おみや

文字の大きさ
上 下
1 / 6

プロローグ

しおりを挟む
 とても月の綺麗な夜だった。

 木々は葉を落とし秋の夜は澄んだ空気に包まれていた。
 風が頬を横切ると、冬がそこまで迫っている気配を感じた。

 都心から少し離れた海岸線に小さな高台があった。

 高台の周りには人の気配はなく、これといった民家もない為、月明りだけが辺りを明るく照らしていた。
 時折、北から吹き付ける冷たい風が岸壁にぶつかり、そして天高く舞い上がった。
 風の音は悲しい泣き声のようにも聞こえた。

 普段訪れる人が居ない場所だが、数日前から一人の女がここに居た。

 高台に唯一あるベンチに背もたれながら、女はじっと海を見ていた。

 食べ散らかしたスナック菓子や、ペットボトルが辺りに散乱していた。
 女に清潔感はまるでなく、フケのたまった汚い髪が風に揺れていた。

 女は静かに海を見つめていた。

 長く垂れ下がった髪が顔を覆っていた為、女がどんな表情で海を見ているかは図り知る事が出来なかった。

 緩やかな、静かな時が辺りを支配していた。
 月明りが海にはねかえり、月が2つあるように見える。

 女は時折、くぐもった声を出した。

 だらりと投げ出した足と、力なくうなだれた腕。
 ヒューヒューと風のなくような声をだし、そして小さく唸る事を幾度も繰り返した。

 しかし、突然、叫びながら転がり苦しみ始めた。

 入り口から転がり出た女は、地面に何度も自分の頭を打ち付けた。土に頭を打ち付けるたびに、辺りに鈍い音が響いた。
 徐々に地面は赤く染まり、うずくまる女の足元には小さな血の池が出来た。

 両手でぎりぎりと土を握り締め、女は髪を振り乱し月に向かって吠えた。

 月明りに映し出された女は、皮膚の様々な部分が醜く爛れていた。それは滑らかな女性の肌とは違い、皮膚全体がボコボコといびつな形をしていた。ズボンからわずかに見えた右足は肉がすべてこそげ落ち、まるで一本の棒のようだった。

 獣の断末魔を思わせるような声も徐々にかすれ、風にかき消された。

 苦しみが和らいだのか、女はどさりと体を地面に投げ出した。
 そして、胸を押さえヒューヒューと呼吸を整える。

 仰向けになった女の顔を月が照らした。
 空を見上げたその顔は、左側の半分が赤紫色に変色していた。

 左目は真っ白に濁り、その瞳は何も映し出さなかった。
 ボロボロになった女の体で、顔の右側だけが美しい女性のものだった。

 透明な白い肌、そして澄んだ瞳。

 その瞳は虚空を見つめ、その視線はまったく定まらなかった。
 右目から涙が、幾度も流れては落ちた。

 流れ続けた涙は、徐々に赤く染まり、まるで瞳から血を流しているかのようだ。そして、木の皮をかぶったようにごわごわした手で顔を覆った。

 小さな声はうめき声にも、泣き声にも聞こえる。


 どれくらい時間が流れただろう。

 女はよろよろと立ち上がり、海に向かって歩いた。

 美しかった顔の右側も、もう見る影はなかった。

 足を引きずり、何度も転びそうになりながら、その度に月を見上げた。うめき声は歩みを進める毎に大きくなり、彼女の瞳から流される涙も量を増した。薄汚れた洋服は真っ赤に染まり、地面も赤く染めた。

 地面に続く赤い血は、まるで赤い絨毯のように見えた。

 海まであと数メートルの所で彼女は歩みを止めた。いや、それ以上歩けなかった。月を見上げるような姿のまま、彼女は事切れていた。

 白目を剥いた彼女の体からは真っ赤な涙だけが流れていた。



 それは、本当に、本当に月の綺麗な秋の夜の事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

放課後の生徒会室

志月さら
恋愛
春日知佳はある日の放課後、生徒会室で必死におしっこを我慢していた。幼馴染の三好司が書類の存在を忘れていて、生徒会長の楠木旭は殺気立っている。そんな状況でトイレに行きたいと言い出すことができない知佳は、ついに彼らの前でおもらしをしてしまい――。 ※この作品はpixiv、カクヨムにも掲載しています。

君の浮気にはエロいお仕置きで済ませてあげるよ

サドラ
恋愛
浮気された主人公。主人公の彼女は学校の先輩と浮気したのだ。許せない主人公は、彼女にお仕置きすることを思いつく。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

処理中です...