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マスター 植野 その2

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10秒、いやもっと長く、何も言わずに止まっている。
心臓の音が早鐘のように激しくなって、我慢できず目をそらした。
瞬間、植野はやわらかく分厚い唇を開く。

植野の大きな口が、がぶりとわたしを食べ始めた。

口の中の音が直接聞こえる。
呼吸が激しくなっていく。

息が、できない…

差し込まれた植野の舌は別の生き物のように口の中で暴れ、わたしのたましいごと食べつくしてしまいそうだった。

自分の中の音だけが聞こえる恥ずかしさと興奮で狂いそうだ。


苦しいとうったえても植野は許してくれず、さらにむさぼってくる。
わたしが発した言葉はそのまま脳内に反響して独り言のように感じる。

本当に全部食べられてしまうかもしれない。
脳に直接響いてくる音の洪水でわたしはおかしくなっていた。

力が抜け気を失いかけたとき、植野はやっと離してくれた。
ふさがれた耳が解放され、外の音が聞こえた時、わたしは膝から崩れ落ちる。

力が抜けてまともに立っていられないわたしを片手で支えた植野は、唾液でベタベタになった口のまわりをもう片方の手で丁寧に拭ってくれた。

「はい、よくできました。君はいい子だね」

少し高い柔らかい声。

店に戻った植野はわたしをカウンターから見える位置のソファーに座らせた。そして自分はまた仕事に戻る。

カクテルを作る植野を眺めながらわたしはソファーに沈んだ。

さっきの音の洪水とわたしをむさぼる植野を思いだし、また心臓がはやくなった。

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