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第八章 アサキ、覚醒
05 アサキは、異空に入ったその瞬間に、ああ、あれがそう
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アサキは、異空に入ったその瞬間に、ああ、あれがそうなんだな、と認識していた。
冷静な精神状態でいられようはずもないが、だからこそ努めて冷静に。
色調反転したオレンジ色の空に、ぽっかりと、雲のように真っ白な、巨大な塊が浮かんでいる。
フォルムとしては、太っている人間女性の手足を、付け根から切り落とした感じ、が近いだろうか。
それが、高層ビルを越えているであろう遥か上空に浮いている。
ザーヴェラーと呼ばれる存在である。
戦いで生命を落とす魔法使いの八割は、このザーヴェラーの犠牲者だといわれている。
遠目からでもはっきり分かる、ぬるぬるとした真っ白な身体。
巨大な頭部は人間のようでもあるが、決定的に違うのは目や口というパーツがまるで存在していないこと。
確かに治奈たちがいっていた通り、空飛ぶ超巨大ヴァイスタといって間違いない。
気持ち悪いまでに純白な身体であるが、異空のための色調反転を考えると、つまり本来ならば真っ黒ということだろうか。
怨念に満ちた巨大な闇が、宙にふわふわ浮かんでいることを思うと、いやそこまで思わずとも、アサキの身体はぶるぶると震えてしまう。
これから、こんな存在と戦うのだ、と考えると。
でも、恐怖しているのはアサキだけではないようだ。
「ねえ……応援、待たない?」
弱々しい表情で弱々しい発言をするのは、成葉である。
わざとらしいくらいに足をガクガクさせているあたり、ひょっとして状況を楽しんでいるのかも知れないが。でも、そうだとしても、それは恐怖を紛らわすためだろう。
「待つとしても、一般の人を襲わんよう足止めだけはせにゃいけん」
治奈の、覚悟を決めたかの、りんとした表情。
でもよく見ると、成葉ほど激しくはないものの、足が震えているのが分かる。
「ま、結局のところ、戦わなきゃあならねえってことよ。つい今の今まで運が悪いなって思ってたけど、考えようによっちゃあ、かなりラッキーなんじゃねえか? この状況さあ」
カズミは不敵な笑みを浮かべつつ、指をパキパキと鳴らした。
アサキは、カズミの笑みに便乗して、自分もなんとか強張った笑みを作りながら、
「そ、そうだよね。こうして全員が揃っている時だし。カズミちゃんたち元々の二年生だけじゃなくて、ウメちゃんだっているんだしね」
さらにわたしもいるんだから、などと強気得意気にいえればいいが、アサキはビッグマウスとは正反対のスモールマウスだから、そんなこといえるはずもなかった。
身体の震えがバレないよう堪えるのに精一杯で、それどころではなかったし。
でも、
それどころではないからこそ、
黙っていると身体が震えちゃうからこそ、
「いくぞおおおお! 変身っ!」
誰よりも早く、左手のクラフトに右手を添えながら頭上高くへと掲げ、叫んだ。
こんな瘴気に満ち満ちた空間で、生身のままでいる不安、これから巨大な敵と戦うという不安に耐えられずに。
「変身!」
追い掛けるように、治奈、カズミ、成葉、正香、応芽がクラフトを頭上に掲げた。
アサキの身体が、
僅か遅れて、治奈たちの身体が、
クラフトから発せられる眩い輝きに、包まれた。
逆光による黒いシルエット。
彼女たちの衣服が、綿毛が弾けるようにすべて溶け消えた。
漂う細い白銀の糸が、するすると寄り集まって、裸体の上に巻き付き、絡み合って、布状へと変化していく。
眩い光が少し和らぐと、そこにいるのは、首から足先までを白銀の衣服に覆われた、六人の少女たち。
つま先から布が裂けて、ぺりぺりとめくれて、黒い裏地が太ももまで裏返ると、めくれた先端部分が腰にしゅるりと巻き付いて、腰帯状の馴染んだ形状になった。
黒いスパッツを履いている、と見える、下半身の外観である。
魔道着の基礎モデルが異なる応芽だけは、布がつま先から裂けることなく、足の素肌を完全に覆ったままだ。
覆ったまま、足だけでなく全身の布の色が、白銀から漆黒へと変化した。
続いて六人全員の、手の先端から布がめくれて裏返り、二の腕までがむき出しになった。
それぞれの頭上に、金属にも硬化樹脂にも見える巨大な塊が浮かんでおり、それがぱあーんと弾けると、身体の周囲を回りながら、すね、前腕、胸へと防具として装着されていく。
応芽はさらにパーツが一つ多く、腰の部分に西洋甲冑に似た、下半身を守る垂れ状の防具が装着された。
全員、それぞれの頭上から、袖無しコートといった硬そうな服が、ふわりと落ちてくる。
みな、上半身をしなやかに前へと傾けながら、腕を背中側に、白鳥の翼のように跳ね上げる。と、落ちてきた服の袖に両腕が、するりするりとなめらかに、通っていく。
男性衣装のモーニングに似た、背中だけが長く、前は留めるところなく大きく開いている。
アサキは、前傾姿勢から戻りながら腕を下ろし、ゆっくりと目を開いた。
服を馴染ませるため、くいっくいっと腰をひねって戻すと、続いて右、左、と拳を突き出した。
腰の剣を取って、振りかぶり、振り下ろし、大きな声で叫ぶ。
「魔法使いアサキ!」
恥ずかしいから、自分からはやりたくなかった変身後の名乗り、であるが、今回は、自らの意思で、威勢よく叫んでいた。
これで戦意が高まるのなら安いものだ、と。
でもやっぱり不安でたまらず、すがるように剣の柄をぎゅっと強く握った。
「魔法使い治奈!」
続いて、明木治奈の叫び声。
槍を、頭上で正面でくるくる回すと、片腕にその槍を抱えて、大きく足を開き、ピシッとポーズを決めた。
「魔法使いナルハ!」
大刀を背中に佩いた平家成葉は、くるんくるんと右足を軸に身体を回転させると、どっかん右腕を天へと突き上げた。
「魔法使いカズミ!」
ぶん、ぶうん、と空気を焦がすかの勢いで、後ろ回し蹴りを連続で放つと、激しく地面を踏み鳴らし、拳を力強くぎゅっと握った。
「魔法使い応芽!」
凪ぎ払うように騎槍を振った慶賀応芽は、自ら巻き起こした旋風の中で、とんと柄尻を地に付け勇ましく立った。
「魔法使い正香!」
大鳥正香は、鎖鎌の分銅を振り回すと、左右の手にある鎌と分銅を、鎖をぴんと張らせて構えた。
お嬢様然とした上品な顔立ちに、鎖鎌とはなんとも奇妙ではあるが、あまりに毅然としているためか、実際しっくり馴染んでおり違和感がまったくなかった。
令和二十七年度、天王台第三中学校魔法使い、久々の一斉変身である。
冷静な精神状態でいられようはずもないが、だからこそ努めて冷静に。
色調反転したオレンジ色の空に、ぽっかりと、雲のように真っ白な、巨大な塊が浮かんでいる。
フォルムとしては、太っている人間女性の手足を、付け根から切り落とした感じ、が近いだろうか。
それが、高層ビルを越えているであろう遥か上空に浮いている。
ザーヴェラーと呼ばれる存在である。
戦いで生命を落とす魔法使いの八割は、このザーヴェラーの犠牲者だといわれている。
遠目からでもはっきり分かる、ぬるぬるとした真っ白な身体。
巨大な頭部は人間のようでもあるが、決定的に違うのは目や口というパーツがまるで存在していないこと。
確かに治奈たちがいっていた通り、空飛ぶ超巨大ヴァイスタといって間違いない。
気持ち悪いまでに純白な身体であるが、異空のための色調反転を考えると、つまり本来ならば真っ黒ということだろうか。
怨念に満ちた巨大な闇が、宙にふわふわ浮かんでいることを思うと、いやそこまで思わずとも、アサキの身体はぶるぶると震えてしまう。
これから、こんな存在と戦うのだ、と考えると。
でも、恐怖しているのはアサキだけではないようだ。
「ねえ……応援、待たない?」
弱々しい表情で弱々しい発言をするのは、成葉である。
わざとらしいくらいに足をガクガクさせているあたり、ひょっとして状況を楽しんでいるのかも知れないが。でも、そうだとしても、それは恐怖を紛らわすためだろう。
「待つとしても、一般の人を襲わんよう足止めだけはせにゃいけん」
治奈の、覚悟を決めたかの、りんとした表情。
でもよく見ると、成葉ほど激しくはないものの、足が震えているのが分かる。
「ま、結局のところ、戦わなきゃあならねえってことよ。つい今の今まで運が悪いなって思ってたけど、考えようによっちゃあ、かなりラッキーなんじゃねえか? この状況さあ」
カズミは不敵な笑みを浮かべつつ、指をパキパキと鳴らした。
アサキは、カズミの笑みに便乗して、自分もなんとか強張った笑みを作りながら、
「そ、そうだよね。こうして全員が揃っている時だし。カズミちゃんたち元々の二年生だけじゃなくて、ウメちゃんだっているんだしね」
さらにわたしもいるんだから、などと強気得意気にいえればいいが、アサキはビッグマウスとは正反対のスモールマウスだから、そんなこといえるはずもなかった。
身体の震えがバレないよう堪えるのに精一杯で、それどころではなかったし。
でも、
それどころではないからこそ、
黙っていると身体が震えちゃうからこそ、
「いくぞおおおお! 変身っ!」
誰よりも早く、左手のクラフトに右手を添えながら頭上高くへと掲げ、叫んだ。
こんな瘴気に満ち満ちた空間で、生身のままでいる不安、これから巨大な敵と戦うという不安に耐えられずに。
「変身!」
追い掛けるように、治奈、カズミ、成葉、正香、応芽がクラフトを頭上に掲げた。
アサキの身体が、
僅か遅れて、治奈たちの身体が、
クラフトから発せられる眩い輝きに、包まれた。
逆光による黒いシルエット。
彼女たちの衣服が、綿毛が弾けるようにすべて溶け消えた。
漂う細い白銀の糸が、するすると寄り集まって、裸体の上に巻き付き、絡み合って、布状へと変化していく。
眩い光が少し和らぐと、そこにいるのは、首から足先までを白銀の衣服に覆われた、六人の少女たち。
つま先から布が裂けて、ぺりぺりとめくれて、黒い裏地が太ももまで裏返ると、めくれた先端部分が腰にしゅるりと巻き付いて、腰帯状の馴染んだ形状になった。
黒いスパッツを履いている、と見える、下半身の外観である。
魔道着の基礎モデルが異なる応芽だけは、布がつま先から裂けることなく、足の素肌を完全に覆ったままだ。
覆ったまま、足だけでなく全身の布の色が、白銀から漆黒へと変化した。
続いて六人全員の、手の先端から布がめくれて裏返り、二の腕までがむき出しになった。
それぞれの頭上に、金属にも硬化樹脂にも見える巨大な塊が浮かんでおり、それがぱあーんと弾けると、身体の周囲を回りながら、すね、前腕、胸へと防具として装着されていく。
応芽はさらにパーツが一つ多く、腰の部分に西洋甲冑に似た、下半身を守る垂れ状の防具が装着された。
全員、それぞれの頭上から、袖無しコートといった硬そうな服が、ふわりと落ちてくる。
みな、上半身をしなやかに前へと傾けながら、腕を背中側に、白鳥の翼のように跳ね上げる。と、落ちてきた服の袖に両腕が、するりするりとなめらかに、通っていく。
男性衣装のモーニングに似た、背中だけが長く、前は留めるところなく大きく開いている。
アサキは、前傾姿勢から戻りながら腕を下ろし、ゆっくりと目を開いた。
服を馴染ませるため、くいっくいっと腰をひねって戻すと、続いて右、左、と拳を突き出した。
腰の剣を取って、振りかぶり、振り下ろし、大きな声で叫ぶ。
「魔法使いアサキ!」
恥ずかしいから、自分からはやりたくなかった変身後の名乗り、であるが、今回は、自らの意思で、威勢よく叫んでいた。
これで戦意が高まるのなら安いものだ、と。
でもやっぱり不安でたまらず、すがるように剣の柄をぎゅっと強く握った。
「魔法使い治奈!」
続いて、明木治奈の叫び声。
槍を、頭上で正面でくるくる回すと、片腕にその槍を抱えて、大きく足を開き、ピシッとポーズを決めた。
「魔法使いナルハ!」
大刀を背中に佩いた平家成葉は、くるんくるんと右足を軸に身体を回転させると、どっかん右腕を天へと突き上げた。
「魔法使いカズミ!」
ぶん、ぶうん、と空気を焦がすかの勢いで、後ろ回し蹴りを連続で放つと、激しく地面を踏み鳴らし、拳を力強くぎゅっと握った。
「魔法使い応芽!」
凪ぎ払うように騎槍を振った慶賀応芽は、自ら巻き起こした旋風の中で、とんと柄尻を地に付け勇ましく立った。
「魔法使い正香!」
大鳥正香は、鎖鎌の分銅を振り回すと、左右の手にある鎌と分銅を、鎖をぴんと張らせて構えた。
お嬢様然とした上品な顔立ちに、鎖鎌とはなんとも奇妙ではあるが、あまりに毅然としているためか、実際しっくり馴染んでおり違和感がまったくなかった。
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