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悪役令嬢は鉢合わせる

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さてお楽しみのショッピングの時間である。

王都の目抜き通りに店を構える『アンジュ』は老舗のドレスショップだ。
ウェルズ家もご用達にしているこの店は高位貴族向けの店といっていい。
扉を開ければ店内にはさまざまなタイプのドレスが並べられており、壁際にはたくさんの生地が、お店の中ほどには小物類も陳列されている。

「ようこそおいでくださいました」

支配人に丁寧に迎え入れられた私たち一行は個室へと案内された。
同行するのはジェシカとクレアにソフィ、そしてレオだ。
他の護衛たちは店の外に待機させている。

キラキラしい店内と護衛のミスマッチ感が酷いもんね。
それにあんな厳つい男たちがわらわらといたら店に入ろうとするご令嬢方に迷惑だろう。

「今日は年度末の修了式後に行われる舞踏会用のドレスをご希望とのことでしたが、お間違いないでしょうか?」
「ええ、そうですわ。まずはおすすめの生地やデザインがあればお伺いしたいのですけれど」
「かしこまりました。ではデザイナーを呼びますので少々お待ちください」

そう言って支配人が退室すると、ジェシカが少し興奮気味に話しかけてくる。

「エレナ様、さすが王都で一番人気の『アンジュ』ですね。店内が煌びやかで目が潰れそうです」

目が潰れるとはなんぞや。
確かにキラキラしていて乙女の理想がこれでもかと詰まったような店内ではあるけれど、表現が残念よジェシカ。

「エレナ様は希望のお色とかありますの?」
「今回もライアン様とは色味をそろえないのでしょう?」

クレアとソフィも興味津々である。

「ライアン様と色をそろえるつもりはありませんわ。そもそもドレスの一つも贈られていないのですもの。ライアン様にはそのことに対して何か言う権利はないと思いますの」
「それはたしかに」
「そうですわよね」

納得している二人は当然それぞれの婚約者からドレスやアクセサリーを贈られている。
まったくもって羨ましい限りである。
もちろん、ライアンから贈られたいわけではない。
婚約者との仲が睦まじいのが羨ましいだけで。

「そういえば、ジェシカ様はどうされるの?」
「私は婚約者もいませんし、特に気合を入れる必要もありませんから適当に用意するつもりです」
「まぁ。では今日私と一緒に作りましょう。ドレスは何枚持っていても良いものですし、ちょうどいいわ」
「え!?いや、いいですよ。このお店のドレスなんて高すぎて……」
「ジェシカ様にはいつもお世話になっていますもの。日頃の感謝だと思って受け取っていただけると嬉しいですわ」

そう。
ジェシカにはなんだかんだお世話になっているから臨時ボーナスとしてドレスを贈るのもありだろう。
もちろん仕事に対する報酬はちゃんと支払っているし、それ以上する必要はないのだけど。
正直に言ってしまえばジェシカにいろいろ着せて楽しみたいというのが本音だ。

言ってしまえばリアル着せ替え人形……。
高価なドレスでもパッと買えてしまえる点に関してはお金持ちの公爵令嬢万歳だよね。

デザイナーの意見も聞きつつ、自分のドレスだけでなくジェシカのドレスに関してもああでもないこうでもないと話し合っているとにわかに扉の向こう側がざわつくのがわかった。

「どうかしたのかしら?」
「見てまいりますので、少しの間失礼いたします」

一言断りを入れてデザイナーが離席する。
その彼女が扉を開けた瞬間、聞き覚えのある声が向こうから響いてきた。

「ドレスを見に来たのだから個室に通すのが当然だろう?」
「申し訳ございません。本日個室は他のお客様が使用されておりますので」
「私よりも優先しなければならない客などいないだろう?」

このお店は高級を売りにしていることもあり、客を選ぶ。
それもあって個室は一室しかなかった。
ゆったりとした部屋でまるで店を貸し切っているかのような気分を味わえるのも売りの一つだからだ。
つまり、今日は私たちが個室を使っているため他の客が個室を使用することは不可能ということで。

この声は……。
まぎれもなくライアンの声。
いったいなぜここに?
しかもドレスを見に来たって、誰の?
少なくとも私のものではないのはたしかよね。
ということは、エマのだろうか。

そう思っているうちに声がどんどん近づいてくる。

「エレナ様、この声って……」
「ライアン様でしょうね」

クレアが少し不安そうに言い、私があっさりと答える。
まさかのドレスショップでの遭遇だ。
そもそもこういったお店には男性一人で来ることは少ない。
屋敷の使用人が注文済みのドレスを受け取りに来ることはあっても直接選びに来ているからには着る本人もいると考えるのが自然だろう。

面倒なことが起こったわ。
学校に続いてここでもエマとやり合わないといけないとは。
向こうが非常識なことをしているとはいえ、煩わしいのはたしかだ。

「みなさん心配なさらないで。たとえライアン様でもおかしな行動をしているのはあちらですわ。私たちには何も非がないのですもの。堂々としていればいいのです」

そう言って、私はさっきまでと変わらずドレスの生地見本やデザインブックを眺める。

「今日この個室は私が使用する。空けてもらおうか」

扉を開けた途端にライアンがそう言った。

おそらく支配人の手を振り切ってきたのだろうけど。
そもそも正規に予約した人がすでに使っている部屋を強引に奪い取ろうというのも問題だが、交渉ごとを従者に任せることなく自分でやってしまっているのも何だかなという感じだ。

これを止めたり諫めたりする側近はいないのだろうか?
考えてみれば以前その立場にいたのはベイリーだ。
ベイリーがそばを離れて以降、誰もその位置にいないということか。

「ライアン様ぁ。待ってください」

ライアンの後に続くように、今度はエマが姿を見せる。

「いったい何事ですの?ノックも無しに突然扉を開けておかしなことを言うなんて、非常識ですわよ」

私がそう咎めると、ライアンは驚きにその目を見開いた。
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