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初めての教室

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彼女の学校での時間は、まずは一時間だけだった。にこやか学級(=特別支援学級)とは言えど彼女のようなケースはさすがに前例もなければ参考になりそうな近い例もなかった。だからすべてが初めてであり手探りで行うことになるのだ。

だが幸いなことに、彼女に付けられた養護教諭の宿角玲那すくすみれいなは彼女のような特殊な事情を抱えた児童と何度も接してきた経験があり、その点で言えば現時点でこの学校に宿角玲那すくすみれいな以上の専門家はいないと言えた。

吉泉きっせん小学校の特別支援学級であるにこやか学級には、主に学習障害を伴った事情を抱えた子供達が在籍していた。その数十二人。それぞれの事情に応じたカリキュラムを組んでおり、主に三つのグループに分けられてそれぞれに教師が付き、指導が行われていた。そこに真猫まなが加わるということになる。

しかし、彼女については果たしてどの程度の学習能力があるのかということさえ未知数なため、まずは他の生徒と一緒の教室において大丈夫なのかということを確かめることにしたのだった。

「今日から皆さんと一緒ににこやか学級でお勉強することになりました、笹蒲池真猫ささかまちまなさんです。仲良くしてあげてくださいね。それと、こちらは宿角玲那すくすみれいな先生です。宿角先生も今日からこの教室で皆さんのお勉強を見てくださいます」

女性教師の一人が真猫まな宿角玲那すくすみれいなを教壇に立たせ、生徒達の前で紹介した。「はーい」と殆どの生徒が明るく返事をしてくれた。むしろ集団登校の班よりもよほど反応が良かった。が、それでも中には返事をしなかった生徒もいた。しかしこの場合は、それぞれ事情があるので教師は特に何も言わない。

「よろしくお願いします」

宿角玲那すくすみれいなは明るく笑顔でそう頭を下げたが、真猫まなは怪訝そうに教室の中を見渡すだけで言葉さえ発しようとしなかった。とは言え、生徒達の方も慣れているのか、特に気にする様子もないようだ。

新しく用意された机に、宿角玲那すくすみれいなに促されて彼女は着いた。

彼女は他の生徒に対しては特に関心を示そうとはしなかった。しかしそれは、変に関心を示されて無用なトラブルを起こされることを思えばむしろ都合が良いと言えた。そこで宿角玲那すくすみれいなは、彼女を無理に他の生徒と関わらせようとせず、幼児教育の教材と思しきひらがなの書かれた縦ニ十センチ横十五センチほどのカードを出してきて、それを彼女の前で声を出しつつリズムに乗せて一枚一枚示していったのだった。 

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