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心の平穏
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椎津琴乃は笹蒲池家に来ることによって問題の多くを解決することができたが、同じように笹蒲池家に来れば誰もが問題を解決できるのかと言えば、それはまったく違うと思われる。
人間に向き不向きがあるように、合う合わないもあるのだから。
桃弥のようなタイプの人間と反りが合わない人間が笹蒲池家に来れば逆に強いストレスを感じ、新たな問題を引き起こす可能性も高い。
そしてそれは、表向きの性格だけでは分からない。なにしろ、椎津琴乃にしても、気性の激しいところがあり、いかにも人畜無害で自分の意見や気持ちを表に出そうとしないタイプのことは、『辛気臭い』『うじうじしてる』と嫌っていたのだから。
だが実際には、彼女は桃弥のようなタイプを毛嫌いしていたのではなく、自分のように些細なことで頭に血を上らせていちいちカッカしていた人間との器の違いを見せ付けられていたような気がして勝手に敵視していただけである。
だからそんなことは別に必要のない、意味のないことだと気付けば無駄に感情的になることもなくなったのだ。
彼女は本当は、
『そんなに気を張らなくていい』
『もっと気楽に考えていい』
と思わせてくれる相手が必要だったのだ。
彼女の元夫は、人生を舐め切って気楽に考えている人間だったが、そういうのとは違う。元夫がそんな人間だったから彼女は『自分がしっかりしなくては』と追い詰められてしまったのだ。元夫がせめて自分のことは自分でできる人間であれば違ったのかもしれないが、箸の上げ下げすら妻にやらせようとするような人間だったことが不幸だった。
その点、桃弥は、自分のことは自分でできる上で、あくまで<仕事>としてハウスキーパーである彼女に依頼しているだけという部分で彼女の元夫とはまるで違っていた。
契約に基づいての仕事の依頼なので、契約以外のことについてはやる必要もない。引き受けたくないのなら断ったってかまわない。<契約>とは、双方の合意の下で行われることなのだから。
<結婚>とは、決して『家政婦を雇う』ことでも『社員を雇う』ことでもない。もしそうだとするなら<労働の対価>として給与を支払う必要があるが、それが支払われる事例はまずない。<養ってやってる>というのは、<労働の対価>ではない。
ましてや彼女の夫は、『養って』さえいなかった。ただ子供のように彼女に依存していただけだ。本当に子供ならまだ許せたとしても、いい歳をした大人だったのだから、そんなことをいつまでも許さなければいけない義理もない。
かくして彼女は過剰なストレスの一番の原因であった元夫を見限り、次に彼女に過度なストレスを与えていた<理想の母親像>という呪縛から解き放たれ、ようやく心の平穏を得たということなのだろう。
そして今日も、猫のように裸で家の中を巡回する真猫の姿を横目に見ながら、彼女は無理なく<仕事>をこなすのである。
人間に向き不向きがあるように、合う合わないもあるのだから。
桃弥のようなタイプの人間と反りが合わない人間が笹蒲池家に来れば逆に強いストレスを感じ、新たな問題を引き起こす可能性も高い。
そしてそれは、表向きの性格だけでは分からない。なにしろ、椎津琴乃にしても、気性の激しいところがあり、いかにも人畜無害で自分の意見や気持ちを表に出そうとしないタイプのことは、『辛気臭い』『うじうじしてる』と嫌っていたのだから。
だが実際には、彼女は桃弥のようなタイプを毛嫌いしていたのではなく、自分のように些細なことで頭に血を上らせていちいちカッカしていた人間との器の違いを見せ付けられていたような気がして勝手に敵視していただけである。
だからそんなことは別に必要のない、意味のないことだと気付けば無駄に感情的になることもなくなったのだ。
彼女は本当は、
『そんなに気を張らなくていい』
『もっと気楽に考えていい』
と思わせてくれる相手が必要だったのだ。
彼女の元夫は、人生を舐め切って気楽に考えている人間だったが、そういうのとは違う。元夫がそんな人間だったから彼女は『自分がしっかりしなくては』と追い詰められてしまったのだ。元夫がせめて自分のことは自分でできる人間であれば違ったのかもしれないが、箸の上げ下げすら妻にやらせようとするような人間だったことが不幸だった。
その点、桃弥は、自分のことは自分でできる上で、あくまで<仕事>としてハウスキーパーである彼女に依頼しているだけという部分で彼女の元夫とはまるで違っていた。
契約に基づいての仕事の依頼なので、契約以外のことについてはやる必要もない。引き受けたくないのなら断ったってかまわない。<契約>とは、双方の合意の下で行われることなのだから。
<結婚>とは、決して『家政婦を雇う』ことでも『社員を雇う』ことでもない。もしそうだとするなら<労働の対価>として給与を支払う必要があるが、それが支払われる事例はまずない。<養ってやってる>というのは、<労働の対価>ではない。
ましてや彼女の夫は、『養って』さえいなかった。ただ子供のように彼女に依存していただけだ。本当に子供ならまだ許せたとしても、いい歳をした大人だったのだから、そんなことをいつまでも許さなければいけない義理もない。
かくして彼女は過剰なストレスの一番の原因であった元夫を見限り、次に彼女に過度なストレスを与えていた<理想の母親像>という呪縛から解き放たれ、ようやく心の平穏を得たということなのだろう。
そして今日も、猫のように裸で家の中を巡回する真猫の姿を横目に見ながら、彼女は無理なく<仕事>をこなすのである。
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