魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

文字の大きさ
上 下
21 / 395
第一章 令和の魔法使い

18 明暗の反転した、静まり返った、見るもの歪んだ世界の

しおりを挟む
 明暗の反転した、静まり返った、見るもの歪んだ世界の中で、ぜいはあとりようどうさきの呼気だけが聞こえている。

 静寂を破ったのは、あきらはるの声だ。

「なにをしとるん、早く昇天を!」
「え、な、なにそれっ」

 わけの分からない言葉に正気に戻されて、アサキはばたばたと慌て始めた。

「ほうじゃね。ごめん、分からんよな。うちがやるけえ」

 よろよろと力のない足取りで、治奈が近付いてくる。
 路面の微妙な段差につま先を引っ掛けてしまい、ととっとよろけて転びそうになる。

「大丈夫?」

 アサキがさっと近寄って両手を伸ばし、身体を支えた。

「ありがと、アサキちゃん。……ほいじゃあクラフトは、返してもらうけえね」

 クラフト?
 顔に疑問符を浮かべているアサキへと、治奈がさっと手を伸ばして、左腕に付けられているリストフォンを器用にあっという間に取り外してしまった。
 その瞬間、

 ふぉん、

 高密度の光がそのまま音になったような、そんな音がして、白と紫の戦闘服というアサキの格好が、一瞬にして元の、ジャケットとスカートという私服姿へと戻っていた。

「まだ変身、出来るじゃろか」

 治奈は不安げな表情で呟きながらも、自らの左腕に、クラフトと呼んでいたリストフォンをはめた。
 天へと翳し、ゆっくりと腕を下ろしながら、側面にあるスイッチを押した。

「うわ!」

 眩い光を間近に受けて驚いたアサキが、ぎゅっと閉じた目を開くと、既に治奈の格好が変化していた。
 つい十秒前までのアサキと同じ、白と紫の戦闘服という姿へ。

 無事に変身が出来たことにだか、治奈はほっと安堵の息を漏らした。

「アサキちゃん、少しだけ魔力を分けて。……一緒にやろう」

 治奈は微笑むと、右手でアサキの左手をそっと掴んで、余る左手をヴァイスタの真っ白な胴体へと当てた。

 不思議そうな顔のアサキであったが、やがて真似するように右手をヴァイスタの胴体へ当てた。

「イヒベルデベシュテレン」

 治奈が小さく口を開き、聞いたことのない言葉を発する。
 なにかおまじないの言葉だろうか。

「ゲーナックヘッレ」

 次の瞬間、アサキは驚愕にギャアッと悲鳴を上げていた。
 倒したはずのヴァイスタがいきなり動き出したのだ。

「大丈夫! まだ手を離しちゃダメ!」

 治奈のその言葉がなければ、手を離していたどころか逃げ出してしまっていただろう。

 アサキはあらためて手のひらを当て直して、涙目になった顔でびくびくおずおずとヴァイスタの巨体を見上げた。
 その瞬間、アサキの目がかっと見開かれていた。

 なんだ、これ……

 ヴァイスタのことである。
 いきなり動き出して慌てて逃げようとしてしまったのだが、動いているのはアサキが槍で貫いた傷口の部分だけだ。

 腹部に出来た大穴が、まるでビデオのコマ送り逆再生でも見ているかのように癒えていく。
 一体どこの器官から生じているのか、ちち、ちち、と舌打ちするかのような気持ちの悪い音とともに。

 あっという間に、傷口が完全に塞がっていた。

 なんなんだ、これは。
 この後、これがどうなるというんだ。

 治奈は大丈夫といったが、アサキは怖くて仕方ない。
 死闘の上に倒した怪物がまだ動いているともなれば、それも当然だろう。

 ドキドキする胸を押さえたかったが、片方の手は治奈に握られ、片方の手は治奈にいわれた通りヴァイスタの胴体へと当てている。
 不安を静めることも出来ず、どうしようもないまま張り裂けそうな心臓の鼓動に耐えていると、突然、ヴァイスタに次の変化が起きた。

 パーツのまったくない、のっぺらぼうの顔に、魚にも似た小さなおちょぼ口が出来ていたのである。
 そして、その口の両端が釣り上がって、笑みの形を作ったのである。

「うわあああああああ!」

 そのあまりの不気味さに、アサキは心から恐怖し絶叫していた。

 叫び続ける彼女の前で、ヴァイスタの肉体が頭頂からさらさらと光の粉になって、あっという間に足先までが、空気に溶けて消えた。

「全部、終わったけえね」

 あらためて治奈はアサキへと微笑みかけた。

「ありがとう、アサキちゃん。……それと、怖い思いさせちゃってごめんね」

 アサキと繋いでいる手に、ぎゅっと力を込めた。

 ふーーーーっ。

 アサキは、治奈の顔を見ることなくうつむいたままで、溜め息を吐いた。
 膝をがくがくと激しく震わせながら、長い長い溜め息を。

 と、そんな時である。
 呼吸どころか心臓の鼓動すら聞こえそうなほどに静まり返っていたというのに、突然、なんだか騒がしくなった。

 騒がしくなったというか、騒がしさが近付いてくるというか。

 どんどんそれは大きくなる。
 足音と、話し声のようだ。
 ばたばたばたばたと、慌ただしい足音。遅いとか誰のせいとか、いい争う声。

 そして、それは現れた。

「待たせたな治奈! カズミ様御一行があ、あっ、いざ、助太刀に参ったでぇごうざあるううう!」

 足を大きく広げ手を突き出して、歌舞伎みたいな口上を発しているのは、白と青の戦闘服に身を包んだ少女、あきかずであった。

「ちょっとカズにゃん、走るの速いよお!」

 やっぱりというべきか、カズミを追うように姿を見せたのは、同様の出で立ちをしたへいなるおおとりせいであった。
 成葉は白と黄色で、正香は白と緑という戦闘服である。

「ちっとも早くなんかないわ! いま最後の一匹を倒し終えたとこじゃけえね。……アサキちゃんが変身してな」

 救援遅すぎな彼女らに、苦々しい視線を向ける、ボロボロ戦闘服姿の治奈である。

「あっ、そうなの、ごめんねえ治奈ちゃあん。魔道着がくっそボロボロになってるけど、ひょっとして死にかけた? つうか治奈、お前さあ、アサキのこと魔法使いにはさせたくないとかいってたじゃんかよ。なあにやることコロコロ変えてんだよ」
「成り行きでつい、うちの魔道着で戦うことになった。……なんとか倒せたけど、身動き取れず見とるだけのうちとしては、怖くて怖くて危うくおしっこ漏らすところじゃったけえね」

 治奈は頭を掻きながらはははと笑った。

「きったねえなあ、お前はもう」

 カズミは顔をしかめ、うすら寒そうに腕を組みながら治奈から一歩離れた。

「漏らしちゃったのわたしだよう!」

 やけくそ気味に泣き叫ぶアサキの情けない声に、みんなの視線が集中する。
 本人のいう通り、スカートがびしょびしょというだけでなく、足元にも広がって大きな海を作っていた。

「リアルできったねえのかよお! ま、まあよかったじゃんか、魔道着の時じゃなくてさあ」
「だとしても汚れるの治奈ちゃんのだよう。……ほんとに怖かったああ! 死ぬかと思ったんだからあああ!」

 色調の反転した白い夜空を見上げながら、アサキは生命の助かった実感と失禁した恥ずかしさをごちゃまぜに、いつまでもわんわんと泣き続けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...