いたくないっ!

かつたけい

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第二章 俺たちの、アニメだ

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「万人と結婚出来るが、一人とすら結婚出来ないもの……とかは」
「うーん。じゃあ、じゃあ……無料で合法なドラッグ」
「まあ、実際のところ相当な金はかかるが、想うこと自体は無料だからな」

 やまさだと、八王子ことひこは、学校の廊下を歩いている。

 都立武蔵野中央高等学校。
 名前の通り、東京都武蔵野市にある高校だ。
 JR三鷹駅から、都営バスで十分ほどのところにある。

「魂の咆哮」
「えー、それは『なんぞや』ではなく、単なるキャッチコピーじゃない? じゃあ……地殻変動による科学変化」
精神コスモの輪廻」
「自己の再生」
「水の鏡で『水鏡』」

 「萌えとはなんぞや」という理屈を論じていたのに、いつの間かイメージを表すフレーズ合戦になってしまっていた。
 まあええわい、と構わず言葉のラリーで打ち合いを続けていると、

「イシューズだ! うつるよっ!」

 女子生徒の集団が、眉をひそめてこそこそひそひそ。廊下の片端に窮屈そうに寄って、肩を縮めながら、定夫たちとすれ違った。

 二歩、
 三歩、

 定夫は、なんとはなしに後ろを振り返ってみた。
 女子生徒たちも何人か、歩きながら振り向いてこちらを見ていた。

 一人と、視線が合った。
 ひっ、とその女子は息を呑むと、一人足早に逃げ出した。

「待ってよ!」
「やだ、もう、ほんと、あいつら!」
「きもっ」

 残る女子生徒たちも、小走りで後を追った。

 北風が吹き抜けた。
 ここは建物の中で季節は初夏だが、定夫の心の中に。

 定夫、八王子、いまここにいないがトゲリン、この三人は、女子生徒たちから、キモオタスリー、イシューズ、などと呼ばれ、忌まれ、疎まれている。

 キモオタスリーは意味聞くがごとしで理解出来るが、イシューズがなんなのかさっぱり分からない。

 女子に直接聞こうにも聞けない。
 犬のクソ食って下痢して死んだ方がマシというくらいの、あからさまな嫌悪の感情をぶつけてくる相手に、聞けるはずがない。

 仮にそこまで嫌われていないのだとしても、女子にどう話しかけてよいのかなど分からない。

 この高校での女子との会話など、「ほいプリント」「山田、キレッチョが職員室こいって」くらいしか記憶にない。会話というより、一方的に言葉を受けただけか。

 八王子も同じようなことを考えているのか、お互い無言になり、それがなんともいえない気まずさを生み出していた。

 そのような中、さらに追い打ちをかけるような出来事が。
 さらに、というか、またもやというか。

「ギャアーー、イシューズだっ!」

 先ほどとは別の女子生徒たちが、大騒ぎバカ騒ぎしながら自分たちを指さしつつ近付いてきて、すれ違う瞬間だけ廊下に張り付くようにして、騒ぎながら小走りで逃げて行ったのである。

「また、イシューズか……」

 定夫は、ぼそり呟いた。

 イシューズ。
 いしゅーず。
 異シューズ?
 いいシューズ?

 なんなんだ。
 一体なんなんだ。
 靴がどうこう、ということなのか。
 他の、物理的な、なにかなのか。

 それとも、
 石臼、意志薄、などからの連想であるとか。

 ……まあ、女子ごときに、なにを思われようと、どうでもいい。
 萌えない女子など、どうでもいい。
 お、いいなこのフレーズ。素晴らしい。
 そうだ、
 萌えない女子など女子ではない。
 「はにゅかみっ!」のことのりことや、「サイコー」のかん成《なり》るるのような、そんなヒロインから軽蔑の眼差しを受けたならば落ち込みもしようが、名のないモブキャラどもになにをいわれようが、どうでもいい。屁でもない。

 背景。そう、あんなやつらは、おれの人生の、単なる背景だ。
 まあ、やたら激しい精神攻撃を仕掛けてくる忌々しい背景ではあるが。

 ともかく、オタクであるがゆえの不利益などは、とっくに覚悟をしている。
 笑いたくば笑え。
 罵りたくば罵れ。
 オタク人生、ただ堂々としていればいい。
 天上天下唯我独尊ッッ!

 と、己が惨めさを吹き飛ばすべく脳内ハイテンションになって、右手の人差し指を天井へと立てようとした瞬間であった。

 どんっ。

 定夫のぶくぶく肥満した肉体は、四、五十キロは軽いと思われる男子生徒との衝突に、あっけなく吹っ飛ばされていた。
 そして、後頭部を廊下の床にごっちと強打した。

「うぎゅううう」
「うぎゅうじゃねえよ。てめえ、どこ見てんだよ、デブ! ブタッ!」

 罵声と同時に、脇腹を蹴飛ばされていた。

「つつっ、つっつ、ちゅみみみみ」

 定夫は驚きと激痛に混乱して、わけの分からない呻きを発した。

 その激痛の中、なんとか薄目を開けると、ぶつかった相手はやまざきりんろうという隣のクラスの不良生徒であった。

「もも、申し訳ありませんでした」

 苦痛をこらえなんとか立ち上がると、山崎林太郎に深く頭を下げた。

 お辞儀をするとお腹が非常にキツイ。しかし背に腹は変えられない。もしも背に変えられたら、とんでもなくデブな背中になってしまうというだけだが。

「なにが申し訳ないだ。太ってんじゃねえよ、てめえ!」
「ぜぜ、善処する所存でございます!」
「デブがぶつかってくるから、肩を複雑骨折したじゃねえかよ。治療費出せよ、てめえ」

 吹っ飛ばされたのは定夫なのだが。

「おお、お金、ないんでむーん」

 ペコペコ頭を下げながら、いかに金がないかを伝えようと、がま口の財布を取り出す定夫。何故か言葉の語尾が、「るりりりり」に出てくる狂言回しの妖精になっていたが。

「きったねえ財布。……いくら持ってんだよ」

 山崎はひったくるなり、パチンとがま口を開いた。逆さに持っていたものだから、中身が落ちた。
 チャリンチャリンチャリンと、二、三百円ほどの小銭が廊下に落ち弾んだ。
 正確には、二百五十八円。

 「アイドルドリーム」二代目センターであるづきのプレミア版トレーディングカードを、今日の放課後買うために、ちょうどぴったり財布に入れてきたのだ。

 通常百円のカードであるが、キャラデザイン担当であるやましたえつなり氏の特別イラストと、金の枠ということで、プレミア版なのである。

「ここ、これは、古乃美ちゃんのプレミ手ギャアア!」

 とっさにしゃがんで小銭を拾おうとした瞬間、山崎に手を踏みつけられ、ぎゅいっとねじられたのだ。

「貧乏野郎。オタク野郎。そんな気持ちの悪い金なんかいらねーよ。バーカ、デーブ」

 山崎は靴底でズビンズバンと硬貨を蹴飛ばしてあちらこちらに散らばらせると、定夫の顔にツバを吐きつけ、いかり肩で去って行った。

「たた足りないと買えなイイっ!」

 這いつくばって手足しゃかしゃかタガメのように小銭をかき集めた定夫は、硬貨の枚数を数えて無くなっていないことを確認すると、古乃美ちゃんのトレカ代を守りきった安堵と、いくばくかの惨めさの入り混じった、なんとも複雑な表情で立ち上がった。

「やま ざき りん た ろう……抹殺!」

 声の方を見ると、騒ぎの間に廊下の陰に隠れていた八王子が、「デスリスト」とマジックで書かれた大学ノートを広げて、ペンを持った手を大きく払った。
 書いた名前を、線でかき消したのであろう。

 彼、八王子は、不良生徒のことが人一倍どころか人百万倍も嫌いなのである。

 中学時代、そのような生徒に「目つきが気に入らない」という理由で集団リンチを受け、アゴを蹴り砕かれた。そのことにより、東京八王子市から逃げるように転校してきたのだから。

「あいつの髪の毛、落ちてないかな。まったく、なにが林太郎だよ、昭和みたいな名前しやがって。むーん、じゃないよバーカ。『るりりりり』かっての」

 廊下にしゃがんで、林太郎の髪の毛を探している八王子の姿に、少しくらいはおれの心配をしろよ、と思う定夫であった。

 いの一番に逃げ隠れてしまったことは、責めるつもりはないが。
 それはそれとして、むーんといっていたの、確かおれではなかったか。まあいいけど。

「うわ、キモオタスリーだ」
「今日はオタツーだね」
「ほんとキモっ」
「空気感染しちゃう」

 女子生徒が、腫れ物に触るような目つきで、ひそひそこそこそ通り過ぎていく。まるで定夫たちに円形のバリヤーが張られているかのように、肩を縮ませながら。

 林太郎の髪の毛を探していた八王子であるが、バッと勢いよく立ち上がるや否、去りゆく彼女らの背中をギロリ睨みつけた。
 手にしたノートの上で、カリカリとペンを動かしたかと思うと、大声で叫んだ。

「抹殺ッ!」
「最近、ノートに書き込むレベルが下がってないか?」

 以前は不良ヤンキー限定だったのに。

     2
「トーテムキライザーの続編が、今年の秋からだよな」

 やまさだは、不意にそんな話題を口にした。

 漫画原作の、深夜アニメである。
 地方都市にある、平凡な高校が舞台。
 一人、また一人、と生徒が消えていくのに誰も気づかない。と、そんなミステリーである。

「でもね、監督と、一部キャストが変わるらしいしよ」
「八王子殿、それは本当でござるか。ひひ、ひめちゃんの声はっ。おりさん演じる、姫野リコちゃんの声はっ。さらには、姫野ちゃんの脳内で世に審判を降す天使ルウ、つまりなおさんの声はっ!」
「確か、どっちも変更なしだったかな」
「うおおお!」

 トゲリンは両腕を天へと突き上げた。

 曇り空、今日も変わらぬオタトーク。
 定夫、トゲリン、八王子、三匹のオタクたちは校庭と校舎の間の道を歩きながら、いつものように熱く話し込んでいた。

 通りゆく者たちの、特に女子の、あざけりの視線をガンガンその身に受けながら。
 毎度の光景である。

 定夫たちも無感覚人間ではない。その視線の持つ意味、理解はしている。
 嫌悪の情を向けてくる気持ちは、定夫にも分からなくはない。

 確かに、地球に住む人間みんながみんなアニメ大好きでも、気持ち悪いというものだ。

 アニメキャラに置き換えて考えれば、よく分かることだ。
 つまり、「ポータブルドレイク」のとうや、「サイコー」のかん成《なり》るるや、「これはほうだんこんですか?」の島崎ルエルがアニメオタクだったりしたら、魅力台無しというものである。「めかまじょ」のとりも然り、あ……いや、こちらは魅力ちょい増しな気がしなくもない。

 とにかく、万人が好きになれるものでないにせよ、好きでなにが悪いのか、とは思う。

 そう、自分は、アニメ好き人口を増やしたいとか、アニメのよさを世に知らしめたいとか、そんな啓蒙活動をするつもりは毛頭ない。
 ただ市民権が欲しいだけなのだ。

 自分たちは自分たちで、迷惑をかけずひっそり生きていくから、ただ存在を認めて欲しいだけなのだ。
 最悪、生存権でもいい。
 せめて呼吸くらいさせてくれ、と。

「イシューズだっ!」

 と、またじろじろ舐め回すような女子たちの視線。

 構わず進むと、今度はゴキブリ見るような嫌悪の視線を受け、

 さらに進むと、女子たちが笑いながらひそひそこそこそ囁き合って逃げて行く。

 ふー。

 ここまで連発で食らうのは久し振りで、さしもの定夫もため息である。

 このモブキャラだもが、と、心に強がってみた。
 間違った、このモブキャラどもが。

 ずずるるるん、と定夫の鼻から不意に真緑のスライムが飛び出した。慌ててティッシュを取り出して、ずびずばっとかんだ。かんだティッシュはもちろん丸めてポケットの中。

 三人は、植木を円形に囲むレンガに腰をおろすと、バッグから取り出した弁当を広げた。

 冬以外雨の日以外の昼休みは、たいていここでこうしてアニメ話をしながら食事をするのである。

 たまに不良生徒がウンコ座りなどしているのを遠目から見つけると、そそくさ進路変更して教室に戻ってしまったりするが、こういうさわやかなところにあまり不良はいないので。

 八王子は、今日も母親の手作り弁当だ。

 定夫は、自分で作ったというのもはばかられるような、詰めたご飯にゴマ塩ふっただけのもの。
 学食を利用していると嘘をついて、お小遣いにしているため、自宅でこそこそ用意できる弁当だとこのくらいしかやりようがないのだ。

 同様の理由によりトゲリンも塩ご飯や醤油ご飯が多いが、本日は醤油ご飯にのりが一枚かぶせてあり、さらには隅っこに梅干もあり、豪華絢爛であった。

 余談だが、半年ほど前、みんなでキャラ弁を作って持ち寄ったことがある。
 「はにゅかみっ!」のことのりこと、「めかまじょ」のとり、など。

 普通の弁当も作れない料理の素人だけあって、出来はあまりにもお粗末、似ている点など皆無の代物であった。

 しかし、珠紀琴乃や小取美夜子と思い作ってしまった以上は、なんとも食べるに忍びなく、でも作っておいて食べないわけにいかず。

 まったくキャラに似ていないものの、作っている時は似せようという思いばっかりで、食材の組み合わせなどなにも考えていなかったものだから、味は激マズで、なんともむなしい気持ちのみ味わうことになったものである。

 それからは暗黙の了解的に、食事自体にアニメを持ち込むことを封印している定夫たちである。
 「はにゅかみっ!」の弁当箱でもあれば、また別なのであろうが。

 さて、腰を下ろして弁当を広げたところで、会話の続きである。

 なんだっけ、ああ、トーテムキライザーのアニメ新シリーズが放送する、という話をしていたのだった。

「そういやあ、トムキラといえば、明日、最新刊の発売日だな」

 原作漫画単行本のことである。

「あれえ、明日だっけ?」

 トゲリンでも、八王子でもない声が、定夫の言葉に反応した。

 誰かと思えば、レンガ道を女子二人に挟まれながら歩いてくるなかしゆうであった。

 定夫と同じ二年生。隣のクラスだ。
 さらり髪で、顔立ちの整った男子生徒である。

 二人の女子に密着されながら、ゴマ塩弁当を広げる定夫たちの前を通り過ぎて行く。

「明後日かと思ってたよ。さんきゅ」

 中井は、中指と人差し指をくっつけた手を、ひゅっと振った。

「やだー、中井くん、あんな連中が好きな漫画が好きなのー?」
「いやいや、面白いんだって」
「まあ中井くんなら許しちゃうけどお」
「全巻持ってんだ。貸してやるから、読んでみなよ」
「借りたくなあい。一緒に読みたあい」

 ベタベタしながら去っていく中井たち三人。
 訂正。トゲリンの声なみにネチョネチョしながら去っていく中井たち三人。

 定夫は、ほの暗い視線を彼らの背へと向けていた。
 もともと明るい眼光を放てるタイプではないが。

 彼、中井修也も、トーテムキライザーのファンらしい、ということは聞いたことがある。
 トムキラだけではない。
 アニメ漫画全般的に、かなり好きで詳しいらしい。という噂である。
 しかし。
 女子に囲まれて、クールにさわやかに会話をしながら去りゆく彼の後ろ姿に、定夫は思う。


 あいつは、違う。


 と。
 なんとなく。いや、絶対に違う。
 こちらとは。
 存在が。
 住む世界が。

 あいつは、容姿はまともどころか淡麗なほうだし、女子寄ってくるし、自分らと違って女子と会話を合わせることだって出来るし(というか自分らは女子と話したことすらない)、確かバスケが得意だし、英語話せるし、足も速いし、

 それに、
 それにっ、
 じょ、女子とっ、つつっ付き合ったこともあるらしい。

 あくまで、噂ではあるが。
 付き合っているのかは分からないが、実際問題、取り巻きがいたではないか。二人に密着されていたではないか。トゲリンの声みたいに、ネチョネチョしていたではないか。

 自分らは、こっち側。
 あいつは、あっち側の人間なのだ。
 デッドラインの、こっちと、あっち。
 中井は、市民権を持っている人間なのだ。

「畜生……」

 やつとおれ、どう違うというのだ。
 あ、いや、まったく違うのは間違いなく、そこを認めるにやぶさかではないが、しかし、しかしどっちも人間じゃないか。

 なのに、
 きっと、風呂に入ったばかりのおれよりも、一ヶ月入っていない彼奴きやつのところへ、女子は寄るのだろう。

 くそう。
 嗅覚が狂っているのか、女子どもは。

 そんな中井がいいのか。
 ああ、確かにおれにはなにもないさ。
 中井が持っているもの、なに一つとして持っていないさ。トムキラの単行本くらいしか。

 だからなんだ。
 畜生。
 畜生。

「おれのスーパーフィンガーがゴッドに輝き叫ぶっ!」

 定夫は、突然くわっと憤怒の表情になって、立ち上がるや否や右腕を勢いよく突き上げた。

 飛んできたバレーボールが、爆熱寸前であったそのスーパーフィンガーをばちいんと弾いた。さきほど廊下で不良生徒の山崎林太郎に、ぐりぐり踏まれねじくられた手を。

「さっき踏まれたとこギャアア!」

 運もない。

     3
「ゆるい女子高生ものにすべきか」
「バトルものにするか」

 ここはやまさだの自室である。
 部屋にいるのは他に、トゲリンと八王子。
 いつものオタ三人である。

 定夫は、右手にぐるぐるとテーピングをしている。
 学校で不良生徒に踏まれねじくられたのみならず、なおかつ猛スピードで飛来してきたバレーボールがばっちんと当たってしまったのである。

「神社で巫女のバイトをしている、という設定に決めた時点で、もうその二択でござろうな」
「そうだよね。奇をてらう必要はない。アニメ制作の素人が変な色気を出そうものなら、際限がなくなってわけ分からなくなるだけだし。だからむしろ王道を進むべきだと思うよ。ぼくらのエッセンスは、入れようとせずとも自然に入るから。レンドルはどう思う?」

 八王子に振られ、定夫はゴキブリのように脂ぎったオカッパ頭をなでながら、

「バトルもの、つまり退魔ものがいいかな。話にオチをつけやすいし。でもその線で行く場合は、オープニングにかなり修正加えることになるよな。まあ、それが面倒だから本当に作りたいものを変更する、というのも、なんだとは思うが」

 作品自体は、まだ二分弱のオープニングしか存在していない。
 これから作ろうという本編部分は、その十倍以上はある。
 ならば、芸術作品を残すという意味でも、また単純な作業へのモチベーションという意味でも、純粋にやりたい方を選ぶべきであろう。

 と、定夫は思ったのである。

 その単純な作業でオープニングを作ったのは八王子であり、トゲリンであり、なみ大抵の苦労ではないはずだが、

「ぼくは別に、作り直しても構わないよ。元絵はトゲリンに描いもらうことになるから、そっちの方が大変かも知れないけど。だから、トゲリンさえよければ」
「いや、拙者も別に、問題はないでござる。ゆるゆるものは、話の作り方というかテンポが意外と難しそうなので、ポイントポイントを簡単に作れるバトルものの方が、引き締まった作品が作りやすそうな気もするしね。あ、いや、気がするでござる」

 ポロリ地が出て、わざわざいい直すトゲリンであった。

「なら、バトルもので決定ってことで。おれさ、絵を描いたり動かしたりは出来ないから、他のことをなるべく担当するようにするから」

 といっても、なにをするものなのかよく分かってはいなかったが。

「頼むでござる」
「うん。で、キャラ作りの話。主人公のイメージは、もう既に絵があるし、バトルものって決まったことでかなり固まった気がするけど、あとは周囲のキャラをどうするかだな。どんな敵と戦うのか、とかも考えないと」
「そうでござるな。あと、タイトルとか、キャラの名前とか、そういったネーミング系も決めていかないとならないでござるな」
「現在の流行を意識して名付けるならば、三種類に大別か」と、八王子。「もう流行は終わりかけているけど、『おたでん』とか『のらかみ』に代表されるような、ひらがな四文字か、それか『魔法使いメルモ』や『電撃少女あおい』みたいな一種王道的なものか、最近ラノベでやたら目立つ、やたら字数の長い、けったくそ悪いの」
「けけ、けたくそ悪いいうなハアア!」

 ネチョネチョ絶叫が、室内に轟いた。
 彼、トゲリンは、「愛のままの裸足な女神にキスする僕をどんなに好きか君はまだ知らない」の大ファンなので、その怒りであろうか。

「けったくそ悪いものは、けったくそ悪いの。『勇者になろうとしたら魔軍にスカウトされて王国へ進撃してました』、とかさあ。誰か一人がやるだけならその作家の個性ってことでいいけど、まあみんなで真似しちゃって、乗っかっちゃって、プライドなさすぎ。同じバカの一つ覚えの物真似なら、ひらがな四文字の方がまだ遥かにマシだった」
「ぬぬぬうう。バカだと。あいぼくのミキヒラちゃんをバカだとお?」

 誰もそんなことはいっていないが。

「やめろよ、もう」

 仲裁に入る定夫であるが、入りつつも余計な一言ぼそり、

「おれも長いタイトル嫌い」
「いまいう必要のあることでござるかあ!」

 ネチョネチョ声再噴火。

「ないよ。なのに勝手にタイトルの好みでバトルしてるのそっちじゃないか」
「……うむ、確かに。好み論争は、今宵チャットで論ずればよい話。八王子殿、拙者つい熱くなってしまって、真琴に、ではなく誠に、申し訳ない」

 トゲリンは手を付き深く頭を下げた。

「いや、こっちこそ。言葉が悪かった。ごめん。……あ、ちょっと待って、ぼく宛の宅配届いたって!」

 ブー、という音と振動に携帯電話をチェックをした八王子は、家族だか誰だかかのメールに声を荒らげた。

「最近グッズはなにも買ってないから、たぶんあれが届いたんだと思う。というわけで、ぼく、いったん帰るね」

 と、八王子はそそくさ定夫の家を後にした。

 届いたと思う、というのは、アニメ製作ソフト「アニさく」のことである。
 スパークというフリーソフトを駆使して見事なオープニング風アニメを作った八王子であるが、本格的な作品作りをするにあたり、ならば本格的な作成ソフトを買おうということになり、購入したものだ。

 安物ではあるが、素人からすると充分に高額であり、
 希望小売価格は、四十五万円。
 それを、学生証のコピーを提出して、アカデミー価格三十七万円で購入したのだ。

 支払いは、きっちり三人で割り勘。
 実際に使うのは八王子一人ではあるものの、だからこそである。緻密で膨大な作業をすべて任せることになるのだから。

     4 
 さて、八王子が帰宅してから、一時間ほどが経過した。

 不意に定夫とトゲリンの携帯電話が振動した。
 八王子からのメールだ。

 「例のモノ、届いてた。早速入れて起動してみた。サンプル置いたから見て」

 という文面であった。
 絵や音楽、ワープロもそうだが、データを作成するソフトには、そのソフトを使ったサンプルデータが付属していることが多い。それを、見て欲しいということである。

 定夫はすぐパソコンを起動すると、三人で共用しているクラウドのフォルダを開いた。つまり、インターネット上に存在して三人がそれぞれ自宅から開くことの出来るデータファイルの物置である。

 フォルダの中に、日付が今日のファイルが一つある。
 これだろう。

 パソコンのハードディスクにそのファイルをコピーし、ダブルクリックで実行した。

 画面全体が真っ黒になり、中央にデッサン人形のような、顔なし木彫り人形の全身が映った。

 いきなりそれが、くねくねと腰をくねらせて踊り始めた。
 アフリカ呪術のような、盆踊りのような、不気味なダンスであった。

「とりあえずは、このようなモノが作れる、というわけでござるな」
「同梱サンプルそのままなのか、八王子アレンジが施されているのか分からんが」

 などと呟いていると、また一通メールが届いた。
 共有フォルダを見ると、また一つ、新しいファイルが入っていたので、実行。

 先ほどのものとほぼ同じである。
 ただし今度のは、顔に目鼻パーツが書き込まれている。
 しかも、アニメ絵っぽい少女の顔だ。
 何故か口にヒゲが生えており、なおかつ顔の輪郭も、ボディ全体も、木彫り人形のままであるが。

「テクスチャマッピングの、サンプルを貼り付けてみた。だって」
「ああ、十五年ほど前に某3D対戦格闘ゲームで一躍有名になった技術でござるな」

 立体を計算式で描画するのがポリゴン技術であるが、あまりに構成要素のデータが足りないとダンボール細工のようにカクカク平面になってしまうし、細かく滑らかにしようとするとあまりにも要素データが膨大になってしまう。
 それを解消する技術の一つが、テクスチャマッピング。要は、ポリゴンの面に対して塗装をするのだ。模様や汚れなども表現出来るし、少ないデータ量でもリアルに見える絵を再生可能にするのだ。

「だがしかし……」

 ソフトの仕様なのか、パソコンスペックによる処理落ちなのか、くねくね動くたびに、キャラと背景との間に白がちらつく。

 それと、この絵、気持ち悪い。
 女子の顔なのにヒゲ面だから、など差し引いてもあまりある違和感はなんなのだろう。

「まあでも、本当にアニメみたいではあるな」
「確かに。まあ実際本当にアニメでござるが、しかし本当にアニメみたいでござるな」

 などと語っているうち、またメールが届いた。
 新たなファイルを実行すると、今度は、顔がもっとアニメっぽくなっていた。目が大きくなり、日本アニメ的になった。

 またきた次のファイル。
 今度は呪術のような盆踊りのようなダンスではなく、現代風のダンスになっていた。
 詳しくは分からないが、ヒップホップ系とかなんとか、そういう類のものだ。

 次のファイル。
 口ヒゲがなくなり、完全に女子の顔になった。
 何故ここから取り掛からなかったのか、八王子。

 次のファイル。
 ボディが木製デッサン人形ではなく、いや、ボディはそのままかも知れないが、その上にフリフリのアイドルのような衣装をまとった感じになった。
 ダンスのたびに、スカートが柔らかく揺れている。

 顔の輪郭が木彫り人形のままなのを差し引いても、

「おおおっ」

 定夫とトゲリンに歓喜の雄叫びをあげさせるに充分な映像クオリティであった。

「この服、サンプルにあったモノでござるのかな? かなり日本アニメ的なのに」
 「アニさく」は日本で付けられたタイトルであり、基本的には海外ソフト。なのに日本アニメファン向けのサンプルが、同梱されているものなのだろうか。という、トゲリンの疑問であろう。

「いや、ネットでアニさく用のフリー素材を見つけたので、組み合わせてみた、だって」
「うむ。まるで、最近のテレビアニメで大流行りの、エンディングCGダンスのようでござるな」
「そうだな。でもおれ、あのCGCGしたダンス大嫌いなんだよな」
「奇遇でござるな。拙者もでござる」

 どうでもいいが意見が合った。
 なにが大嫌いか。理由はいくらでもいえる。

 一つには、毎度毎度どのアニメも同じ感じで、もう飽きたということ。
 毎年毎年新作が放映されるシリーズものなど、どの作品も似たり寄ったりなエンディングになってしまって、過去の番組どれがどんなダンスで、など頑張っても思い出せない。

 曲自体も記憶曖昧だ。
 当然だろう。ダンスに合うものということで、どうしても似た曲調になるからだ。

 作り手は、そんな中でも個性を出そうと努力しているのかも知れない。しかし「固定の舞台でひたすらダンス」「ダンスに合ったノリの良い曲」という土台が変わらないものだから、振り付けを変えようとも個性が出ようはずがない。

 エンディングテーマのバラエティ性が、台無しというものである。

 本来、エンディングテーマというのは、作品のその回を締めくくる大切なものなのに。

 明るい。元気。
 楽しいけど、ちょっぴりしんみり。
 大人のムード。

 と、様々であるべきなのに。
 なのにCGダンスでは物語性が生まれない。

 夕日を見ながらどんより沈む主人公が、頭をポンと叩かれて、振り向くと家族が笑っている、とか、
 雨が降っていたが、最後に晴れ上がるとか、

 毎度ノリのよい曲に笑って踊っているだけの映像では、そんなこと出来るはずがない。

 単にCG技術を自画自賛するだけのものになってしまっている。
 そもそもCG技術など、単なる世の中の科学進歩であり、そんなものを自慢するようでは、そのアニメはもう終わりではないか。

 アニメなんざ鉛筆一本あれば描けるぜえーー。
 そんな気概を持つアニメーターはいないのか。

 などと不満をたっぷり抱えつつも、その最もたる作品を、毎日曜の朝にかかさず観ている定夫たちであるが。
 まあ、だからこその不満である。
 よい作品に、なってもらいたいからこそ。

 なお、オープニングやエンディングについて、さらに加えて不満をいうならば、作品の顔ともいえるオープニング映像を、まるまる劇場版の宣伝映像に差し替えるのもやめて頂きたい。宣伝はCMの時間にやれやバカ野郎!

 閑話休題。

「お、次のファイルがきたぞ」

 と、動画を再生する定夫であったが、
 これは、彼らを驚かすに充分なものだった。
 それが売りのソフト、と分かっており、だから購入を決めたというにもかかわらず。

 先ほどの女性アイドルのような3DCGアニメ、これが2D風、つまりはセル画アニメ風になったのである。

「これぞ、アニメ!」

 3DCGアニメが大嫌いな二人は、同時に叫んでいた。

「これは、期待出来るな。ソフト扱う八王子だけでなく、キャラを作るトゲリンも大変と思うけど」
「いやいやいや、これを見せられたら、俄然意欲が沸いたでござる」
「何故か少女の顔に口髭が復活してしまっているのがちょっとアレだが。……わざとやっているのか、八王子は」

 しかし、それすら気にならないクオリティ。
 これは、期待してもいいのでは。

 なお、彼らの考えているアニメ作りの手法や、その考えに至った経緯は、次の通りである。

 アニメ風の絵は描けるトゲリンだが、あくまで漫画やイラスト寄りであり、確固としたデッサン力はない。
 つまり、アニメ原画を描くのは能力的にちょっと厳しい。
 だが、描かなければならない絵がそれほど多くもないのであれば、デッサン力の無さは何度もやり直すことでなんとかなるのではないか。

 ということで、3Dアニメ作成ソフトを使って2Dアニメを作るのはどうか、という案が生まれた。

 まずはトゲリンが、キャラをデザインし、何点もの視点から描く。
 八王子が、それをデータ化する。
 データを元に、3Dアニメを作成する。

 その3Dアニメをトレースするようにして2Dアニメを作ろう、と考えていたところ、たまたま、「アニさく」という2D変換が売りのアニメ作成ソフトを見つけた。このソフトを使うことにより、セル画アニメ風の作品を作ることが出来るというわけだ。

 まだソフト付属のサンプルを見ているだけとはいえ、なかなかよさそうである。

 ブーーッ

「はい」

 定夫は着信に気付き、携帯電話を耳に当てた。

 八王子から、メールではなく電話がかかってきたのである。
 感想を、興奮を、期待を、生の声で聞かせて欲しいということであった。

「いいよ、このソフト。トゲリンも、頑張ってキャラを作るぞって、張り切っちゃってるよ」
「レンドル殿、その電話、拙者に貸してくれい!」

 と、トゲリンは定夫から携帯電話を引ったくった。

「八王子殿! いやはや、ソフトも秀逸なれど、実に訪れる未来におおいな期待を抱けるようなサンプルアレンジ。さすがでござる。……先ほどは、長いラノベタイトルのことで食ってっかってしまい、申し訳ないことをしてしまった。今宵から、さっそくキャラクター創造に取り掛かろうかと考えているが、ソフトの能力、限界を確認しておきたいので、試みに、拙者の共有フォルダ三番に入っているイラストの、二人のうちツインテールの……」

 熱く熱く指示を出すトゲリン。
 キャラを作るため、作品を作るための。
 そんな熱のこもったやりとりを聞きながら、定夫はつい拳をぎゅっと握り締めていた。
 アニメ制作とは、絵に生命の息吹を与えること。
 まさか自分たちが、そのようなことに関わるとは思ってもいなかった。
 果たして、どのような作品が出来上がることになるのだろうか。
 わくわくと希望に胸を膨らませる定夫であった。

     5
 それは、ミイラであった。

 いや、生きてはいる。かろうじて。
 ミイラといって過言でないほどに、げっそりとやつれて、肌もガサガサのカサカサの土気色になっていたのである。
 ひこ、つまり八王子が。

 ただでさえガリガリひょろひょろ体型であったのに、それがさらに体重半分ほどになってしまっていた。

 骨と皮。

 吹けば飛ぶような、とはよく耳にする表現であるが、実際に去年の台風では傘を握り締めたまま十メートル以上の距離を吹き飛ばされた彼である。
 もしもいま、あの時ほどの強風が襲ったならば、太平洋を越えてアメリカまで行ってしまうのではないか。
 もしくは飛騨山脈や日本海を越えて北朝鮮まで。

 ここはおなじみ、やまさだの部屋である。
 集まったるもおなじみのメンバー、定夫にトゲリン、八王子だ。

 出来上がった作品を一緒に視聴しよう、ということで集合したのだ。

 ネットで共有しているデータをそれぞれの自宅で観るのではなく、みんなで一緒に、と。

 なお完成データは、共有フォルダには入れておらず、八王子がわざわざディスクに焼いて持ってきた。

 機密保持のためという名目だが、単に手軽気軽に済ませたくなかったというのが八王子の本心だろう。
 なにせ、己の体重の半分を奪った作品なのだから。

 彼のその、並々ならぬ思いは定夫にも理解出来る。
 だがそれとは別に、果たしてどんな作品が出来上がってきたのか、不安でもあった。

 アニメ作成ソフトが届いてすぐに見せてもらった、あの気色の悪いサンプル、「口髭女子のアフリカ呪術ダンス」のイメージが強く残っているからだ。

 とはいえ、フリーのアニメ作成ソフトであるスパークを使って、ネット民を唸らせるような高クオリティの作品を作り上げた八王子である。きっと、そこそこどころか、もの凄いものを作ったのだろう。

 定夫は、八王子から受け取ったディスクをプレーヤーにセットした。

「八王子、お前が再生ボタン押せよ」
「いやあ、なんか恥ずかしいよ」
「恥ずかしいというならば、描いた絵を動かされる拙者もでござるよ! しからば一緒に。では、各々方」

 三人、汗ばむ手でリモコンを持ち、再生ボタンを押した。

 テレビのスピーカーから、音楽が流れ出した。
 楽曲提供を受け、ネットで依頼した女性歌手に歌ってもらい、スパークで作成したオープニング風アニメに合わせて何度も何度も聞いている、あの曲である。

 同時に、画像が映る。



 地面のアップから、くるり上回りで、坂の遥か向こうの海が見える風景と、澄み渡った青い空、映像が逆さになって山を、というカメラワーク。
 足。
 スカートの裾。

 ぱたぱたと、誰かが走っている。
 背中側から正面へ回り込むように、同時にカメラが軽く引いて、走るその全身が映った。

 学校の制服を着た、ぼさぼさ赤毛の女子。
 焦っているような表情や走り方から、遅刻しそうなのだろうな、と伺える。

 石に躓いて、転んだ。
 顔面強打の衝撃から、カラフルな無数の星が出て、そのうち一つにズームアップし、画面全体はオレンジ一色に。

 タイトルが出そうなタイミングであるが、音楽が流れるのみであるのは、まだロゴどころか作品名も主人公名も決まっていないためであろう。

 場面転換して、神社で巫女装束姿になっている赤毛の女子。 

 もやもや雲が出て、妄想シーンに。
 大皿小皿に囲まれて、高級そうな料理を美味しそうに食べているところ。

 海の中を人魚になって泳いでいるところ。
 気球に乗って地球をぐるぐる回っているところ。
 男の子のシルエットが映り、顔がぐーっと接近、
 あとちょっと、
 あとちょっとお、
 というところで、
 目が覚めた。
 がっくり。

 青い空。眼下に海の見える学校。

 教室。

 先生に怒られ、立たされ。

 校庭。体育の授業。
 駆けっこ。
 ビリ。
 跳び箱。
 飛べずに衝突。
 どんより落ち込む。

 友達に、
 囲まれて、
 二人、三人、四人。
 笑顔の花が咲いた。

 幸せに、楽しさに、抑えきれずに走り出す。
 石ころに蹴つまずいて、顔面強打。

 画像も曲もフェードアウト。
 真っ暗。



 黒縁眼鏡光らせ、暗くなった画面をなおも見つめ続ける定夫。
 彼の胸には、嵐が吹き荒れていた。
 感動、という名の嵐が。

 パイロット版の、さらにプロモーション用といった程度の、なおかつまだオープニングのみであるが、しかし、自分たちの実力を遥かに超えるようなクオリティのものを作ってしまったというのが紛う方なき事実。
 激しい波のように内からガンガン突き上げるこの感動に、涙が出そうであった。

 う、う、と隣ではトゲリンが既に泣いていた。

「せ、拙者のっ、拙者の作ったキャラが、動いているっ!」

 そもそも絵が動くのがアニメであり、アニメというならば、既に彼らは無料ソフトのスパークを使って作っている。
 しかしスパークでは、ソフトの性質上、どうしても止め絵のスライドがメインになってしまう。
 ということを踏まえると、トゲリンがこのように感激してしまうのも、まあ無理のないことなのであろう。

「専用の、専用の、ソフトを、使うだけで、拙者、拙者のキャラが、こうも違って見えるものなのか……」

 興奮に、トゲリンの眼鏡がカタカタ震えながらズリ上がって行く。

「違う、ソフトどうこうではなく、八王子の熱意の凄さだよ。あと、トゲリンだって、本格的にやろうと決めてから、すごい気迫で絵を描いていたじゃないか。いまならばスパークでも最初に作った時より遥かにいい作品が出来るはず。だから、二人が凄いってことなんだよ」

 と、ちょっといい台詞を吐きつつ、定夫は二人の肩をぽんと叩き、言葉を続ける、

「しかしこう凄いのを目の当たりにすると、『アニさく』の、あのまるで使いこなせてないサンプルはなんだったんだろうな。この作品こそ、サンプルとして付属させるべきクオリティのものだよ。次バージョンからこれを採用しろや、って、送ってみよっか」
「……どうせ送るならば、いっそ万人に……ネットに、公開してみようではござらぬか」
「ネットに……」

 定夫が、

「公開?」

 八王子が、

 そして、

「やってみるか」

 二人の声が、重なった。

     6
 トゲリンの提案により、このオープニング風アニメをネット公開することになり、
 それから数日が経過したのであるが……

 果たして、いったい世のなんぴとが予想しえたであろうか。
 この現実を。

 彼らの作品に対しての、
 ネット民からの、
 凄まじいまでの反響を。

     7
 [ぽっと出現した例の謎アニメを語るスレ Part3]


 572
 20××/07/17/02:21 ID:766659 名前:ホのルる
 >>129

 別スレからのリンクで今来て観てみたけど確かにクオリティ高いわこれ。



 573
 20××/07/17/02:22 ID:326879 名前:こてつん

 なあにこれ?



 574
 20××/07/17/02:24 ID:887154 名前:風俗大将

 同人?



 575
 20××/07/17/02:25 ID:354267 名前:マシモフさん

 誰? こんなん作ったの。



 576
 20××/07/17/02:26 ID:887154 名前:風俗大将

 キャラ、いいじゃん。



 577
 20××/07/17/02:26 ID:286971 名前:こりこりコリン

 なにかの宣伝かな。それか大手からドカンと発表される企画が、漏れてしまっているだけとか。



 578
 20××/07/17/02:27 ID:286971 名前:こりこりコリン

 なにかの宣伝かな。それか大手からドカンと発表される企画が、漏れてしまっているだけとか。



 579
 20××/07/17/02:27 ID:466421 名前:チョコボル品田

 歌もかなり良い感じね。



 580
 20××/07/17/02:29 ID:286971 名前:こりこりコリン

 >>579
 編曲は素人っぽいけど、歌声はプロっぽい。。



 581
 20××/07/17/02:29 ID:531743 名前:むなげーる帝国

 すぐ埋まると思ふのでパート4を勃てたった



 582
 20××/07/17/02:30 ID:354267 名前:マシモフさん

 乙



 583
 20××/07/17/02:30 ID:324417 名前:浪速アサシン

 いま診た



 584
 20××/07/17/02:30 ID:945215 名前:急速エレクトロン

 イイ!


     6
 どどーん。
 どどどどーん。
 ざぱああん。

 打ち寄せる波の音を遥か下。
 オレンジの太陽が沈みかける水平線を遥か前。

 男たちは、立っていた。
 切り立つ崖、岬の先端に。

 やまレンドルさだ
 トゲリン、
 八王子。

 どどーん。
 どどどどーん。

 激しい、波の音を遥か下に。
 腕を組み、立っていた。
 あくまで、彼らの脳内でのイメージではあるが。



 現実の彼らは現在なにをしているかというと、アニメ本編を製作している。
 彼らが作ったアニメオープニングに対しての、あまりにも膨大なネット民からの反響にモチベーションを触発されて、本編を作ることを本気で決意し、徹夜徹夜で作業中。

 その現在の心理状況、つまり満足感や、誇らしい気持ち、存在そのものを否定され続けてきたこれまでの人生の反動、などが集約し「思わず波のどどどどーん」なわけであった。

 なお、そのアニメ本編であるが、脚本、絵コンテは総監督のレンドル定夫が担当。
 それをみんなで話し合い、つつき合い、修正したものである。

 基本的な内容は、先日の会議で決定した通り、「女子高生退魔もの」。
 めざす雰囲気としては、「なんとなく懐かしいもの」だ。

 提供された楽曲が、なんとも80年代風なので、それを生かそうという八王子の提案によるものだ。

 古きには懐かしく、若きには新鮮。
 その、旧時代的な雰囲気を、現代人のセンスにて作る。
 決して、パロディにはしない。
 90年前後のノリを、ひたすら真面目に、現代人の感性を取り入れて作るのだ。
 構成は単純で、


 オープニング。
 Aパート。
 アイキャッチ。
 Bパート。
 エンディング。


 というもの。
 まだ、エンディングに関しては、どうするかまったく決まっていない。

 それ以外には、もうコンテ作りも終了して製作活動に入っている。

 Aパートに関しては、もうほとんど完成している。

 オープニングも、ネット公開したものからかなり修正を加えている。敵や戦闘シーン、仲間、といった部分を追加したのだ。

 現在メインで取り組んでいるのは、Bパートだ。

 作っては鑑賞し、意見を述べ合い、作画の修正、場合によってはコンテ段階から修正を施していく。

 プロの現場のやり方など知らないが、おそらくかなり効率が悪い方法なのだろう。
 と、定夫は思っている。

 でもこれが、素人が妥協せずによりよいものを作るための方法なのだ。
 おれたちのアニメを、作るために。


 やがて、学校は夏休みに入った。
 二度とない高校二年生の夏休みを、定夫たちはこの作業のみに費やした。
 のみ、というか、まあ「はにゅかみっ!」などはかかさず観たが。


 二学期が始まる頃、
 ついに、彼らの活動に大きな区切りがついた。

 オープニングからエンディングテロップまでの、映像部分がすべて完成したのである。
 まだ音は入っていないが、アニメで大切なのは映像。

 彼ら三人は、短い月日で退魔少女アニメを作り上げたのだ。
 これに満足せずに、なにに満足せよというのか。



 岬の先端から、暮れ行く真っ赤な太陽を見ている三人。
 腕を組んで、潮風を浴びている。

 レンドル定夫は、右の鼻穴にガーゼを詰めている。
 疲労と眠気に襲われて、朝礼の時に直立不動のまま受身も取らず顔面から倒れて、鼻骨骨折したのだ。イメージではなく、現実に。

 腕を組み潮風を受け続ける彼ら三人の表情は、満足げ、誇らしげであった。
 満足げ、どころではない。
 自分たちの力量を遥かに上回る、素人としては完璧に近い作品を作り上げてしまったのだから。


 どどーん。
 どどどどーん。
 ざぱああん。

 遥か眼下に波の音。

 どどーん。
 ざぱああん。
 ぱああん。

 遥か眼下に波の音。
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