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悪役令嬢は密談する

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結果として、兄は翌日即行で帰って来た。

「お兄さまがこんなにすぐに対応してくださるとは思っていませんでしたわ」
「お前が学園ではなくこちらで会いたいと言うということは、それなりに火急の用だと思ったのだが……違ったか?」
「いいえ。間違いありませんわ」

知らず知らずのうちにエレナと兄の間に信頼関係ができていたようで嬉しい。
もちろんそんなことを口には出さないけれど。

兄を迎え入れお茶の用意をして人払いをする。
誰も私の部屋に近づかないように指示を出してから、私はおもむろに話し始めた。

「実は……」

なるべく手短に父の書斎で見てしまった手紙のことを打ち明けたのだが、話している途中から兄の顔色がどんどん悪くなっていくのがわかった。

「それは……お前の考えている予想で合っているだろう」

ソファに背を預け、兄は大きなため息をついた。

「私が公爵家の嫡男でありながらなぜ学園の教師なんて仕事をしているか、わかるか?」

突然違う話題を出されて戸惑ったが、兄はまったく関係のない話はしないだろう。

考えてみれば公爵家の嫡男である兄がただの一教師でいるなんておかしなことだ。
ウェルズ家は軍閥の家ではないから、普通であれば政治の分野で活躍してしかるべき立場。

「子どもというのは親の影響を強く受けることが多い。親が家で言っていることややっていることも見聞きしているだろう。学園は平等をうたってはいるが、家同士のしがらみがあることは否めない」

そこまで言うと兄は身を起こしてカップを手に取った。
カップの中で紅茶がゆらゆらと揺れる。
それを見ながら、兄は何を思うのだろう。

「あの親だったこともあって私は社交界に顔を出す機会が少なかった。公爵家の嫡男でありながら社交もせずに国の中枢にも関わらない。そんな相手であればいいように使おうとか、傀儡として取り込もうとか、そう考える貴族は多いんだろう。そこに目をつけた人に命令されたんだよ」

両親は自分が一番というのを隠しもしない人たちだ。
公爵家を潰す気はないだろうから、兄を嫡子として教育しいずれ爵位を譲る気はあってもそれこそ生涯現役でいるだろう。
やりたい放題やって、子どもに尻拭いをさせるに違いない。

「学生の発言からわかるそれぞれの家の考え方を精査し、社交界だけでは見えてこない家同士の関係を探る。そして一番重要なのはライアン殿下の適性の見極め、それが命令内容だ」

ちょっと待って。
ライアンの適性の見極めって。
そんなことを公爵令息に命令できる人は限られている。

「そうだ。私にその命令を下したのは……陛下だ」

あああ……。
話が一気に乙女ゲームから離れて陰謀渦巻く王宮のドロドロ話に!

「陛下は王妃と王妃の実家に対して疑念を持っている。このままライアン殿下に王位を継がせれば国が乱れる。そして国を乱す筆頭はレンブラント家ではないかと」

まぁ、ライアンは王妃にとってていのいい傀儡に過ぎないだろうしね。

「そして陛下は側妃殿下の亡くなられた経緯を詳らかにすることを諦めていない」

なるほど。
そこに昨日見た手紙の内容を合わせて考えれば自ずと答えは出る。

「……側妃殿下はレンブラント家に亡き者にされたということでしょうか?」
「確たる証拠はないがな」

昨日の手紙だけではどうとでも言い訳できるしね。
たしかに証拠とは言えない。

「しかしそんな手紙がレンブラント家から送られてくるとは、あの親はいったい何をやっているのか」
「やはり早めに爵位継承の準備をしておいた方が良いのではなくて?」
「……考えておこう」

再びのため息と共に零された言葉に、つかの間沈黙が落ちる。

「で?お前はどうするつもりだ?」

気を取り直したのか兄が質問してきた。

「そうですわね。あの親のことはこちらに害がない限りもはやどうでも良いのですが、今の状況では無関係ではいられないと思いますわ。相手から何か仕掛けられる前にこちらが主導権を握った方が良いと思いますの」

私の言葉に、兄の目がいくぶん見開かれる。

「少し前までのお前の口からは絶対に出ないような発言だな」

まぁ、そうよね。
すべてを諦めていたエレナは毎日を淡々とこなしていくことしか考えていなかったから。

「状況を整理しますと、王妃とレンブラント家がかつての側妃殿下殺害に関与していた。そしてそれを知ったお父様とお母様がレンブラント家に対して何らかのコンタクトを取っている」

「お兄様は学園内において社交界では見えない家と家のつながりや考えを探りつつライアン殿下の王位継承者としての資質を見極めていた。ということでよろしいかしら?」
「そうだな」

となるとこれから私が取るべき行動としてはどうするのがいいだろう。

「陛下はライアン殿下を廃嫡するおつもりでしょうか」
「このままいけばあるいは。あとはダグラス殿が陛下とどのような話をしているかにもよるが……」

そうね。
陛下はもはやライアンに見切りをつけてそうだけど。

「しかし今のところライアン殿下を廃嫡する理由がありませんわ」
「それがまた頭の痛いところだな。ダグラス殿の存在も公になっているわけではないし、今のままでは後継者を変えることは不可能だ」

兄と話していて、ふと思う。
もし乙女ゲームの通りにシナリオが進んで、あの断罪の場でライアンの浮気とエマの虚言を証明できたら彼はどうなるのだろう。

王太子といえども罪なきご令嬢、しかもこの国においては高位貴族である公爵家の令嬢を冤罪で裁き、さらには自身の浮気を正当化したら?
ただでは済まないに違いない。

「お兄様、まずは側妃殿下の件を証明することが重要ですわ。ライアン殿下のことは私にお任せくださいませ」
「そうだな。あとは両親のことも調べておこう」
「そうですわね。彼らが何か問題を起こしていたとしたら、私たちにその罪が及ばないようにしなければなりませんわ」
「彼ら……か。お前にとってあの両親は遠い存在なんだな」

兄がポツリと呟きを零す。
そんな発言が出るということは、兄には少なからず両親との良い思い出もあるのだろうか。
しかしここで切り捨てないといずれの罪にせよ一家類罪にされかねない。

両親の罪を自ら暴くことによって、私たち兄妹が国に仇を成す者ではないことを証明しなくてはならないのだから。
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