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二章 それでは破壊活動を始めましょう。

第六話 君の物語を

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「さて、落ち着いたかな?」
「グスッ………すまん、続けてくれ」
「学年の下から二番目の顔が、さらにひどくなってるよ?まるで佐藤くんみたいだ」
「言ってやるなよ!本人だってきっと今もどこかで気にしてるんだよ!!」
 あぁ、元気でやってるかな、佐藤くん。
 高校で離ればなれになってから、一度も会ってないんだよな。まぁ、中学、小学生時代もろくに会話したことないんだけどね。
「それはさておきだ、三問目と四問目はどちらかというと質問に近かったから、答え合わせという答え合わせはこれで終了だよ。お疲れ様ぁ」
「そういえば、そうだったな………よく覚えてないが」
 ショタハデスは気味良く「ふふん」と鼻で笑うと、パチンと指を鳴らした。俺もこの状況を理解するのに数秒を要した、なんせ、ハデスの指パッチンに合わせるかのように、急に足場に階段が出現したのだ。
 その階段の数は二つ。上方に続く階段と、下方に続く階段が一つずつ。
 確か、神話でチラリと聞いたことがある。もしかしてこれはあの、振り向いてはいけない階段というやつなのではないだろうか?
「よく分かったね葵くん!そうだよ、これはあの有名な、振り向いたら地獄に引き戻されるっていう階段と同じものだよ。まぁ、もっとも、今はそんな大層な特殊能力はついてないけどね」
「今は?っていうか、俺の思考を読んだな!?」
「あははは!ところで、葵くんは知っているかな?もちろん知っているよね、葵くんが過ごしていた日本の、象徴すべき正義のヒーローを。アンパンを模した正義のヒーローさ」
「知ってるも何も、それを知らない人間は日本人じゃないよな」
「うんうん。その正義のヒーローの作者はこんなことを言いました。『正義とは、目の前で餓死しそうな人にひと欠片のパンを与えること』だと。葵くんにも、その『正義』に心当たりがあるよね?」
 雨が降っていたあの日を思う。
 俺の足元で、外の世界に怯え、びしょびしょにの体を震わせていた、小さく、醜くも、どこか自分と重なる猫を。
 そうだ。確かに俺は、互いに濡れた体のままでいるにもかかわらず、肉付が悪く、か細くなっていたあの猫と一緒に湿気たパンを食べた。
 それからも、何かとあれば猫用の食料を、自分には菓子パンを用意して、あの猫のもとに足繁く通った。

「さぁ、ここで最後の質問だよ。あの猫は辛い思いをしながらも、最後は葵くんに感謝しながら逝った。そんな奇跡の様な出会いを葵くんに施してくれたあの世界を、君はどうしたいんだい?」
「どうしたい、か」
 俺は何をするべきなんだろうか?
 自分の両の手を見た。多くの煙草の焼印の跡が、痛々しく斑点模様を描いている。
 俺はどうしたいんだ?そんなの、決まっているよ。
「もっと、もっと、より徹底的にこんな世界を壊したい………」
「ほぅ………どうして?」
「ハデスの言う通りだよ。こんなことを自分で言うのは厚かましいのかもしれないけど、でもやっぱり、俺は正しかったんだ。傷つけて、大切なものを奪って、弾圧するのがあの世界の正義で、友達を助ける人間を悪だと言うのなら、俺が、そんな世界をぶっ壊さなくちゃいけないんだ」
 たぶん、というか絶対に、俺の考え方はあまりにも極端で現実味がなく、危険すぎるのだろうな。
 今自分がどんな顔をしているのか、それは分からない。よくドラマや小説などで、相手の瞳に映った自分の表情を見る人たちがいるな。しかし、ハデスの大きく綺麗な黒い瞳に映る自分の姿はぼんやりとしていて、どんな表情をしているかなんて俺には全く分からなかった。

「正解だよ、葵くん」
「っ!?」
 ハデスが笑った。俺はその笑顔を直視した瞬間、背筋が凍りつき、その場から動くことが出来ない感覚に襲われた。
 恐怖、そう、俺が今感じたものは底知れない恐怖。自分と相手の格の違いを無理やり植え付けられたような、そんな気分だ。
 冥府を司り、死者を管轄する神『ハデス』。
 もしかして俺は、とんでもない存在に命を預けることになってしまっているのかもしれない。
「ふふっ、あはははは!まさに僕が見込んだ通りだ、葵くんみたいな人間じゃないと世界は変えられない、葵くんみたいな人間じゃないと面白くない!!」
「なっ、何の話だ?」
 ハデスは大笑いしながら、自分の目尻に浮かぶ涙を人差し指で拭う。
「葵くん、この階段を上るといいよ。階段の先には今まさに葵くんと同じく、『正しい』人間が世界によって殺されようとしている。まぁ、そいつをどうするのかは自由だけどね」
「話を、まとめてくれませんか?」
「行けば分かるさ、これは手土産だよ」
 そう言ったハデスは俺の前に、笑顔で手を差し出してきた。これは、えっと……、握手と受け取って良いのだろうか?
 ニコニコと反応を待つハデス、その笑顔の裏に何が隠れているのか測りかねるが、俺はおずおずとその握手に応じた。

───ズクン

 え?
「あ……ガァッ、クッ!?」
「ちょっとだけだよ、葵くんは男の子なんだからこれぐらい我慢しないとね」
 体が内側から破裂しそうだ。恐らく俺の限界を遥かに超える何かが、一気にハデスの手から流れ込んできている。
 今の状況を表す言葉があるとすれば、それは「何が何だか全く分からない」であろう。自分の体に起きている事なのに、何が起きているのかが全く分からないんだ。
 その苦痛から逃れようと急いで身を捻じり手を離そうとするが、つながれた手はまるでハデスの手と一体化してしまったかのように、ビクともしてくれなかった。

「ハァ……ハァ……、クッ、俺に何をした?」
「もぉ、貧弱だな。そんなんじゃ先が思いやられるよ?」
 未だ全身に不可解な痛みが残っているが、不思議と疲労感は無く、余計なことはせずに乱れた呼吸をただ整えることに努めた。
 しかし何なんだ、このナマイキショタは。事情の説明もすることなく、急に俺に苦痛を与えるだけ与えては、悪びれもせずに罵ってきやがる。
 もしもコイツが俺の弟だったら、買ったゲームを片っ端から奪い去ってやってるところだぜ。チクショー、まだ痛い。
「ところで、もうあの現実に戻してくれとかは言わないけど、この階段の先がどうなっているのかだけは教えてくれないか?まだ聞きたいことはいろいろあるけど、どうせお前のことだから上手くはぐらかすんだろ?」
「本当に物分かりが良いと言うか、どこか諦め癖がついているというか。まぁ、そのくらいなら答えてあげるよ。この上に続く階段の先には、葵くんの知らない異世界が、そしてこの下に続く階段の先には、僕が管理する冥界が広がっている」
「へ?冥界?」
「葵くんが僕の見込み違いだった時には下の階段に降りてもらうことになっていただろうけど、まぁ、もう関係のない話か!どうしたの葵くん?そんなに小刻みに震えちゃって。ところで、葵くんにはその異世界に行ってもらうことになるけど、そこで何をしろとか、そんなことで葵くんを縛るつもりは一切無い。思うままに動いてくれ、そして、報われない葵くんの生き方を、同じく報われない僕に見せてほしい。うん、それだけだよ」
「異世界とか、一体なんだよそれ!?お前の言っていることはさっきからいちいち回りくど───」

「───それじゃあ、また会おうね、葵くん。君の物語を、僕は楽しみに待っているよ」

 ………消えた。下に続く階段もまばたきと同時に消えたぞオイ。
 残ったのはこの不可解に浮かぶ足場と、天まで続いてるのかと思わせるかのような階段一本道。
「行くしかないよなぁ………。一度捨てた命を救ってもらったようなもんだしなぁ。でも、まさか死の国の神様なんかに命拾われるとは思わなんだなぁ」
 でも、この距離の階段って、俺が生きてるうちに上り切れる距離なのか?
 せめて、せめて手すりを付けてほしかった。これ途中で絶対落ちるぞ。
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