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悪役令嬢は侍女に思いを馳せる
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「先ほど提出した書類の上から五枚がその侍女に関する契約書の類いになります。一枚目が最初にレンブラント家に奉公に上がった時の契約書。二枚目と三枚目が隣国の公爵家への紹介状と契約書。こちらは侍女の家ではなくレンブラント家と公爵家の間で交わされた物です。この時点で侍女に関する権利が伯爵家ではなくレンブラント家へ移っていることがわかります」
ダグラスが淀みなく読み上げていくのに比例するように王妃の顔色が悪くなっていく。
「さらには隣国の公爵家からグラント国の公爵家へ侍女を紹介するように依頼したレンブラント家の指示書。最後に侍女自身が王妃と交わした契約書になります」
『侍女が王妃と交わした契約書』
今回のポイントはここだ。
「侍女が王妃殿下とですか?侍女は王宮が雇い入れて側妃殿下に仕えるように配置したはずですので、王妃殿下と特段契約を交わす必要はないのですが」
裁判長の疑問はもっともだ。
たとえ王宮の内向きの仕事を王妃が担っていたとしても、使用人や侍女が契約を交わすのは王宮の人事部との間になる。
「すべての契約書に目を通していただけばわかりますが、侍女は王妃殿下が側妃殿下を害すために何年もかけて紛れ込ませた刺客です。最後の契約書は王妃が側妃殿下の暗殺を求め、それに侍女が同意したもの」
『刺客』
穏やかならざる言葉、いわば今回の告発の肝ともなることをダグラスはサラッと告げる。
告発の成り行きを見守っていた者たちが最初その言葉の意味を理解できなかったくらいに。
「侍女は特別な訓練を受けていた訳ではありませんでした。だからこそ、王妃殿下にとっては都合がよかったのです。陛下は側妃殿下の周りを常に気にかけていたので、もし侍女が暗殺を生業にするような者であったのなら逆に気づかれていたでしょう」
特殊な訓練を受けている者、特に暗殺を得意とする者たちには独特な気配があるという。
同じような仕事を生業とする人間には隠しようもなくわかってしまうらしい。
陛下は側妃のそばに常に影の護衛をつけていたというから、侍女がプロの暗殺者であったのなら気づかれていた可能性が高かった。
しかし彼女は普通の、本当にどこにでもいるような娘でしかなかった。
だからこそ側妃の毒殺は成されてしまったのだ。
「しかしもしそうであるのならば、侍女はなぜそんな契約を?側妃殿下を弑したともなれば極刑は免れない。自らの命をかける必要がどこにあったのでしょう?」
ああ……。
私は重く息をつく。
レオはこの後の告発をどんな気持ちで聞くのだろう。
「伯爵家の娘である侍女は、隷属のアーティファクトによって王妃に縛られていたのです」
「隷属の……アーティファクト?」
裁判長の呆然とした声が辺りに響いた。
『隷属のアーティファクト』は幻のような存在。
聞いたことはあるが見たことはない、たいていの者たちの認識はその程度だろう。
「そうです。少なくとも隣国の公爵家に出された時点で侍女は王妃の支配下にあったはずです。彼女の所有権が伯爵家ではなくレンブラント家に帰属していましたから」
隷属のアーティファクトに縛られた侍女は王妃の指示通り隣国へ行き公爵家に仕えた。
レンブラント家と公爵家の間で交わされた契約には二つの項目があった。
一つは侍女を一定期間雇うこと。
二つ目はその間に隣国の言語をマスターさせ、その後グラント国の公爵家へ紹介することだ。
王妃は数年後に適齢期になるグラント国公爵家次男と隣国の令嬢との婚姻を目論んでいた。
その婚姻のために公爵家は隣国の言語を使える者を求めるだろう。
そこに身元を保証された侍女が紹介されれば受け入れるはず。
さらには王妃から公爵家に対し、これからのことを考えて隣国との架け橋になれるような能力のある侍女を募集していると声をかければ必ずその侍女が推薦される。
王妃は何年もかけて経歴をロンダリングし、レンブラント家との繋がりを分からなくしてから侍女を側妃の元に送り込んだ。
なんとも気が遠くなるような手段だ。
ある意味、執念を感じるくらいに。
「異議を申し立てますわ」
いささか顔色を悪くしたまま王妃が声を上げた。
「……発言を認めます」
ダグラスの告発内容に度肝を抜かれたのか、わずかな時間をあけて裁判長が許可する。
「ダグラス殿下のおっしゃることは荒唐無稽なことばかり。誰がそれを信じるというのでしょう?だいたい、提出したという書類に関しても信憑性がありません。どれもこれも子どもの妄想のようですわ」
王妃が手にした扇を再びバッと開いた。
「ご自分の都合の良いように契約書を作成したのでは?私文書偽造の罪に問われるのは殿下の方ですわよ。ああ、合わせて不敬罪も申し立てたいところですわね」
「私の提出した書類が偽りだと、そうおっしゃると?」
「ええ」
王妃の言葉に、ダグラスは一瞬目を閉じた。
「では、証人の召喚を求めます」
「承知しました。レオンハルト・ニールセン殿、こちらに」
裁判長の呼びかけに私の背後の空気が動いた。
レオがダグラスの元に歩いていく。
その姿を、王妃が驚きの眼差しで見ていた。
ダグラスが淀みなく読み上げていくのに比例するように王妃の顔色が悪くなっていく。
「さらには隣国の公爵家からグラント国の公爵家へ侍女を紹介するように依頼したレンブラント家の指示書。最後に侍女自身が王妃と交わした契約書になります」
『侍女が王妃と交わした契約書』
今回のポイントはここだ。
「侍女が王妃殿下とですか?侍女は王宮が雇い入れて側妃殿下に仕えるように配置したはずですので、王妃殿下と特段契約を交わす必要はないのですが」
裁判長の疑問はもっともだ。
たとえ王宮の内向きの仕事を王妃が担っていたとしても、使用人や侍女が契約を交わすのは王宮の人事部との間になる。
「すべての契約書に目を通していただけばわかりますが、侍女は王妃殿下が側妃殿下を害すために何年もかけて紛れ込ませた刺客です。最後の契約書は王妃が側妃殿下の暗殺を求め、それに侍女が同意したもの」
『刺客』
穏やかならざる言葉、いわば今回の告発の肝ともなることをダグラスはサラッと告げる。
告発の成り行きを見守っていた者たちが最初その言葉の意味を理解できなかったくらいに。
「侍女は特別な訓練を受けていた訳ではありませんでした。だからこそ、王妃殿下にとっては都合がよかったのです。陛下は側妃殿下の周りを常に気にかけていたので、もし侍女が暗殺を生業にするような者であったのなら逆に気づかれていたでしょう」
特殊な訓練を受けている者、特に暗殺を得意とする者たちには独特な気配があるという。
同じような仕事を生業とする人間には隠しようもなくわかってしまうらしい。
陛下は側妃のそばに常に影の護衛をつけていたというから、侍女がプロの暗殺者であったのなら気づかれていた可能性が高かった。
しかし彼女は普通の、本当にどこにでもいるような娘でしかなかった。
だからこそ側妃の毒殺は成されてしまったのだ。
「しかしもしそうであるのならば、侍女はなぜそんな契約を?側妃殿下を弑したともなれば極刑は免れない。自らの命をかける必要がどこにあったのでしょう?」
ああ……。
私は重く息をつく。
レオはこの後の告発をどんな気持ちで聞くのだろう。
「伯爵家の娘である侍女は、隷属のアーティファクトによって王妃に縛られていたのです」
「隷属の……アーティファクト?」
裁判長の呆然とした声が辺りに響いた。
『隷属のアーティファクト』は幻のような存在。
聞いたことはあるが見たことはない、たいていの者たちの認識はその程度だろう。
「そうです。少なくとも隣国の公爵家に出された時点で侍女は王妃の支配下にあったはずです。彼女の所有権が伯爵家ではなくレンブラント家に帰属していましたから」
隷属のアーティファクトに縛られた侍女は王妃の指示通り隣国へ行き公爵家に仕えた。
レンブラント家と公爵家の間で交わされた契約には二つの項目があった。
一つは侍女を一定期間雇うこと。
二つ目はその間に隣国の言語をマスターさせ、その後グラント国の公爵家へ紹介することだ。
王妃は数年後に適齢期になるグラント国公爵家次男と隣国の令嬢との婚姻を目論んでいた。
その婚姻のために公爵家は隣国の言語を使える者を求めるだろう。
そこに身元を保証された侍女が紹介されれば受け入れるはず。
さらには王妃から公爵家に対し、これからのことを考えて隣国との架け橋になれるような能力のある侍女を募集していると声をかければ必ずその侍女が推薦される。
王妃は何年もかけて経歴をロンダリングし、レンブラント家との繋がりを分からなくしてから侍女を側妃の元に送り込んだ。
なんとも気が遠くなるような手段だ。
ある意味、執念を感じるくらいに。
「異議を申し立てますわ」
いささか顔色を悪くしたまま王妃が声を上げた。
「……発言を認めます」
ダグラスの告発内容に度肝を抜かれたのか、わずかな時間をあけて裁判長が許可する。
「ダグラス殿下のおっしゃることは荒唐無稽なことばかり。誰がそれを信じるというのでしょう?だいたい、提出したという書類に関しても信憑性がありません。どれもこれも子どもの妄想のようですわ」
王妃が手にした扇を再びバッと開いた。
「ご自分の都合の良いように契約書を作成したのでは?私文書偽造の罪に問われるのは殿下の方ですわよ。ああ、合わせて不敬罪も申し立てたいところですわね」
「私の提出した書類が偽りだと、そうおっしゃると?」
「ええ」
王妃の言葉に、ダグラスは一瞬目を閉じた。
「では、証人の召喚を求めます」
「承知しました。レオンハルト・ニールセン殿、こちらに」
裁判長の呼びかけに私の背後の空気が動いた。
レオがダグラスの元に歩いていく。
その姿を、王妃が驚きの眼差しで見ていた。
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