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平穏無事

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日葵ひまりが卒業して学校に来なくなると、真猫まなは、日葵ひまりを探すかのように教室を見回すようになった。

泣いたり、落ち込んだりというほどではなかったが、彼女なりに変化を感じているのだろう。

そこに、休憩時間になったことで琴羽がやってきた。

すると、

「なに? 日葵ひまりがいないのが寂しいの?」

と、指摘するように言った。真猫まなの仕草を見てその心情を察するかのようなことを口にしてみせのだ。

以前ならばそこで、

『何メソメソしてんの。バカじゃないの?』

的なことを口走っていただろうところが、そうではなくなっていた。

事情を知らない人間から見ればそれが普通でも、以前の琴羽をよく知る人間からすればこれは劇的と言っていい変化だった。目を疑うレベルだろう。

しかし玲那はそれを自分の功績のようには決して言わなかった。そういう形で報告もしなかった。あくまで琴羽が自ら態度を改めたかのように学校へは報告していた。

彼女は、功績になど関心がなかったからだ。それに拘り過ぎて道を踏み外した者を何人も見てきたこともあり、ただ毎日が平穏に送れればそれでいいと考えていた。

特に今は、真猫まなの成長を見守れればそれでよかった。真猫まなの傍には桃弥とうやもいる。二人の存在が彼女を満たしてくれた。

学校での授業が終わる頃、桃弥とうや真猫まなを迎えに来た。そして、真猫まなと、桃弥とうやと、玲那と、琴羽の四人で笹蒲池家の母屋へと向かう。

「おかえりなさいませ」

家では、ハウスキーパーであり、琴羽の母親でもある椎津琴乃しいづことのが迎えてくれた。

琴羽も琴乃も、お互いにこれといって言葉を交わすでもなく、しかし険悪なムードで互いを無視するのでもなく、ただお互いに穏やかにそこにいるだけだった。家でもだいたいその感じだそうだ。

宿題は笹蒲池家で済ましていくし、イラついている訳でもないので琴乃の方も特に構う必要がなくなったらしい。

冷めきった親子関係ではあるものの、今はまだそれでいいと玲那も考えていた。何でも一朝一夕で劇的に変化するものではない。とりあえずはお互いに平穏でいることがいかに安らぐかを実際に経験してもらえばいいと思っていた。

そこに、

「こんにちは」

と、日葵ひまりがやってきた。彼女は中学校でも、特別支援学級に編入され、その特徴に合わせた指導が行われることが決まっている。

必要なのは、平穏無事であること。波風を立てる必要は、全くなかったのである。

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