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第十二章 そうだ。変わるんだ。 ― ボスの日記・1 ―

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  九月十八日 木曜日

 ああもう。ジコケンオだああ!
 今日は教室の花瓶を割った犯人にされてしまったのだけど、現場を目撃したと語っている花山さんと久野さんをつい睨んでしまったのだ。
 きっと黒木君に脅かされて、そうしているのに決まっているのに。
 なんだか悔しい気持ちになって、なんだか悲しい気持ちになって、つい無意識に。



  九月十九日 金曜日

 睨んでしまったことを花山さんたちに謝ったのだけど、二人には無視されて、ぷいとそっぽ向かれた。
 二人だけでなく、クラスの全員がわたしにそんな態度を取るようになっていた。
 特に驚きはしなかったけど。
 どこの学校でもこうなっちゃうよな。って冷静に思っただけだった。

 いつもまず最初、暗いことを理由にいじめられるようになるのだ。そんな目にあおうものなら、こっちはますます喋ったり笑ったり出来なくなって、余計暗くなるに決まっている。なのにもっといじめが酷くなって、いつしか誰もまともに口をきいてくれなくなってしまう。
 私がうじうじしているのが悪いのだろうけど。
 でも世の中ってリフジンだよなと思う。

 神様って本当にいるのかな。
 もしもいるのなら、普段どこで、なにをやっているのだろう。
 人間の、魂の、通信簿とかそんなのがあって、わたしいつも成績が悪いのかな。それでいつもツイシを出されているのかな。



  十月七日 火曜日

 放課後、ヤヅエ会館車庫前で、ずっとダンス練習をしていた。
 まず誰もこないし、たまあに車がくる時も遠くからよく見えるから安全で、だからすっかり最近のお気に入りの練習場所になっている。

 花沢さんとよく練習したダンスの曲が、学校の帰り道に自動車のラジオから流れていたのを思い出して、ついそのダンスを踊ってしまったのだけど、楽しいのと、悲しいのと、同時に二つの感情の記憶がよみがえり、ちょっと複雑な気持ちだった。
 前の学校にいた頃、たった一人の親友だと思っていた花沢さんが、実はいじめの主犯だったということを、思い出してしまったのだ。
 あの時は何日も泣き続けたけど、でも、もとはといえば私が原因なんだよな。じとっとしていて、消極的で、自分を主張しないものだから、周りをイライラさせてしまうんだ。いつも。

 今日もお父さんのお酒が酷い。昼からずっと飲み続けている。
 まだ心が辛いのは理解出来るけど、でも、もっと自分の体を大切にして欲しいな。
 お母さんが死んじゃって、私には、もうお父さんしかいないんだから。



  十一月十日 月曜日

 職員室に呼ばれて、高村先生に叱られた。
 日野さんたちにまた服を脱がされそうになったことが事の発端。こればかりはと全力で抵抗しようとした私の手が、高木さんの目に当たって泣いてしまって、それを先生に訴えられたのだ。
 私だってその時に、顔やお腹を蹴飛ばされているというのに。

 文句をいっても仕方がないということは分かるけど。
 常に肌を隠すような服装をしていれば、誰だって不思議に思い、興味を持つのが当たり前だろうし。
 とはいえ、絶対に見られるわけにはいかないけど。自分でつけてしまった、刀傷だらけの体を。



  一月二十三日 金曜日

 ぶたれたりするのは結構平気だ。体の痛みには慣れているから別になんとも思わない。
 無視されるのは辛く落ち込む。こちらも慣れているはずのことなのに。おかしいよね。
 これまで仲良かった子からそうされるのはさらに辛い。

 しまった。ぜんぜん日記になっていない。
 とにかく今日、一月二十三日は、あらためてそう強く思った日だということ。



  二月十七日 火曜日

 教室の水槽で飼育しているメダカが残らず死んでおり、黒木君主導で犯人探し。
 当然というべきか、私が犯人になった。

 もう逆らう気力もなく、わたしはそれを事実として受け入れた。
 先生に散々と叱られ、何度も頭を小突かれた。
 お前はもうこれ以上問題ばかり起こすなと。

 仰る通りです。



  三月十八日 木曜日

 変身したい。

 そして友達を作りたい

 いや、友達ではない。親友を作りたい。

 かばい合うだけでなく、駄目なところは駄目と叱ってくれるような。
 普通の友達すら一人もいないというのに、おこがましいことかも知れないけどね。そんなことを望むのは。
 でも、望まなければ、なにも始まらない。

 クラスのみんなはきっと知らないんだろうけどね。私だって生きているんだってこと。感情があるんだってこと。

 そろそろまた、転校することになるのかな。
 なら、今度こそ。



  四月九日 金曜日

 この四月から、私は五年生になった。
 それと、予想していた通り引っ越すことが決定した。
 群馬県から、今度は埼玉県だそうだ。

 どこへ行っても、きっと取り巻く環境はなに一つとして変わらないだろう。
 でも、間違いなくきっかけにはなる。
 自分が、変わるための。

 そうだ。
 変わるんだ。



  四月十三日 火曜日

 最近、やたらと咳が出る。
 たぶん、ただの風邪だと思う。
 もう春で、気温は暖かだし、放っておけば治るだろう。
 そもそも病院に行くようなお金もうちにはないし。



  四月二十一日 水曜日

 今日、引っ越しをした。
 埼玉県の、杉戸町というところだ。

 年度が開始して少したってからの、しかもゴールデンウィーク直前の転入ということで、先生には非常に珍しがられた。

 今日は荷卸ししたものの整理と、転入手続きを行なった。

 それと大切なものがひとつ。私の心の準備だ。
 今度こそ、私は生まれ変わるのだから。



  四月二十二日 木曜日

 やった!
 やったやった!

 成功だ!

 叫ぶような大きな声を張り上げて、まるでガラの悪い男の子のような態度で挨拶してやったのだ。

 体が溶けて無くなりそうなくらい恥ずかしかったけど、今、そんなこと気にならないくらいに嬉しい。一歩を踏み出せたことが嬉しい。こんなこと人に話したら、ほとんどの人が下らないと思うだろう。でも私にとっては大事なことなのだ。

 なんだあいつは、という感じのみんなの顔、ざわっとした雰囲気、忘れられない。
 いまだに興奮がおさまらない。
 知らず、顔がにやけてしまう。

 明日も、頑張るぞ。
 これを継続すれば、みんなにとってこれが本当のわたしになる。
 そうすればいつしか、わたしにとってもそれが本当のわたしになるかも知れない。いや、必ずそうなる。



  四月二十七日 火曜日

 毎日が楽しい。
 変装したり透明人間になったりして街を堂々と歩けたら、とか、もしも翼があればとか、幼い頃に色々と夢想したことがあるけれど、遥かに勝るワクワク感を現実に味わえるなどとはまさか思ってもみなかった。



  五月六日 木曜日

 相澤健太というクラスの男子と喧嘩した。
 今までどの学校どのクラスでも言われるがままだった私が、ついに生まれて初めての喧嘩をした。
 チビ、とバカにされ、最初はちょっと戸惑ったけど、勇気を振りしぼって言い返してみたのだ。
 そうしたら自分でも驚いてしまうのだけど、まあ私の中から攻撃的な言葉が出てくること出てくること。

 これまでもチビと言われることはあったけど、事実なのだからと受け入れて、言い返さないばかりかそもそも何も思わなかった。
 なのに、そんな私がこの一言で喧嘩を始めてしまうなんて。

 間違いなく、変わってきている。私。
 荒っぽいことなんか、褒められたものじゃないけれど、でも本当は気弱なのだからせめてこれくらいの意識を持たないと……いや、そうじゃない。私は気弱なんかじゃない。変わったんだ。成長したんだ。

 これからは、チビと言われたら猛烈に怒るようにしよう。だって気の強い子がそんなこと言われたら、きっとそうするだろうからな。

 ちょっと頭悪そうにしてた方が、それっぽさが増すかな。漢字全然読めません、みたいに。
 よし、そうしよう。

 なんだか「私」がどんどん固まっていくな。
 こんな楽しい気持ち、お母さんが生きていた時以来だ。

 お母さん、生んでくれて、ありがとう。
 私、元気にやっている。
 強くなれたから、だから、もう心配しないでいいからね。



  五月七日 金曜日

 私の三倍はあろうかというやたら大きな女の子と、普通の女の子とが、校庭の片隅でキャッチボールをしているのを見かけた。
 野球が得意なのかな、普通の女の子の方。あれこれと教えていたみたいだったし。
 何年生だろう。
 なんだか、声を掛けやすそうな感じの子だな。

 などと知らない女子をそこまで考えてしまうのは、花沢さんに顔が似ているからかな。
 親友、と思い込んでいたからな。勝手に。

 もしも声なんか掛けて、仲良くなって、また、あんな目にあったなら、もう私、立ち直れないだろうな。一生。

 やめておこう。
 余計なことをするのは。
 って私、全然強くなんかなっていないな。

 野球、か。
 私、運動なんかダンスしかしたことない。
 男の子のスポーツというイメージがあるけど、女の子がやっても楽しいのかな。



  五月八日 土曜日

 野球のボールを一つ買って、一人で練習をしてみた。
 壁にむかって投げてみたのだけど、結構難しい。全然飛ばず、どうしても上に大きな山を描く投げ方になってしまう。
 女の子なんだから仕方がないとも思うけど、でも練習すればあの子のように上手に投げられるようになるのかな。

 それにしても、野球のボールってあんなに硬いんだ。三百円くらいでそんなに高くなかったし、どうせならと試合用と書かれているのを買ってみたんだけど、こつんと軽く頭にぶつけただけで泣きそうに痛いよ。
 キャッチボールなんか、命がけだな。
 凄いな、あの子たち。

 ……すっかり気になってしまっているな。あの、花沢さんに似た子のこと。
 ただ同じ学校というだけで、一度も話したことないのに。
 どうせまた転校することになって、二度と会うこともなくなるというのに。

 新しい私とは、うまく付き合えている。
 友達というほど仲のよい子はいないけど、でもクラスメイトと普通に会話することが出来ている。
 慣れてきた。
 男子にガーッと荒々しく言われたりすると、内心おろおろしてしまうのだけど、でも言いたいことを言い返すことは出来るようになってきた
 早くこの、新しい私を本当の私にしないとな。



  五月十日 月曜日

 今日は嬉しいことのたくさん起きた日だった。

 あの野球やっている花沢さん似の女の子に、声をかけることに成功したのだ。
 声をかける気などない、とか、どうせ私はまた転校してしまうんだから、とか、そんな後ろ向きなことばかり考えているのが嫌になって、友達になってもらおうと意を決して。

 きっとまたキャッチボールしているだろうと昼休みの校庭へと足を運んだところ、すぐに発見。なんだか上級生男子の嫌がらせを受けているようだったので、私はそれを利用して(心臓ドキドキだったけど)、野球勝負に持ち込んでやった。

 どうしてそんなことをしたかというと、あの子が、試合をしたいみたいなことを言っていたのを覚えていたから。
 それに私も、野球というものをちょっと経験してみたかったから。

 私が野球を全然知らないこともあり、上級生男子には負けてしまったけど、でも楽しかったあ。

 あの子、野球やりたいのにやれるとこがなくて窮屈そうだったけど、でも今日は試合をやれたというのに、なのにやっぱり窮屈そうだったな。まああんな雰囲気では、無理もないか。きっとあの子、以前の私と同じような性格しているのだろうな。

 女子だけの野球チームを作ってあげたら、喜ぶかな。
 そしたら、私と友達になってくれるかな。

 もう遅い。寝る時間だ。
 布団の中で明日からのこと考えるの、楽しみだな。



  五月十一日 火曜日

 高路君江、って言うんだって。あの子の名前。
 今日、学校の屋上に呼んで、名前を聞いたのだ。
 どうしてそんなところに呼び出したのかというと、野球チームを作ったからと勧誘したのだ。

 高路さん、おっとりしていて、優しそうな子だ。
 声をかけてよかった。
 きっと、神様の導きだな。出会えたのも、話しかけようという気になれたのも。

 でも、半ばどころか考える間も与えないくらい強引に誘ってしまったから、ちょっと涙目になってて可愛そうだったな。

 お詫びというのも変な話だけど、入ってよかったと思ってもらえるような、いいチームにするぞ。
 まずは選手集めからだ。

 現在のところ、高路さんと、友達の茂木さん、それと私の三人。試合を行えるようにするには、最低でもあと六人は揃えないと。
 がんばるぞ。

 どんなチームになるのかな。
 チーム名、どうしようかな。
 なんだか、ワクワクがとまらないよ。
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