上 下
26 / 56

皇弟の苛立ち

しおりを挟む
「お前は自分の主人に対して呼び捨てで呼ぶことはあるか?」

 不意に思わぬ質問をされて、ユージンの専属護衛は困惑を顔に浮かべた。

「それは……不敬になりますので」

 そもそも主人というのは皇弟のことであり、その本人を目の前にして呼び捨てしますだなどと言える者がいたら見てみたいと思う。

「殿下、護衛を困らせるのは止めてください」
 見かねたカーライルに止められて、ユージンは護衛に向けていた視線を外した。

「そんな質問をしてしまう何かが、ディアナ様との間にあったのでしょうか?」
「……ディアナ嬢の専属護衛がそう呼んでいたんだ」
「誰をですか?」
「だから、専属護衛がディアナ嬢のことを、だ」
「……」

(そりゃそういう反応になるだろう)

 一瞬言葉を失ったカーライルを眺めながら、ユージンは思った。

「ディアナ様の専属護衛といえば、ヒューゴ卿かガルト卿ですか?」
「いや、違う。ディアナ嬢が祖国から連れて来たアランという者だ」

 まだ正式には挨拶していない関係もあってユージンはアランのことをあまり知らない。
 せいぜいが濃紺の髪と瞳を持ち、場に馴染むのが上手い男だということくらいだろうか。

 しかし思い返してみればわりと整った顔をしていたように思う。

「ああ。たしかディアナ様は二人の侍女と一人の護衛を伴っていましたね」
「一国の王女を迎え入れるにあたって、それだけの人数しか許さないというのは異例だがな」

(よくそんな条件を呑んだものだ)

 国によっては数十人の従者を連れて輿入れしてくる王女もいるというのに。

「どんな思惑があっての人数かは私にはわかりかねますが……。なるほど。ディアナ様のことを呼び捨てにしたのはアラン卿でしたか」
「その者のことを知っているのか?」
「一度だけ話したことがあります。あれは護衛には収まりきらない男かと」
「ほう。つまり?」
「護衛能力が高いのは当然として、諜報や分析、状況判断、どれも優れていそうですね」
「お前がそれほどまで褒めるなんて珍しいな」

 カーライルは人当たりの良い男ではあるが、他人に対する評価がかなり厳しい。
 もちろんそれ以上に自分にも厳しいから誰も何も言えないのだが。

 そのカーライルが褒める男。

 そう思うと、ユージンもアランのことがさらに気になってくる。

「お二人の関係がどんなものなのか、気になりますね」
「主人と護衛だけではないということか?」
「さぁ。今の段階では何とも申し上げられません」

 珍しく自身の主人が苛立ちを露わにしている姿を見て、カーライルは澄まして答えた。

「いずれにせよ今度の舞踏会でわかるかと」
「護衛は参加できないだろう?」
「アラン卿はフォルトゥーナの侯爵家の者です。たしか侍女二人も爵位のある家の出のはず。もともとフォルトゥーナの方々は四人だけですので、今回は特別に帯同の許可を出されたようですよ」

(舞踏会会場なんてある意味敵陣のようなものだからな。誰も味方がいなければディアナ嬢も大変だろう)

「まぁ、ディアナ様に関して言えば心配などないと思いますけれど」
「どういうことだ?」
「順調に味方につけているようです」
「ああ……公爵家の当主たちのことか」
「そうです。北と西は元からフォルトゥーナ国とつき合いのある家なのでわかりますが、今回南の協力も得たようです」
「なるほど」

(公爵たちを頷かせるだけのカードがディアナ嬢にはあるということか)

 納得すると同時に、ユージンは満足気なため息をついた。

(あの王女は興味深い)

 ユージンの気持ちを惹きつける何かを持っている。
 だから、決して褒められた行為ではないと分かっていても夜の訪問を止めることができなかった。

(しかし、結局のところディアナ嬢とアランはいったいどういう関係なのか)

 二人のことを考えるとなぜか胸がざわついた。
 アランが『ディアナ』と呼んだその声が耳に残っている。

 なぜアランに対して苛立ちを感じているのか、ユージンはまだその答えを見つけることができなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】野蛮な辺境の令嬢ですので。

❄️冬は つとめて
恋愛
その日は国王主催の舞踏会で、アルテミスは兄のエスコートで会場入りをした。兄が離れたその隙に、とんでもない事が起こるとは彼女は思いもよらなかった。 それは、婚約破棄&女の戦い?

わたしは不要だと、仰いましたね

ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。 試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう? 国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も── 生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。 「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」 もちろん悔しい。 だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。 「きみに足りないものを教えてあげようか」 男は笑った。 ☆ 国を変えたい、という気持ちは変わらない。 王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。 *以前掲載していたもののリメイク

処理中です...