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プロローグ
名物姫
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それは、肥沃な土地に生じた王国だった。決して少なくない戦乱を経た上で成されたその国は、主な都市については、敵の攻撃を阻む高い壁によって囲われたものであった。
そして、標高にして百メートルほどと思しき<山>を利用して築かれた最も大きな都市はそれこそ一目見ただけで堅牢な城砦を思わせる作りだった。しかも、山の上に作られているにも拘らずたっぷりとした水量の流水に満たされた石造りの水路がいくつも設けられている。どうやら風車を利用して地下水を汲み上げ、溜め池を作り、水を流しているらしい。
動力と言えるものはその風車や、水路に設けられた水車くらいではあったものの、それなりに発達した文明であることを窺わせるものだった。
と、
「とあーっ!!」
清涼な空気を切り裂くような叫び声。いや、<気合>か。それが届いてくると、水路を利用して野菜を洗ったり洗濯をしていた人々が、
『またか……』
という苦笑いを浮かべた。その声の主のことをよく知っているのだろう。城砦都市の最も高い位置に築かれた城壁の中から届いてきたその声の主を。
「エギナ様は本当にお元気で」
「ほんにほんに……」
城壁に視線を向けてやはり苦笑いを浮かべていた荷車を牽いた男性が漏らした言葉に、水路で洗い物をしていた年配の女性が相槌を打つ。
<エギナ様>
人々が口にしたその名は、<ベル・ルデニオーラ王国>の王の娘にして、ここ城砦都市<ルデニオン>では知らぬ者はいないという<名物姫>だった。
もっともそれは、あまり好ましい意味ではない名声だが。
なにしろまるで獣のように気性が激しく、身の丈ほどのある木剣を手に大人相手でさえ怯まず挑みかかっていく、とても<一国の姫君>とは言えない振る舞いをする少女であったからだ。その彼女が、また、兵士を相手に大立ち回りを繰り広げているのだろうと、誰もが思った。
しかし、やはりそういう振る舞いは<姫君>としては相応しいとは言い難く、実はすでに王位継承権は剥奪されていのだという。そして今は、代々、王に仕えてきた家臣である有力貴族に養子に出されているとのことだった。なにしろわずか三歳の頃にはすでに、
『この者はいずれ必ず我が国に災いをもたらす』
とまで言い出す者が少なからず現れ、<処刑>も視野に処遇を巡って喧々諤々の議論が交わされたりもしたくらいだったのである。それでも彼女の父親である王は、
「これの力はいつかこの国の力になる」
と断じて、最も信頼できる家臣に預けたのだというそれは、
「わたしはいつかえいゆうになる!」
が口癖の少女であった。
そして、標高にして百メートルほどと思しき<山>を利用して築かれた最も大きな都市はそれこそ一目見ただけで堅牢な城砦を思わせる作りだった。しかも、山の上に作られているにも拘らずたっぷりとした水量の流水に満たされた石造りの水路がいくつも設けられている。どうやら風車を利用して地下水を汲み上げ、溜め池を作り、水を流しているらしい。
動力と言えるものはその風車や、水路に設けられた水車くらいではあったものの、それなりに発達した文明であることを窺わせるものだった。
と、
「とあーっ!!」
清涼な空気を切り裂くような叫び声。いや、<気合>か。それが届いてくると、水路を利用して野菜を洗ったり洗濯をしていた人々が、
『またか……』
という苦笑いを浮かべた。その声の主のことをよく知っているのだろう。城砦都市の最も高い位置に築かれた城壁の中から届いてきたその声の主を。
「エギナ様は本当にお元気で」
「ほんにほんに……」
城壁に視線を向けてやはり苦笑いを浮かべていた荷車を牽いた男性が漏らした言葉に、水路で洗い物をしていた年配の女性が相槌を打つ。
<エギナ様>
人々が口にしたその名は、<ベル・ルデニオーラ王国>の王の娘にして、ここ城砦都市<ルデニオン>では知らぬ者はいないという<名物姫>だった。
もっともそれは、あまり好ましい意味ではない名声だが。
なにしろまるで獣のように気性が激しく、身の丈ほどのある木剣を手に大人相手でさえ怯まず挑みかかっていく、とても<一国の姫君>とは言えない振る舞いをする少女であったからだ。その彼女が、また、兵士を相手に大立ち回りを繰り広げているのだろうと、誰もが思った。
しかし、やはりそういう振る舞いは<姫君>としては相応しいとは言い難く、実はすでに王位継承権は剥奪されていのだという。そして今は、代々、王に仕えてきた家臣である有力貴族に養子に出されているとのことだった。なにしろわずか三歳の頃にはすでに、
『この者はいずれ必ず我が国に災いをもたらす』
とまで言い出す者が少なからず現れ、<処刑>も視野に処遇を巡って喧々諤々の議論が交わされたりもしたくらいだったのである。それでも彼女の父親である王は、
「これの力はいつかこの国の力になる」
と断じて、最も信頼できる家臣に預けたのだというそれは、
「わたしはいつかえいゆうになる!」
が口癖の少女であった。
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