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皇弟の苛立ち
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「お前は自分の主人に対して呼び捨てで呼ぶことはあるか?」
不意に思わぬ質問をされて、ユージンの専属護衛は困惑を顔に浮かべた。
「それは……不敬になりますので」
そもそも主人というのは皇弟のことであり、その本人を目の前にして呼び捨てしますだなどと言える者がいたら見てみたいと思う。
「殿下、護衛を困らせるのは止めてください」
見かねたカーライルに止められて、ユージンは護衛に向けていた視線を外した。
「そんな質問をしてしまう何かが、ディアナ様との間にあったのでしょうか?」
「……ディアナ嬢の専属護衛がそう呼んでいたんだ」
「誰をですか?」
「だから、専属護衛がディアナ嬢のことを、だ」
「……」
(そりゃそういう反応になるだろう)
一瞬言葉を失ったカーライルを眺めながら、ユージンは思った。
「ディアナ様の専属護衛といえば、ヒューゴ卿かガルト卿ですか?」
「いや、違う。ディアナ嬢が祖国から連れて来たアランという者だ」
まだ正式には挨拶していない関係もあってユージンはアランのことをあまり知らない。
せいぜいが濃紺の髪と瞳を持ち、場に馴染むのが上手い男だということくらいだろうか。
しかし思い返してみればわりと整った顔をしていたように思う。
「ああ。たしかディアナ様は二人の侍女と一人の護衛を伴っていましたね」
「一国の王女を迎え入れるにあたって、それだけの人数しか許さないというのは異例だがな」
(よくそんな条件を呑んだものだ)
国によっては数十人の従者を連れて輿入れしてくる王女もいるというのに。
「どんな思惑があっての人数かは私にはわかりかねますが……。なるほど。ディアナ様のことを呼び捨てにしたのはアラン卿でしたか」
「その者のことを知っているのか?」
「一度だけ話したことがあります。あれは護衛には収まりきらない男かと」
「ほう。つまり?」
「護衛能力が高いのは当然として、諜報や分析、状況判断、どれも優れていそうですね」
「お前がそれほどまで褒めるなんて珍しいな」
カーライルは人当たりの良い男ではあるが、他人に対する評価がかなり厳しい。
もちろんそれ以上に自分にも厳しいから誰も何も言えないのだが。
そのカーライルが褒める男。
そう思うと、ユージンもアランのことがさらに気になってくる。
「お二人の関係がどんなものなのか、気になりますね」
「主人と護衛だけではないということか?」
「さぁ。今の段階では何とも申し上げられません」
珍しく自身の主人が苛立ちを露わにしている姿を見て、カーライルは澄まして答えた。
「いずれにせよ今度の舞踏会でわかるかと」
「護衛は参加できないだろう?」
「アラン卿はフォルトゥーナの侯爵家の者です。たしか侍女二人も爵位のある家の出のはず。もともとフォルトゥーナの方々は四人だけですので、今回は特別に帯同の許可を出されたようですよ」
(舞踏会会場なんてある意味敵陣のようなものだからな。誰も味方がいなければディアナ嬢も大変だろう)
「まぁ、ディアナ様に関して言えば心配などないと思いますけれど」
「どういうことだ?」
「順調に味方につけているようです」
「ああ……公爵家の当主たちのことか」
「そうです。北と西は元からフォルトゥーナ国とつき合いのある家なのでわかりますが、今回南の協力も得たようです」
「なるほど」
(公爵たちを頷かせるだけのカードがディアナ嬢にはあるということか)
納得すると同時に、ユージンは満足気なため息をついた。
(あの王女は興味深い)
ユージンの気持ちを惹きつける何かを持っている。
だから、決して褒められた行為ではないと分かっていても夜の訪問を止めることができなかった。
(しかし、結局のところディアナ嬢とアランはいったいどういう関係なのか)
二人のことを考えるとなぜか胸がざわついた。
アランが『ディアナ』と呼んだその声が耳に残っている。
なぜアランに対して苛立ちを感じているのか、ユージンはまだその答えを見つけることができなかった。
不意に思わぬ質問をされて、ユージンの専属護衛は困惑を顔に浮かべた。
「それは……不敬になりますので」
そもそも主人というのは皇弟のことであり、その本人を目の前にして呼び捨てしますだなどと言える者がいたら見てみたいと思う。
「殿下、護衛を困らせるのは止めてください」
見かねたカーライルに止められて、ユージンは護衛に向けていた視線を外した。
「そんな質問をしてしまう何かが、ディアナ様との間にあったのでしょうか?」
「……ディアナ嬢の専属護衛がそう呼んでいたんだ」
「誰をですか?」
「だから、専属護衛がディアナ嬢のことを、だ」
「……」
(そりゃそういう反応になるだろう)
一瞬言葉を失ったカーライルを眺めながら、ユージンは思った。
「ディアナ様の専属護衛といえば、ヒューゴ卿かガルト卿ですか?」
「いや、違う。ディアナ嬢が祖国から連れて来たアランという者だ」
まだ正式には挨拶していない関係もあってユージンはアランのことをあまり知らない。
せいぜいが濃紺の髪と瞳を持ち、場に馴染むのが上手い男だということくらいだろうか。
しかし思い返してみればわりと整った顔をしていたように思う。
「ああ。たしかディアナ様は二人の侍女と一人の護衛を伴っていましたね」
「一国の王女を迎え入れるにあたって、それだけの人数しか許さないというのは異例だがな」
(よくそんな条件を呑んだものだ)
国によっては数十人の従者を連れて輿入れしてくる王女もいるというのに。
「どんな思惑があっての人数かは私にはわかりかねますが……。なるほど。ディアナ様のことを呼び捨てにしたのはアラン卿でしたか」
「その者のことを知っているのか?」
「一度だけ話したことがあります。あれは護衛には収まりきらない男かと」
「ほう。つまり?」
「護衛能力が高いのは当然として、諜報や分析、状況判断、どれも優れていそうですね」
「お前がそれほどまで褒めるなんて珍しいな」
カーライルは人当たりの良い男ではあるが、他人に対する評価がかなり厳しい。
もちろんそれ以上に自分にも厳しいから誰も何も言えないのだが。
そのカーライルが褒める男。
そう思うと、ユージンもアランのことがさらに気になってくる。
「お二人の関係がどんなものなのか、気になりますね」
「主人と護衛だけではないということか?」
「さぁ。今の段階では何とも申し上げられません」
珍しく自身の主人が苛立ちを露わにしている姿を見て、カーライルは澄まして答えた。
「いずれにせよ今度の舞踏会でわかるかと」
「護衛は参加できないだろう?」
「アラン卿はフォルトゥーナの侯爵家の者です。たしか侍女二人も爵位のある家の出のはず。もともとフォルトゥーナの方々は四人だけですので、今回は特別に帯同の許可を出されたようですよ」
(舞踏会会場なんてある意味敵陣のようなものだからな。誰も味方がいなければディアナ嬢も大変だろう)
「まぁ、ディアナ様に関して言えば心配などないと思いますけれど」
「どういうことだ?」
「順調に味方につけているようです」
「ああ……公爵家の当主たちのことか」
「そうです。北と西は元からフォルトゥーナ国とつき合いのある家なのでわかりますが、今回南の協力も得たようです」
「なるほど」
(公爵たちを頷かせるだけのカードがディアナ嬢にはあるということか)
納得すると同時に、ユージンは満足気なため息をついた。
(あの王女は興味深い)
ユージンの気持ちを惹きつける何かを持っている。
だから、決して褒められた行為ではないと分かっていても夜の訪問を止めることができなかった。
(しかし、結局のところディアナ嬢とアランはいったいどういう関係なのか)
二人のことを考えるとなぜか胸がざわついた。
アランが『ディアナ』と呼んだその声が耳に残っている。
なぜアランに対して苛立ちを感じているのか、ユージンはまだその答えを見つけることができなかった。
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