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第十章 とあるヴァイスタの誕生と死と
02 踵を軽く浮かせ、つま先で身体を支えながら、二人が向
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踵を軽く浮かせ、つま先で身体を支えながら、二人が向き合っている。
反対側の壁に立っていようとも息遣いがはっきり聞こえそうなほどに、しんと静まり返った空間に。
二人とも、剣道の防具に身を覆っている。
竹刀の先端が触れるか触れないかという距離を取ったまま、双方ピクリとも動かない。
二人の身体の大きさは、これで公平な勝負になるのかというくらいに違う。
それでも二人は、どちらがどうということはなく、ただ、被った面の奥から相手だけを見つめ、竹刀を突き合わせ向き合っている。
微かな息遣いとともに。
ここは、大鳥家の敷地内にある稽古場だ。
大鳥正香が、叔父である大鳥道彦に朝の稽古をつけて貰っているところである。
正香は、中二の女子としてはごく平均的な身長であり、対する道彦は男性として見ても少し大柄。だから、この不公平を感じさせる身長差も、当然なのであるが、
しかし、道彦は容易には動かない。
姪が最近、めきめきと実力を付けてきているのを、分かっているからである。
以前は、わざと無防備に前へ踏み出すことで、動揺して大振りで挑んでくる正香の竹刀を、簡単に弾き飛ばしていた道彦であるが。
現在の二人に、実力差はほとんどない。
ほんのわずか、道彦の方が上ではある。
ただし、動かずぴたっと静止し続ける能力においては、道彦は姪にかなわない。
叔父に実力で劣っていると分かっているからこそ、正香は必ず、自身のその特徴を生かして持久戦に持ち込もうとする。
持久戦においては、いつも勝つのは正香である。
道彦は、分かっているのにいつも焦れて動いてしまう。
とはいえ大半の場合は、実力差で半ば力技的に叔父が姪を下してしまうのではあるが。
今回もそのような構図、そうなりそうな雰囲気が作られつつある。叔父が痺れを切らして、姪が迎え討つという。
小さな呼吸をしながら、向き合う二人。
実力が伯仲しているからこそ、空気がよりしんと静かになる。
心臓の音すら読み合うかのように、二人は神経研ぎ澄ませ、じっと動かない。
だが、
ついに、動いた。
動いたが、ただしそれは正香の方であった。
埋まりつつある実力差を信じてのことか、埋められないからこそ虚を突いたということか。
いずれであろうとも、このようになった以上もう勝負はついたも同然であった。
道彦の迷いのない攻めが、正香の小手を打ったのである。
く、と面の中から呻き声。だらりと正香の腕が下がった。
二人とも、ほとんど動いていないというのに、いま初めて少し動いただけだというのに、はあはあと息を切らせている。
「参りました」
正香は、深く頭を下げた。
道彦も頭を下げると、お互い向き合って正座し、面を外した。
「そろそろこっちが負けることもあるだろう、と最近いつも覚悟はしているのだけどね」
だけどこの様子ではまだまだかな、と叔父はいっているのである。
「はい」
「曇りがある」
叔父のその言葉に、正香の心臓はどんと痛いくらいに跳ね上がっていた。
「まだ兄さん、お前のお父さんのことを気にしているのか?」
尋ねる道彦であるが、正香は俯いたまま答えなかった。
きゅっと唇を噛んでいつまでも下を向いているというのが、答えでもあった。
反対側の壁に立っていようとも息遣いがはっきり聞こえそうなほどに、しんと静まり返った空間に。
二人とも、剣道の防具に身を覆っている。
竹刀の先端が触れるか触れないかという距離を取ったまま、双方ピクリとも動かない。
二人の身体の大きさは、これで公平な勝負になるのかというくらいに違う。
それでも二人は、どちらがどうということはなく、ただ、被った面の奥から相手だけを見つめ、竹刀を突き合わせ向き合っている。
微かな息遣いとともに。
ここは、大鳥家の敷地内にある稽古場だ。
大鳥正香が、叔父である大鳥道彦に朝の稽古をつけて貰っているところである。
正香は、中二の女子としてはごく平均的な身長であり、対する道彦は男性として見ても少し大柄。だから、この不公平を感じさせる身長差も、当然なのであるが、
しかし、道彦は容易には動かない。
姪が最近、めきめきと実力を付けてきているのを、分かっているからである。
以前は、わざと無防備に前へ踏み出すことで、動揺して大振りで挑んでくる正香の竹刀を、簡単に弾き飛ばしていた道彦であるが。
現在の二人に、実力差はほとんどない。
ほんのわずか、道彦の方が上ではある。
ただし、動かずぴたっと静止し続ける能力においては、道彦は姪にかなわない。
叔父に実力で劣っていると分かっているからこそ、正香は必ず、自身のその特徴を生かして持久戦に持ち込もうとする。
持久戦においては、いつも勝つのは正香である。
道彦は、分かっているのにいつも焦れて動いてしまう。
とはいえ大半の場合は、実力差で半ば力技的に叔父が姪を下してしまうのではあるが。
今回もそのような構図、そうなりそうな雰囲気が作られつつある。叔父が痺れを切らして、姪が迎え討つという。
小さな呼吸をしながら、向き合う二人。
実力が伯仲しているからこそ、空気がよりしんと静かになる。
心臓の音すら読み合うかのように、二人は神経研ぎ澄ませ、じっと動かない。
だが、
ついに、動いた。
動いたが、ただしそれは正香の方であった。
埋まりつつある実力差を信じてのことか、埋められないからこそ虚を突いたということか。
いずれであろうとも、このようになった以上もう勝負はついたも同然であった。
道彦の迷いのない攻めが、正香の小手を打ったのである。
く、と面の中から呻き声。だらりと正香の腕が下がった。
二人とも、ほとんど動いていないというのに、いま初めて少し動いただけだというのに、はあはあと息を切らせている。
「参りました」
正香は、深く頭を下げた。
道彦も頭を下げると、お互い向き合って正座し、面を外した。
「そろそろこっちが負けることもあるだろう、と最近いつも覚悟はしているのだけどね」
だけどこの様子ではまだまだかな、と叔父はいっているのである。
「はい」
「曇りがある」
叔父のその言葉に、正香の心臓はどんと痛いくらいに跳ね上がっていた。
「まだ兄さん、お前のお父さんのことを気にしているのか?」
尋ねる道彦であるが、正香は俯いたまま答えなかった。
きゅっと唇を噛んでいつまでも下を向いているというのが、答えでもあった。
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