魔法使いは廃墟で眠る

しろごはん

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第七章

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「これが噂に聞く駅という物ね」
 隣町までは電車で向かうため椿達は駅へとやって来ていた。椿達は創立記念日のため休日だが、世間では今日は平日。それも通勤ラッシュのほとぼりが冷めた時間帯、人の姿はまばらでしかない。
 それでも、
 「こんなにも大勢の人が集まっているのは初めて見たわ」
 と、キキョウはそんな感想を漏らす。
 「キキョウさんは駅を見るのが初めてなんですか?」
 「ええ」
 「キキョウの実家は田舎だったから」
 「そうなんですか」
 飛鳥が疑問を抱き、椿がすかさずフォローする。些細な疑問からキキョウが魔術師であることがばれる可能性もある。魔術という存在が秘匿されなければならない物なのかは椿の知るところではないが、飛鳥を危険なことに巻き込むわけにはいかないだろう。
 「はい、これはキキョウの分」
自分とキキョウの分の切符を買い、一つを渡す。
「これは何?」
「これをあそこの改札機に通すんだよ」
キキョウが当然の如く疑問符を浮かべたので、説明し、手本を見せるために先に改札を通った。
 「さ、やってみて」
 こくりと頷き、恐る恐る切符を改札にいれる。音を立てて切符を飲み込んだ改札が道を開き、それを見たキキョウはどこか勝ち誇ったように歩き出した。
 バタン。
 改札機のドアが閉められる。キキョウが渡りきる前に。
 「…………」
 暫し無言。改札機に道を遮られたキキョウはドアに引っ掛かっていた。その様子を見ていた飛鳥は、「私、駅員さん呼んできますね」と残し、立ち去った。
 (何故そうなる!?)
 心中でつっこみを入れる。一部始終を見ていたが何故そうなったのか理解できなかった。
 「椿くん、大変よ。引っ掛かったわ」
 「ああ、見たらわかるよ」
 「電車に乗るのって難しいのね。現代社会に生きる人達は皆この高度な技術を身に着けているの?」
 「確かにみんな電車には乗るけど、改札を通るのに高度な技術は要らない」
 「そう、どうやら私がこの社会で生きるのはとても難しいみたいね」
なんてコントをしていると、飛鳥が呼んできてくれた駅員がやってきた。駅員は改札機を弄り、険しい顔をしている。
どうも改札機の故障だったらしく、キキョウはそのまま通して貰うことができた。
 「災難でしたね」
 なんとか駅のホームに到着したキキョウに、飛鳥が苦笑交じりで言い、
 「世の中って不条理ね」
 どこか遠い目をしながらキキョウが答えた。
 それとほぼ同時にホームにアナウンスが響き、目当ての電車がすぐに来た。
 当然のことながら電車に乗るのも初めてなキキョウは、意外にも静かに席に座り、向かいの車窓から外の景色を見ているだけだった。
 この二、三日の間、彼女に振り回されっぱなしで忘れかけていたが、キキョウは基本的に冷静だ。非常識な行動が目立つが、それは物事を知らないだけだろう。寧ろ、その仕草には見る者を惹きつける洗練された美しささえある。もしかしたら高貴な家の生まれなのかも知れない。
 隣町にはすぐに着いた。車内にアナウンスが流れ、電車が徐々に減速し、ホームに着いたところで停車する。
 ホームから出る時に、またキキョウが改札機に引っ掛かるんじゃないかと心配したが、杞憂に終わった。改札から出る時にキキョウが誇らしげにしていた気がする。
 「キキョウさんは自分の好みの服とかありますか?」
 「いいえ、特にないわ」
 駅から外に出て、どこのお店を回るかの相談中である。女性のファッションに疎い椿は全く戦力にならないが、そのための飛鳥だ。
学校中の尊敬の的である飛鳥は当然の事ながらそっち方面にも明るい。
とはいえ、決して流行に流されている訳ではなく、本人曰く、自分の着たい物を着ているだけらしいが、今日も落ち着いた服装で清楚な飛鳥によく似合っている。
 「それじゃあ私のよく行くお店を中心に適当に歩きましょうか」
 「そうしようか、飛鳥さんなら間違いないだろうし」
 「わかったわ」
 目的地が決まり、飛鳥を先頭に歩き出す。都市開発が進んでいるこの町は、平日でも活気がある。椿達の地元の駅よりも大勢の人がいた。
 普段からたまに来る椿達はこの人ごみにも慣れたものだが、キキョウは見る物全てが珍しいようで、常にきょろきょろと周囲に目をやりながら歩いている。
 「着きましたよ」
 少し歩いたところで、飛鳥が女性専門の服屋の前で立ち止まった。可愛らしい雰囲気で、今時の女性が好みそうなお店である。
 「では、椿くんは少し時間を潰して来てください」
 「え、なんで?」
 「ここからは女の子の世界ですよ」
 「でも……」
 「キキョウさんの事は私に任せてください」
 さ、早く、と飛鳥にしては珍しく強引に椿の背中を押した。その強引さに、椿も渋々了承する。一瞬だけキキョウの方を見やる。眼が合った。グッと、親指を立てられた。
結局椿は時間を潰すために、適当に街をぶらつくことにした。
 (し、心配だ)
 しかし、二十分ほど歩いた所で限界を迎えてしまう。
 いや、街を散歩している時も気が気ではなかった。
 飛鳥がついているとはいえ、キキョウは上手くやれているだろうか。
 初めて入るお店で、不安に駆られていないだろうか。
 悪徳商法に嵌っていたりは?
 迷子になって自分を探していたりするかもしれない。
 店に強盗が入ってきて、人質にされている可能性もある。
テロリストに誘拐されて自分の助けを待っていることも――

 ――駄目だ。
 
 「今いくよ! キキョウ!!」
 後ろに振り返り、来た道を全力で駆ける。周囲が不審な目で椿を見ているが、本人は全く気付いていない。頭の中には既にキキョウの事しかなかった。
 二十分掛けて歩いた道を三分で。飛鳥達と別れた店まで戻ってきた。
 その勢いのまま店内へ――などということはしない。
 確かにキキョウのことは心配だ。今すぐにでも店内に乗り込んでやりたい気持ちでいっぱいである。
 しかし、キキョウが自分から離れているというこの状況は、彼女が成長するチャンスでもある。
 学生である椿は、常にキキョウと一緒にいることは出来ない。寧ろ、半日以上も離れ離れになることになる。なによりも彼女にもプライベートというものがあるだろう。
 つまり、彼女は一人でも生活できるようになる必要がある。
 今はそのまたとないチャンスなのである。そのチャンスを潰すようなマネをするほど愚か者ではないと椿は自負している。
 だからこそ、椿は今の自分に出来る事をする。
 (がんばれ、キキョウ!)
 店の壁に手を掛け、窓まで伝う。そっと店内を覗き込んだ。店内には、外観と同じく可愛らしい雰囲気が漂っている。女性向けの店に入ったことのない椿にとっては未知の世界である。

 今の自分に出来ること――それは、キキョウを見守り、応援することだ。

(あれ? キキョウはどこだ?)
 しかし、店内には店員と思わしき人達と、数人の客がいるのみ。キキョウは愚か、飛鳥の姿も見当たらない。
 そんなはずはないと、注意深く店内の様子を窺う。
 (いた)
 店内の隅の方。試着室の前で飛鳥を見つけた。キキョウの姿は見えない。恐らく、試着中なのだろう。
 シャッ、試着室のカーテンが勢いよく開けられた。中からキキョウが出てくる。
 下着姿で。
 (なっ――)
 キキョウは可愛らしいフリルが特徴的な黄色いキャミソールを着ていた。黒のイメージが強いキキョウに敢えての黄色。彼女が本来持っている少女としての一面が強く押し出されている。
 (グッド!!)
その普段とは違う姿に椿は心が奪われていた。
 (って、何をやってるんだ僕は!)
 やっと飛鳥の強引さの理由がわかった。仕方なかったとはいえ、女の子の着替えを覗くなどという愚行をしてしまったことに罪悪感を覚える。
急いで壁から降りようとすると、下が騒がしいことに気付いた。
 (ん?)
 気になって下を見る。周囲から不審な目で見られていた。遠くからは警察がやってきているのが見える。
 (ヤバい!)
 何故自分が周囲の注目を集めているのか椿にはわからないが、警察のお世話になるわけにはいかない。
 迷うことなく壁から飛び降りる。膝をクッションにして着地の衝撃を上手く逃がす。
 前を見据える。群がっていた人達が椿を避けるように道を開けた。
 警察の制止の声が遠くから聞こえてくる。体力には自信がある。今から走れば逃げ切れるだろう。
 声を無視し地を駆けた。椿を止める者はいない。
 (僕が見守れるのはここまでか――がんばれ、キキョウ! 飛鳥さん、後は任せた!)
 自分が完全に不審者になっていることに気付かぬまま、少年は都会の街を逃げ回る
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