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宿角玲那の認識

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今日も一時間だけの授業が終わり、彼女は他の生徒達に見送られ、宿角玲那すくすみれいなに連れられて校門へと向かった。他の生徒達から『さようなら』と声を掛けられた時、やはり彼女は僅かに首をかしげる仕草を見せ、玲那はそれを見逃さなかった。

『また、あの仕草…もしかして……挨拶のつもりかも…?』

彼女自身が自覚して意図的にやっているかどうかはまだ分からないが、これが彼女なりの挨拶ではないかと玲那は改めて推測した。それは、猫が尻尾で挨拶をしたりする様子に似ていると言えるのかもしれない。人間には分かりにくいが、猫には猫の挨拶があるように、彼女には彼女なりの挨拶があっても不思議ではないだろう。

『でも、早計はいけませんね。慎重に、慎重に』

と、玲那は自分に言い聞かせた。

全てはまだ始まったばかりだ。玲那は、焦ってはいなかった。彼女がいつか、自分が生まれてきたことを喜べるようになればそれで十分だと思った。ただその為には、やはり最低限、人間社会にある程度は順応できなければそれも難しいと言えるだろう。

このまま彼女が順調に学校に通えたとしても、完全に<普通>になることは難しいのは分かっていた。

『だけど、彼女には彼女なりの幸せがあるはず。それをしっかりと掴めればそれでいい』

玲那はそう思う。そしてその為にも、彼女が穏やかに生きていける状況を作ってあげなければ。

こうして接しているだけでも分かる。彼女は決して高望みしない。

おしゃれな服を着て美しいアクセサリーを身に付けてスマホを持ち歩いて写真を撮ってそれをSNSにアップして『いいね』を貰う。

そういうことをこの少女は望まない。ただ平穏無事に毎日が過ごせればそれで満足できるだろう。

彼女は、真猫まなは、いわゆる<普通の人間>でないことは誰の目にも明らかだし、彼女を指して『普通』と称する者もまずいないに違いない。それでも、彼女はここに生きている。上手く周囲に合わせることはできなくても、彼女自身が意図して他人を攻撃することが無いのも、見ていれば分かる。

『猫のように気まぐれで、自由で、そしてただ日々をのんびりと過ごしたいだけなんだろうな』

そして今、彼女が預けられている笹蒲池桃弥ささかまちとうやなる人物は、彼女に過度な干渉をしない人間だということが分かっている。

『むしろそうやってある程度の距離を保ってくれる人の方が、きっと彼女には適してる。いい人に保護されたんじゃないかな』

並んで家に帰っていく二人の背中を見守りながら、玲那は、学校での真猫まなの穏やかな日常を守るのが自身の役目だと、改めて認識するのだった。

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