん。昭刃たちは、とおっくに知っとったことらしいから、こいつに話を聞いた方が早いやろな」
応芽は、カズミの顔へ、ちらりと視線を向けた。
「そんな冷ややかな目で見るなって。隠してるってつもりはなかったけど、わざわざ話すことじゃないと思って、いわなかっただけだ。……ウメは、誰からこのことを聞いた?」
「ついさっき、登校中にな。平家本人が話してくれたわ」
「そうか。じゃあ、アサキにはあたしから話すよ。アサキ、業間休みの時に屋上でな」
「分かった」
真顔で、アサキは頷いた。
こうしてアサキも、十年前に大鳥家を襲った惨劇を知るところとなったのである。
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