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兄
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急遽向かった王宮内はかなりざわついていた。
「ルーカス卿!」
ルーカスを見かけた顔見知りの近衛騎士が慌てて声をかけてくる。
「フィリッポス卿。兄上が皇太子殿下をかばいケガをしたと聞いたんだが」
「…ああ。急いで第1の詰所に伝達を飛ばしたんだが、入れ違いになったみたいだな。ニコラオス公はこちらだ。案内しよう」
「兄上のケガの状態は?」
「…まずは医務室に行ってからだ」
一瞬言葉に詰まったのは気のせいだろうか。
そのまま二人は足速に王宮内を移動した。
警護対象が王侯貴族ということもあり、いつもは比較的穏やかな表情を浮かべていることの多いフィリッポスの常に無い様子に、いよいよ悪い予感が高まる。
しかしここで何か問おうとも、卿が詳しく教えてくれないこともわかっていた。
おそらく、秘匿する何かがあるのだろう。
「この中にニコラオス公はおられる。私は見張りを兼ねてこの場にいよう」
「案内感謝する」
ケガ人が運び込まれているにしてはその部屋の周りは静かだった。
酷いケガであればある程、治療に当たる人も増え周りはざわつくはずなのに。
コンコン。
軽いノックの後ルーカスは扉を開けた。
部屋の中には白いベッドが一つ。
横たわっているのは見慣れた兄に間違いない。
しかしいつもと違うことがある。
いついかなる時も、兄は明るい笑顔を浮かべていた。
楽しいことがあった時はもちろんのこと、辛いことがあった時でも困ったことがあった時でも、少なくともルーカスの前では完璧な兄の姿を崩したことがなかった。
その兄が。
目を瞑り静かに横たわっている。
「あに…うえ?」
顔色は悪く、生の息吹の感じられない姿。
ベッドに駆け寄りその手を取った。
ほんのりと温かいその手は、しかし握り返してくれることはない。
「兄上?」
温かいのに。
温もりはあるのに。
誰に言われずともわかった。
兄の命が、すでにここにはないということを。
「なぜ?」
皇太子殿下をかばい負傷したと聞いた時も、兄だから大丈夫だと言い聞かせていた。
それでも、自分の予感が決して良い予感ではないのだと心のどこかではわかっていた。
悪い予感は外したことが無い。
その心底嫌な感覚は、今までの経験で身に染みていたから。
「なぜこんなことに」
誰よりも自分のことを考えてくれて、心配してくれていた人生の指針でもある兄の死。
孤独に震えていた自分を救ってくれた一人。
大切で、幸せになって欲しい人。
そして理解する。
導き手を失った事実と、これから降り掛かってくる現実を。
(誰か嘘だといって欲しい)
心の底からそう願う。
叶えられることがないその希望を、血を吐く思いで乞い願った。
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大切で、幸せになって欲しい人。
そして理解する。
導き手を失った事実と、これから降り掛かってくる現実を。
(誰か嘘だといって欲しい)
心の底からそう願う。
叶えられることがないその希望を、血を吐く思いで乞い願った。
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