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悪役令嬢は見定める
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私が会場に足を踏み入れると辺りがざわついていた。
それはそうだろう。
誰もがエレナはライアンにエスコートされて入場すると思っていたところに兄に伴われて入ってきたのだから。
名前を呼ばれた時点でざわめき立っただろうし、実際の姿を見てそれが大きくなった感じだろうか。
「エレナ様、リアム様と入場されるなんてどうしてかしら?」
「ライアン様はいったいどうされたの?」
「兄妹で衣装をそろえているわ。最初からライアン様はエスコートしないことになっていたのかしら?」
そう。
兄は私のドレスと同じ生地で作られた燕尾服を着ている。
ライアンがエスコートする予定のところを何かしらの問題が起こって急遽兄が代わりを務めたのだとしたら、兄と私の衣装がそろっているのはおかしい。
つまり、衣装を見ただけでも今日ライアンが私をエスコートする予定が無いことがわかるのだ。
「話題性抜群の登場の仕方ですね」
ヒソヒソと噂される真っ只中を私は堂々とクレアとソフィ、そしてジェシカのいるところまで移動した。
そんな私を見てのジェシカの第一声がそれだ。
「あらお言葉ですこと。話題を振りまくのは私ではなくてライアン様たちだと思いましてよ」
「まぁたしかにそうなるでしょうね」
この後に登場するであろうライアンとエマを想像したのか、ジェシカが納得とばかりに頷く。
「いや、待ってくれ。いったいどういうことだ?」
私たちが当たり前のように今の状況を受け入れているのに対して、オーウェンとベイリーが戸惑いの表情を浮かべる。
「まぁ。クレア様とソフィ様はお二人にお話ししていないんですの?」
「エレナ様、私たちはおしゃべり雀ではなくてよ」
クレアがなぜか胸を張って答えてくれた。
この前のドレスショップでクレアとソフィはすでにライアンとエマのことがわかっていたけれど、私が言わない限りそのことに関しては自身の婚約者だろうとも漏らさない、ということだろうか。
いやだ、クレアが可愛いわ。
「オーウェン様、ライアン様はエマ様をエスコートするみたいですわ」
「……は?」
行儀がいいとはいえない返答だけど、そりゃあそんな感じになるよね。
普通に考えればまさしく『……は?』と呆れるような行動なんだから。
なんならついでに語尾に『怒り』マークもつけたいところだ。
「私ライアン様の婚約者になってからもう何年も経ちますけれど、残念ながらドレスやアクセサリーを贈られたことなんて一度もないんですの。それが先日ドレスショップでライアン様とエマ様に遭遇しまして……まぁ、なぜか、なんてあえて言わなくてもおわかりになるでしょう?」
私の言葉に、オーウェンが頭が痛いとでもいうように側頭部に手を当てる。
隣のベイリーはと見れば、こちらも片手で顔を覆うようにしてため息をついていた。
ベイリー、手垢が眼鏡につくわよ。
変なことが気になっている私の前で、二人は肺の奥から息を吐き出したとでもいうくらいの大きなため息をもう一度つく。
「いったい殿下は何を考えているのか」
「以前のようにそばにいることが減ってはいますけど、そんなことをするなんて……。やはりおそばにいて止めるべきだったのか……」
いまや二人に対してライアンの側近だとは誰も思わないだろう。
おそらく最初はそのつもりでいわゆるご学友になったはずだ。
それでも、忠告しようが諫めようが人の意見をまったく聞かないライアンに対して二人もあきらめの境地に達したに違いない。
その結果ライアンを止める者は誰もおらず、ある意味やりたい放題の状態になった、と。
それでも一度は側近になるつもりだった二人にしてみれば、自分たちももう少しやりようがあったのではないかという後悔があるのかもしれない。
いや、あれは何をどうしても無理だと思うんだけど。
そんなことを思いながら顔色を悪くする二人を眺めていた私の耳に、話題の二人の名前が飛び込んできた。
「ライアン・グラント殿下、並びにエマ・ウェイン嬢」
ライアンは王族ということもあって、入場するのは他の生徒とは別のところからになる。
会場前方左側に設置されている螺旋階段の上の扉が開き、エマをエスコートしたライアンが姿を見せた。
ざわざわざわ……。
当然、場内のざわめきはさっきの比ではないくらい大きくなった。
驚きに目を見開く者。
面白そうに目を輝かせる者。
扇で隠しながらもエマを蔑むような目で見る者。
そして、私の方をチラチラと盗み見る者。
この場に居合わせた者たちはこれから何が起こるか興味津々だろう。
婚約者ではなく兄のエスコートで入場した公爵令嬢。
婚約者ではない他の令嬢を伴って入場した殿下。
穏やかではない状況を、しかしある者は楽しそうに、ある者は心配そうに見ている。
学園内といえどもここは社交場。
今日集まった生徒たちは見聞きしたことを親に話し、そしてその話は大人の社交界に面白おかしく広がっていく。
いやまぁ、実はこの後大人も招かれているんだけどね。
それは私と兄だけが知ることだ。
私は周囲をぐるりと見回し、心配そうに見ている生徒の顔を覚える。
同様に興味津々に眺めている者、下衆の勘ぐりをしていそうな者の顔も。
これはこれで、それぞれの生徒がどんな考えを持っていてどんな性格かわかりやすいわね。
人の選別をするのにはちょうどよかったかもしれない。
そんなことを考えながら私は螺旋階段から降りてくるライアンとエマを見た。
少しの緊張を漂わせているライアン。
そしてこれからの展開が待ちきれないかのようなエマ。
その表情を見ただけで、私にはエマがいまだ自分をゲームのヒロインだと思い込んでいるのがわかった。
なぜすべてが思い通りになると思えるのだろう?
たとえどれだけゲームに酷似していようとも、ゲーム通りに進まない現実に対してどうして疑問を持たないのか。
その思い込みのツケを、これからエマは払うことになる。
それはそうだろう。
誰もがエレナはライアンにエスコートされて入場すると思っていたところに兄に伴われて入ってきたのだから。
名前を呼ばれた時点でざわめき立っただろうし、実際の姿を見てそれが大きくなった感じだろうか。
「エレナ様、リアム様と入場されるなんてどうしてかしら?」
「ライアン様はいったいどうされたの?」
「兄妹で衣装をそろえているわ。最初からライアン様はエスコートしないことになっていたのかしら?」
そう。
兄は私のドレスと同じ生地で作られた燕尾服を着ている。
ライアンがエスコートする予定のところを何かしらの問題が起こって急遽兄が代わりを務めたのだとしたら、兄と私の衣装がそろっているのはおかしい。
つまり、衣装を見ただけでも今日ライアンが私をエスコートする予定が無いことがわかるのだ。
「話題性抜群の登場の仕方ですね」
ヒソヒソと噂される真っ只中を私は堂々とクレアとソフィ、そしてジェシカのいるところまで移動した。
そんな私を見てのジェシカの第一声がそれだ。
「あらお言葉ですこと。話題を振りまくのは私ではなくてライアン様たちだと思いましてよ」
「まぁたしかにそうなるでしょうね」
この後に登場するであろうライアンとエマを想像したのか、ジェシカが納得とばかりに頷く。
「いや、待ってくれ。いったいどういうことだ?」
私たちが当たり前のように今の状況を受け入れているのに対して、オーウェンとベイリーが戸惑いの表情を浮かべる。
「まぁ。クレア様とソフィ様はお二人にお話ししていないんですの?」
「エレナ様、私たちはおしゃべり雀ではなくてよ」
クレアがなぜか胸を張って答えてくれた。
この前のドレスショップでクレアとソフィはすでにライアンとエマのことがわかっていたけれど、私が言わない限りそのことに関しては自身の婚約者だろうとも漏らさない、ということだろうか。
いやだ、クレアが可愛いわ。
「オーウェン様、ライアン様はエマ様をエスコートするみたいですわ」
「……は?」
行儀がいいとはいえない返答だけど、そりゃあそんな感じになるよね。
普通に考えればまさしく『……は?』と呆れるような行動なんだから。
なんならついでに語尾に『怒り』マークもつけたいところだ。
「私ライアン様の婚約者になってからもう何年も経ちますけれど、残念ながらドレスやアクセサリーを贈られたことなんて一度もないんですの。それが先日ドレスショップでライアン様とエマ様に遭遇しまして……まぁ、なぜか、なんてあえて言わなくてもおわかりになるでしょう?」
私の言葉に、オーウェンが頭が痛いとでもいうように側頭部に手を当てる。
隣のベイリーはと見れば、こちらも片手で顔を覆うようにしてため息をついていた。
ベイリー、手垢が眼鏡につくわよ。
変なことが気になっている私の前で、二人は肺の奥から息を吐き出したとでもいうくらいの大きなため息をもう一度つく。
「いったい殿下は何を考えているのか」
「以前のようにそばにいることが減ってはいますけど、そんなことをするなんて……。やはりおそばにいて止めるべきだったのか……」
いまや二人に対してライアンの側近だとは誰も思わないだろう。
おそらく最初はそのつもりでいわゆるご学友になったはずだ。
それでも、忠告しようが諫めようが人の意見をまったく聞かないライアンに対して二人もあきらめの境地に達したに違いない。
その結果ライアンを止める者は誰もおらず、ある意味やりたい放題の状態になった、と。
それでも一度は側近になるつもりだった二人にしてみれば、自分たちももう少しやりようがあったのではないかという後悔があるのかもしれない。
いや、あれは何をどうしても無理だと思うんだけど。
そんなことを思いながら顔色を悪くする二人を眺めていた私の耳に、話題の二人の名前が飛び込んできた。
「ライアン・グラント殿下、並びにエマ・ウェイン嬢」
ライアンは王族ということもあって、入場するのは他の生徒とは別のところからになる。
会場前方左側に設置されている螺旋階段の上の扉が開き、エマをエスコートしたライアンが姿を見せた。
ざわざわざわ……。
当然、場内のざわめきはさっきの比ではないくらい大きくなった。
驚きに目を見開く者。
面白そうに目を輝かせる者。
扇で隠しながらもエマを蔑むような目で見る者。
そして、私の方をチラチラと盗み見る者。
この場に居合わせた者たちはこれから何が起こるか興味津々だろう。
婚約者ではなく兄のエスコートで入場した公爵令嬢。
婚約者ではない他の令嬢を伴って入場した殿下。
穏やかではない状況を、しかしある者は楽しそうに、ある者は心配そうに見ている。
学園内といえどもここは社交場。
今日集まった生徒たちは見聞きしたことを親に話し、そしてその話は大人の社交界に面白おかしく広がっていく。
いやまぁ、実はこの後大人も招かれているんだけどね。
それは私と兄だけが知ることだ。
私は周囲をぐるりと見回し、心配そうに見ている生徒の顔を覚える。
同様に興味津々に眺めている者、下衆の勘ぐりをしていそうな者の顔も。
これはこれで、それぞれの生徒がどんな考えを持っていてどんな性格かわかりやすいわね。
人の選別をするのにはちょうどよかったかもしれない。
そんなことを考えながら私は螺旋階段から降りてくるライアンとエマを見た。
少しの緊張を漂わせているライアン。
そしてこれからの展開が待ちきれないかのようなエマ。
その表情を見ただけで、私にはエマがいまだ自分をゲームのヒロインだと思い込んでいるのがわかった。
なぜすべてが思い通りになると思えるのだろう?
たとえどれだけゲームに酷似していようとも、ゲーム通りに進まない現実に対してどうして疑問を持たないのか。
その思い込みのツケを、これからエマは払うことになる。
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