上 下
1 / 4

しおりを挟む
 ギターの軽快な音に、リズミカルなドラム。
 ベースをかき鳴らし、それにどんどんテンションをあげていくボーカル。



 高校生にしてはまとまっている方か。



 まだ、幼さの残る顔立ちを見ながら、俺は腕時計を見た。



 終了5分前。



 俺の視線に気づいたドラムの手が止まる。




 防音になっている為に中の音は聞こえない。
 慌てて片づけを始める様子に、ほっとする。



 時間が僅かでも過ぎてしまうと、延長料金を貰わないといけない。
 そこはこちらも商売だ。
 


 少しの時間位いいよ。なんて言ってしまったら最後。
 SNSで拡散され、「ここの店員マジ神。延長料金まけてくれた。ラッキー」なんて書かれた日には、次の日には無職だ。



「あの、まだ時間大丈夫でしたか!?」



 部屋を飛び出てきた高校生は、額に汗がにじんでいる。


 腕時計は1分前をさしていた。



「ええ。大丈夫ですよ。忘れ物はありませんか?」

「多分、大丈夫です」

「ご利用ありがとうございました」
 


 丁寧に頭を下げる俺を見る事もなく、ガヤガヤと移動する若者たちにかつての自分を見る。



 まだ、彼らの熱気の残る部屋は、いつの時代も変わらないものなのかもしれない。



「今はスマホさえあれば、世界中に発信出来るんだもんな」


 昔より格段に人の目に着きやすくなったこの時代。
 才能のあるものは確実にチャンスにありつく事が出来るんだろう。


 それは、裏を返せば才能のない奴はどこでも芽が出ないという事だ。



 それがいい事なのか、そうではないのか…。
 


 音楽で生きていこうと決めて上京。
 何度、音源をとってレコード会社に送ったか。



 路上で歌って、警察から注意された事も一度や二度ではない。



 昔はライブハウスに人を呼んだり、そもそも自分たちの音楽を人に届ける事が大変だった。




 音楽性の違いで解散なんて、ライブハウスではあるある過ぎて話のネタにもならない。



 29歳のバンドの解散を最後に、音楽会社に就職を決めた。
 そして、少しでも音楽に触れていたいなんて。




「未練ってやつかな…」




 38歳。
 独身。
 現在彼女無し。



 ギリギリ20代はまだ応援してくれる彼女が出来たが、それもどんどん年を重ねる毎に周りから人が減っていった。



 ある者は結婚し、ある者は就職し。
 俺の周りでメジャーになった人間はいない。




 それだけ狭き門なんだって事は知っていたはずなのに。



「俺だったら」なんて、根拠のない自信だけで突っ走ってきた。








「ただいまーっと」



 ただ寝るだけの部屋でしかない1Rに、出迎えてくれる人はいない。
 駅から歩いて15分。
 築45年のこのアパートが俺の城だ。




 就職してそこそこ給料は貰っているが、どうしてもここから引っ越す気になれなかった。


 
 いつかは六本木ヒルズの最上階に住むつもりで部屋を借りたのは、いまでは黒歴史を通り越して笑い話だ。

 



 コンビニで買った酎ハイと、から揚げ弁当をテーブルに広げる。
 年齢的にも自炊すべきだとは分かっているが、一人で暮らすとどうしても手間だと感じてしまう。



 ふと、部屋の隅に目が留まる。



「そうだ。忘れてた。お袋から荷物来てたんだっけ」



 小松菜とデカデカと書かれた段ボールに、厳重にガムテープがされてある。
 格闘すること数分、無事に開いた段ボールの中から目に飛び込んできたのは、「毎日健康元気に青汁」というパッケージだった。



「青汁とサプリメント多いな…」



 ちゃんと食べてるの?
 大丈夫?病気してない?
 もう、若くないんだから、きちんと体にいいもの食べないと。



 そんな声が聞こえてきそうなラインナップだ。



 ガサガサと中を漁ると、古い携帯電話と学生時代のアルバムが出てきた。
 今では信じられないほど小さな液晶に、携帯の裏には友達と取ったプリクラが貼られている。




「うわっ、懐かしな。えっ、これどこにあったんだよ」



 丁寧に充電器まで入っているので、早速充電するとピッーと懐かしい電子音がする。



「おお、昔の連絡先やメールとか残ってんじゃん」



 カチカチとアドレス帳を開いていく。






『早坂』




 ただ、番号だけが登録されたその文字に、高校生の頃の記憶が一気に蘇る。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~

中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。 翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。 けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。 「久我組の若頭だ」 一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。 ※R18 ※性的描写ありますのでご注意ください

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

先輩の奥さんかわいいからもらったんですけど何か?

ヘロディア
恋愛
先輩の妻とあってはいけない関係を作ってしまった主人公。 美しすぎる人妻とお互いを求め合っていく。 しかし、そんな日はいつか終わりを迎えるのであった…

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...