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種
プロローグ
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とても月の綺麗な夜だった。
木々は葉を落とし秋の夜は澄んだ空気に包まれていた。
風が頬を横切ると、冬がそこまで迫っている気配を感じた。
都心から少し離れた海岸線に小さな高台があった。
高台の周りには人の気配はなく、これといった民家もない為、月明りだけが辺りを明るく照らしていた。
時折、北から吹き付ける冷たい風が岸壁にぶつかり、そして天高く舞い上がった。
風の音は悲しい泣き声のようにも聞こえた。
普段訪れる人が居ない場所だが、数日前から一人の女がここに居た。
高台に唯一あるベンチに背もたれながら、女はじっと海を見ていた。
食べ散らかしたスナック菓子や、ペットボトルが辺りに散乱していた。
女に清潔感はまるでなく、フケのたまった汚い髪が風に揺れていた。
女は静かに海を見つめていた。
長く垂れ下がった髪が顔を覆っていた為、女がどんな表情で海を見ているかは図り知る事が出来なかった。
緩やかな、静かな時が辺りを支配していた。
月明りが海にはねかえり、月が2つあるように見える。
女は時折、くぐもった声を出した。
だらりと投げ出した足と、力なくうなだれた腕。
ヒューヒューと風のなくような声をだし、そして小さく唸る事を幾度も繰り返した。
しかし、突然、叫びながら転がり苦しみ始めた。
入り口から転がり出た女は、地面に何度も自分の頭を打ち付けた。土に頭を打ち付けるたびに、辺りに鈍い音が響いた。
徐々に地面は赤く染まり、うずくまる女の足元には小さな血の池が出来た。
両手でぎりぎりと土を握り締め、女は髪を振り乱し月に向かって吠えた。
月明りに映し出された女は、皮膚の様々な部分が醜く爛れていた。それは滑らかな女性の肌とは違い、皮膚全体がボコボコといびつな形をしていた。ズボンからわずかに見えた右足は肉がすべてこそげ落ち、まるで一本の棒のようだった。
獣の断末魔を思わせるような声も徐々にかすれ、風にかき消された。
苦しみが和らいだのか、女はどさりと体を地面に投げ出した。
そして、胸を押さえヒューヒューと呼吸を整える。
仰向けになった女の顔を月が照らした。
空を見上げたその顔は、左側の半分が赤紫色に変色していた。
左目は真っ白に濁り、その瞳は何も映し出さなかった。
ボロボロになった女の体で、顔の右側だけが美しい女性のものだった。
透明な白い肌、そして澄んだ瞳。
その瞳は虚空を見つめ、その視線はまったく定まらなかった。
右目から涙が、幾度も流れては落ちた。
流れ続けた涙は、徐々に赤く染まり、まるで瞳から血を流しているかのようだ。そして、木の皮をかぶったようにごわごわした手で顔を覆った。
小さな声はうめき声にも、泣き声にも聞こえる。
どれくらい時間が流れただろう。
女はよろよろと立ち上がり、海に向かって歩いた。
美しかった顔の右側も、もう見る影はなかった。
足を引きずり、何度も転びそうになりながら、その度に月を見上げた。うめき声は歩みを進める毎に大きくなり、彼女の瞳から流される涙も量を増した。薄汚れた洋服は真っ赤に染まり、地面も赤く染めた。
地面に続く赤い血は、まるで赤い絨毯のように見えた。
海まであと数メートルの所で彼女は歩みを止めた。いや、それ以上歩けなかった。月を見上げるような姿のまま、彼女は事切れていた。
白目を剥いた彼女の体からは真っ赤な涙だけが流れていた。
それは、本当に、本当に月の綺麗な秋の夜の事だった。
木々は葉を落とし秋の夜は澄んだ空気に包まれていた。
風が頬を横切ると、冬がそこまで迫っている気配を感じた。
都心から少し離れた海岸線に小さな高台があった。
高台の周りには人の気配はなく、これといった民家もない為、月明りだけが辺りを明るく照らしていた。
時折、北から吹き付ける冷たい風が岸壁にぶつかり、そして天高く舞い上がった。
風の音は悲しい泣き声のようにも聞こえた。
普段訪れる人が居ない場所だが、数日前から一人の女がここに居た。
高台に唯一あるベンチに背もたれながら、女はじっと海を見ていた。
食べ散らかしたスナック菓子や、ペットボトルが辺りに散乱していた。
女に清潔感はまるでなく、フケのたまった汚い髪が風に揺れていた。
女は静かに海を見つめていた。
長く垂れ下がった髪が顔を覆っていた為、女がどんな表情で海を見ているかは図り知る事が出来なかった。
緩やかな、静かな時が辺りを支配していた。
月明りが海にはねかえり、月が2つあるように見える。
女は時折、くぐもった声を出した。
だらりと投げ出した足と、力なくうなだれた腕。
ヒューヒューと風のなくような声をだし、そして小さく唸る事を幾度も繰り返した。
しかし、突然、叫びながら転がり苦しみ始めた。
入り口から転がり出た女は、地面に何度も自分の頭を打ち付けた。土に頭を打ち付けるたびに、辺りに鈍い音が響いた。
徐々に地面は赤く染まり、うずくまる女の足元には小さな血の池が出来た。
両手でぎりぎりと土を握り締め、女は髪を振り乱し月に向かって吠えた。
月明りに映し出された女は、皮膚の様々な部分が醜く爛れていた。それは滑らかな女性の肌とは違い、皮膚全体がボコボコといびつな形をしていた。ズボンからわずかに見えた右足は肉がすべてこそげ落ち、まるで一本の棒のようだった。
獣の断末魔を思わせるような声も徐々にかすれ、風にかき消された。
苦しみが和らいだのか、女はどさりと体を地面に投げ出した。
そして、胸を押さえヒューヒューと呼吸を整える。
仰向けになった女の顔を月が照らした。
空を見上げたその顔は、左側の半分が赤紫色に変色していた。
左目は真っ白に濁り、その瞳は何も映し出さなかった。
ボロボロになった女の体で、顔の右側だけが美しい女性のものだった。
透明な白い肌、そして澄んだ瞳。
その瞳は虚空を見つめ、その視線はまったく定まらなかった。
右目から涙が、幾度も流れては落ちた。
流れ続けた涙は、徐々に赤く染まり、まるで瞳から血を流しているかのようだ。そして、木の皮をかぶったようにごわごわした手で顔を覆った。
小さな声はうめき声にも、泣き声にも聞こえる。
どれくらい時間が流れただろう。
女はよろよろと立ち上がり、海に向かって歩いた。
美しかった顔の右側も、もう見る影はなかった。
足を引きずり、何度も転びそうになりながら、その度に月を見上げた。うめき声は歩みを進める毎に大きくなり、彼女の瞳から流される涙も量を増した。薄汚れた洋服は真っ赤に染まり、地面も赤く染めた。
地面に続く赤い血は、まるで赤い絨毯のように見えた。
海まであと数メートルの所で彼女は歩みを止めた。いや、それ以上歩けなかった。月を見上げるような姿のまま、彼女は事切れていた。
白目を剥いた彼女の体からは真っ赤な涙だけが流れていた。
それは、本当に、本当に月の綺麗な秋の夜の事だった。
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