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第十五章
しおりを挟むーー侮っていたと認めざるを得ない。
眼前で繰り広げられる光景は想像していたものとあまりにも掛け離れている。最初に下していた評価を改めるべきだとエレオノーラは判断した。
誰の、とは言うまでもない。紅蓮院椿である。
飛鳥から報告は聞いていた。キキョウ、飛鳥と協力しアーサーにトドメを刺したのは椿だと。飛鳥が昔から事あるごとに話してきた少年だと言うことも知っている。正直に告白するならば飛鳥の過大評価だと思っていた。魔術師でも無いただの人間が魔術師や魔法使いに勝てる訳も無い。飛鳥と廃墟の魔女の二人で追い詰め、たまたま最後の一撃を与えただけだと。中学生の頃だったか、飛鳥が彼の剣技を褒めていたのも主観による美化された点が大いに含まれているだけだと勘違いしていた。
そんな考えは一刀の元に斬り捨てられた。
迫り来る黒炎を容易く裂き、意にも介さぬと佇む椿。誰が見てもわかる。対峙しているセシル・バルモンドと紅蓮院椿では圧倒的な迄の実力差があり、勝負にすらなっていない。
左眼が紅く輝く少年の溢れる魔力。聞いている。あれこそが誰もが渇望し狙う者の後が絶たない魔眼レシュノルディア。握られし刀は彼の魔法、月蝕。
されどそんな物はあまりにも瑣末。特筆すべきはそこには無い。
繰り出される剣閃。一太刀全てが異質過ぎる。
「くそっ!!!!」
セシルが叫ぶ。業火が龍を型取り唸りを上げ襲いかかるもまた切り伏せられて敢え無く散る。椿はまた、敢えて攻めない。セシルの次の行動を待つ。それは勝つ為の動きでは無い。対峙している相手の心を全力で叩きおる為だ。
詰まる所は技量の差。
絶対の魔力で身体能力を向上させている事などどうでもいい。魔眼で作られた魔剣。そんな次元の話では無いのだ。そんな物など彼の強さには関係ない。
神業にも等しきその刃。積み上げられた研鑽の賜物。
武器は違えどエレオノーラも武芸の心得はある。
紅蓮院椿の剣技は小手先の技術や単純な力による強引な物とは根本から違う。
一体、どんな修行をすればこの領域に至るのか。
武神、剣聖、この技を見れば千の称賛も足りない。色褪せる。
刀と一つに溶け込み混ざる。
魔術とは全く違う自分達では到底理解し得ないこの境地。魔法使いになり人外の力を用いて化物と呼ばれる者達と較べて、どちらが本当に怪物なのか。
ーーいや、失言か。これは彼に対する侮辱だ。
この技は、人が人でありながら超えるために磨いたものであろう。本来人間が持つ力。可能性。それを体現しているに過ぎないのだ。
片手間で狼の群れは全て屠った。本来であればすぐにでも椿の援護か飛鳥の後を追うべきである。
けれどもう少し、もう少しだけこの少年の強さを見させて欲しい。
愚かな我儘を、任務を忘れて見惚れる罪を今だけ許して欲しい。
それ程までにこの剣戟は美しいのだ。
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