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皇弟の逡巡

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(ディアナ嬢の声には動揺が現れていた)

 自身に与えられた執務室で書類を手に取りながら、ユージンは昨夜のディアナの様子を思い出していた。

「ディアナ様の謎は解けましたか?」
「カーライルか」

 物思いにふけるユージンに側近であるカーライルが声をかけてくる。
 
 カーライル・フィッシャーはウィクトル帝国の伯爵令息だ。
 ユージンの最側近であり、外遊に出された時は一緒に諸国を回った関係でもある。

「いや……だが、ディアナ嬢が我が国に来たのには必ず理由があるはずだ」
「フォルトゥーナはウィクトル帝国の庇護下にあるようなものですし、その関係上婚姻を許可した可能性もあるのでは?」
「お前も一緒にいたからわかるだろう? フォルトゥーナは国としては小さいが我が国のこともエスペランサ王国のことも恐れてはいない」

 ユージンの視線が壁にかけられている地図に向けられた。
 二つの大国に挟まれたフォルトゥーナはとても小さな国に見える。 
 しかし神秘的なあの国は、本当は庇護など必要としていないのではないかと思えた。

「女神の神託……でしょうか?」

 カーライルの言葉にユージンが地図から視線を戻す。

「神託……あり得る話ではあるな」

 ウィクトル帝国内でフォルトゥーナの女神の神託について知るものはほとんどいない。
 しかし一年という短い間とはいえフォルトゥーナに滞在していたユージンは幾度となく耳にした言葉でもあった。

「仮に神託だったとして、ディアナ嬢はその内容を教えてはくれないだろう」
「我が国に関わることであっても、ですよね」

 女神は何を告げたのか。

 その内容を知ることができれば、この国を変えるための方法が見つかるのではないかと思った。

(皇帝である兄上があのままであれば、我が国は衰退する一方だ)

『皇帝は寵姫に夢中で政務を疎かにしている』

 今王宮内でその噂がじわじわと広まってきていた。
 そのせいか最近ではイーサンがすべき政務の一部がユージンへと回ってくるようになっている。

 現在この国の帝位継承権を持っているのはユージンのみ。
 このままではどうにかしてイーサンを皇帝の座から引きずり落ろし、ユージンをその座に据えようと考える者たちが出てきてもおかしくなかった。

 しかしユージンはそれを望んでいない。

(昔から皇帝になるのは兄上だと思って生きていた。それに外遊に出された時に、俺は自分のすべてを国に捧げるのはやめると決めたのだから)

 コンコン。

 カーライルとの会話の合間にドアがノックされる音が聞こえる。
 
「入れ」

 入室の許可を得て室内に入ってきたのはコラードだった。

「北の、か。急にどうした」

 本来であれば皇弟に会うためには面会要請を出して許可を得る必要がある。
 しかしユージンは自身のフットワークが軽いこともあってかそこら辺の堅苦しさを求めてはいない。
 とはいえ、約束なしに皇弟の執務室を訪れることができるのは四大公爵くらいだったが。

「ユージン殿下。許可をいただきたい書類がありましてな」
「確認しよう」

 コラードの持ってきた書類は北の公爵領におけるこの冬の討伐計画だった。

「いつもより回数が多いようだが、物資は足りるのか?」

 コラード領の冬の銀狼討伐は重要な任務ではあったが、回数をこなしたくても討伐に必須の剣を作るための物資が足りず、毎年致し方なく回数を制限していた。
 しかし今コラードが提出した書類には通常の倍の回数が書かれている。

「剣を作るための物資を手に入れる伝手ができましたので」
「伝手?」

 ユージンの疑問にコラードがサラリと答える。

「そうです。その伝手をもたらしてくれたお方は、今頃西のと会っているでしょう」

 コラードに物資の提供ができて、西の公爵に会える人物。
 そんな人物は多くはいない。

「ディアナ嬢か?」

 ユージンの言葉に、コラードがニヤリと笑んだ。
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