上 下
17 / 53

第17話 キューピッド大作戦(後編)

しおりを挟む
 町に戻った一行は医者に直行した。
 ピクシーの見立て通り、重症には違いないが命に別条はないことを医者に確認するとジャックはやっと一息つくことが出来た。

 ほどなくしてマテオの意識が回復した頃、ピクシーがマテオの恋人オリビアを連れてきた。ジャックは深々とオリビアに頭を下げた。オリビアは軽く会釈をするとマテオを見舞った。

「オリビア、ちょっとヘマしちゃったよ。ははは」
 自嘲的じちょうてきにそう言ったのは、オリビアを心配させない為のマテオの気遣いなのだろう。

 それを聞いたオリビアは今にもこぼれ落ちそうな涙をこらえてこう言った。
「ドンマイよ。次はちゃんと倒すのよ」

 ジャックもピクシーもオリビアのこの言葉は意外だった。当然次回の狩りは止めるものとばかり思っていた。
 一生悔いを残して、引け目を感じながらマテオが生きていくのは見ていられないから……理由はそんなところなのだろうか? とにかくオリビアのマテオを思う気持ちが強いことは確かなようだった。

 取り敢えず数日は安静が必要とのことだったので、マテオの身の回りの世話はオリビアに任せてジャック達は宿に戻ることにした。

 マテオのことは心配には違いなかったが、ジャックとピクシーには確認しなければならないことがあった。
 ジオはあの時、明らかに何か重要なことを思い出している様子であった。
 状況から察する限り、マテオとオリビアの関係性をみて、過去の自分と被るものがあったとみるのが妥当であろう。

 ジオは何かを成すために、愛する女性の元を離れた。そして戻れなかった……というのがジャックの推理である。そして剣の行方もその女性が関係しているかもしれない。ピクシーも大筋で同じようなことを考えていたらしい。大きくジャックに頷くとジオに向かって尋ねた。

「おじいちゃん。何か思い出したの?」
 ピクシーは具体的なことを避け、外堀から攻めていった。

「……」
 しらふでも色々問答が出来るようになっていたのに、ここにきてまたジオは空中の一点を見つめるだけで何も語らなくなってしまっている。
 こうなるとボケてしまっているのか、何かを思い出したが故に黙ってしまったのかを推し量ることは難しい。

 だが明らかに任務は前進している。ジャックはここにきて確実な手応えを感じている。

「マテオとオリビアの為なのは勿論だが、ジオの為、俺達の為にもこの依頼は完遂しよう」
 ジャックはそういって気合を入れ直した。

 その晩のことである。
 ジャックは自分の部屋を激しくノックする音に起こされた。
 眠い目をこすって扉を開けると、息を切らし、今にも泣きだしそうなオリビアが立っていた。

「森か!?」
 ジャックはそのオリビアの姿を見ただけで全てを察した。

 急いで身支度を整え、ピクシーだけを起こして宿を出る。本当は記憶のこともあるしジオも連れだしたいが、夜なので危険と判断して置いていくことにした。

 ジャックは走った。恐らく場所は昨日のあの地点に違いない。敵は手負いとはいえ、それ故に凶暴化している可能性もある。重症のマテオだと危ないかもしれない。
 そういう思いがジャックの足を更に前に出させた。
 幸い今夜は満月。月明りによって視界はそれなりに開けている。ジャックはほどなくして木の陰に潜んで待ち伏せをしているマテオを見つけることが出来た。

 本来ならすぐさま保護して医者に連れ帰るべきであろう。しかし医者でのオリビアとのやり取りを見ているジャックは、すぐにそうした決断をすることが出来なかった。

「限界ギリギリまで見守ってやるか」
 今度は絶対しくじらないという強い意志を言葉に詰め込み、いざとなったら救援できるぎりぎりまでジャックはマテオに近づいた。

 トラは頭が良い。恐らく自分の目を射抜いた敵の存在を覚えているはずだ。そしてトラは獲物を狩るときは必ず背後から襲ってくる。となればジャックの位置取りは自ずと決まってくる。

「ん!?」
 位置取りのお陰でマテオより早くトラを察知したジャックは指で小石をはじいてマテオに当て、トラの出現を知らせた。
 怪我で判断力が低下している為か、突然小石を当てられたことを不思議とも思わずマテオは後方を振り返ると、一心不乱に矢を放った。
 昼間は確信できなかったが、マテオの弓の技術はかなりのもののようだ。今回も一発でトラの眉間に命中させ、トラは絶命寸前といった状態になった。後はとどめだけだ。
 しかしマテオの方もトラと似たり寄ったりで、容易にとどめをさせるような状態には無い。

「まぁこの位は……」
 ジャックはマテオの後ろに回り込み、マテオに持っていたナイフを握らせると、その腕を掴んでトラに突き立てるように押してやった。
 ナイフがトラに刺さる……その感触を確認して安心したのか、そこでマテオは気を失ってしまった。

「やれやれ。マテオとこのデカいトラ両方とも町まで運ぶのかよ……」
 そう毒づいたジャックだったが、マテオと同じで心は晴れやかだった。

 翌朝マテオの獲物のトラが運び込まれた町はざわついていた。
 大怪我を負ったものの、あのマテオがこんなデカいトラを……と狩人仲間のみんなが目を白黒させていた。
 ジャックは当初インチキを疑う者がいるかと懸念していたが、大怪我を負ったという事実が否が応にも真実味を増したことから、疑う者はいなかった。

「やったな!」
 ジャックは病院のベッドで意識を取り戻したマテオを称えるようにそう言った。

「はい!」
 そういうマテオの目は自信とジャックに対する感謝に満ち溢れている。
 オリビアもマテオのやり切ったという顔を見て感無量の涙をその大きな瞳に浮かべている。

「流石にこの先は一人でやんなよ」
 ジャックはここからは専門外だ、とでも言いたげにその場を後にした。

 この最後のやり取りはジオにも見せた方が良かったのかもしれない。しかし、流れ上どうしても出来なかったのが残念ではあったが、取り敢えずジャックの任務は完了した。

 ジャックは宿に戻ると、珍しくピクシーとジオに今回の仕事の感想を漏らした。
「世の中にはオリビアみたいな女性もいるんだな。考えを改めさせられたよ」

 ジャックはあえてマテオのことには触れず、オリビアについて語った。これはジャックの本心でもあったが、ジオの記憶への探りでもあった。
 ジオはジャックのこの言葉を聞いて、感慨に満ちた笑顔を作って見せた。その笑顔はジャックに何かを語りかけているように見えたが、具体的な中身については分からなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

最強執事の恩返し~大魔王を倒して100年ぶりに戻ってきたら世話になっていた侯爵家が没落していました。恩返しのため復興させます~

榊与一
ファンタジー
異世界転生した日本人、大和猛(やまとたける)。 彼は異世界エデンで、コーガス侯爵家によって拾われタケル・コーガスとして育てられる。 それまでの孤独な人生で何も持つ事の出来なかった彼にとって、コーガス家は生まれて初めて手に入れた家であり家族だった。 その家を守るために転生時のチート能力で魔王を退け。 そしてその裏にいる大魔王を倒すため、タケルは魔界に乗り込んだ。 ――それから100年。 遂にタケルは大魔王を討伐する事に成功する。 そして彼はエデンへと帰還した。 「さあ、帰ろう」 だが余りに時間が立ちすぎていた為に、タケルの事を覚えている者はいない。 それでも彼は満足していた。 何故なら、コーガス家を守れたからだ。 そう思っていたのだが…… 「コーガス家が没落!?そんな馬鹿な!?」 これは世界を救った勇者が、かつて自分を拾い温かく育ててくれた没落した侯爵家をチートな能力で再興させる物語である。

勇者と魔王。異世界転生者たちと闘う!

藤原ぴーまん
ファンタジー
 ――――【魔王】、死す。  人類と魔族の大戦争/『世界大戦』。  その最終局面にて、【勇者】率いる“連合軍”は突如宿敵の消失を報される。  困惑する彼等の前に、  魔王を葬った異世界からの超越者/【転生者】が、その姿を現す。 「これよりこの世界は、我が貰い受ける――――」  かくして【勇者】たちは、  異世界転生者に戦いを挑む。  しかし、【転生者】の圧倒的チートスキルの前に大敗。敗北した“連合軍”は解体されてしまう。  そして。【勇者】はひとりとなり、  とある廃村の教会に封印された――――。  それから月日が経ち、【勇者】は復活を遂げる。  彼を救ったのは、他ならぬ【魔王】だった。  勇者と魔王。異世界転生者たちと闘う!  これより、はじまりはじまり――――。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

処理中です...