上 下
24 / 142

懐妊

しおりを挟む
「…え?もう一度言っていただけますか」

その日アリシアは医師の診察を受けていた。
塞ぎ込みがちになり、気持ちが悪いと言っては食事の量も減り、見るからにほっそりしてしまったアリシアを心配して両親が伯爵家お抱えの医師を呼んだからだ。

「ご懐妊です」

医師はもう一度はっきりと言った。

「…懐妊…」

言葉の意味はもちろん知っている。
しかし突然のことに頭の理解が追いついていかなかった。

そばに控えていた侍女のタラッサが慌てたように部屋を飛び出していく。

「まだ妊娠初期にあたりますし、悪阻もあるようですから無理をなさらないように。今は食べられる物だけでもいいので少しでも多く召し上がった方がいいでしょう」

医師の忠告さえも耳を右から左へと通り抜けていく。

懐妊。
つまり妊娠したということ。

(あの日だ)

ニコラオスを送ったあの日。
あの日に授かった子に違いない。

元々アリシアは月のものが時々不順になったし、特に精神的な影響を受けやすく、ストレスが溜まったり疲れていたりすると遅れることも多かったから気づかなかった。
では最近の不調は妊娠によるものだということか。
原因がわかったことは良かったが、ことがことだけに別の問題が大きい。

「アリシア!」

アリシアが呆然としていると、両親が部屋に飛び込んできた。
常日頃マナーをうるさく言う母でさえ慌てている。

「アリシア、懐妊したというのは本当か!?」

目の前に医師がいるというのに、その診断を疑うかのようなことを父が言う。

「本当です。妊娠初期になります。今アリシア様には気をつけられた方が良いことをお伝えしていたところです」

その場にいる全員が混乱していることを見かねたのか、医師が父に声をかけた。

「…そうか」
力が抜けたのか父はへたりと近くの椅子に腰掛ける。
その向かい側に母も腰を下ろした。

「ルーカス殿に知らせなければならないな」

現状ルーカスが難しい立場に立たされていることを憂いたのか、父の声に張りがない。
懐妊は喜ばしいことなのに、どことなく喜びきれない状況にアリシアも困惑していた。

「お父様、ルーカスには私から直接お伝えしたいです」
アリシアの言葉に、今度は母が思案気に言う。
「でもアリシア、体調が良くないのに出かけるのは心配だわ」

母の言うことももっともだった。
それでも、大事なことは直接自分の口から伝えたかった。

何よりも、ルーカスに会いたい。
子どもができた喜びを分かち合いたい。

アリシアの心はその想いでいっぱいだった。

「ではルーカス様に来ていただいたらどうかしら?」
母の提案に、しかしアリシアは首を振った。
ただでさえ忙しいルーカスの手をわずらわせたくなかった。

「わかった。では先触れを出しておこう。出かける時は必ずタラッサと護衛騎士を連れていくように」

渋々ながらも外出を許可する父にアリシアは久しぶりの笑顔を浮かべた。

「ありがとう」

その笑顔に、心なしか両親も安堵したようだった。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。

たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。 その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。 スティーブはアルク国に留学してしまった。 セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。 本人は全く気がついていないが騎士団員の間では 『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。 そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。 お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。 本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。 そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度…… 始めの数話は幼い頃の出会い。 そして結婚1年間の話。 再会と続きます。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

処理中です...