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家憑き童子の章

工房

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「ごめんな。もっと遊んでいたかっただろ……?」

エリカと呼ばれた少女と一緒に歩きながら、青年はそう切り出した。

するとエリカは、

「うん……」

と頷く。でもすぐに、

「でもでも、分かってるよ。秋生しゅうせい

そう付け足して、青年を見上げた。

そんな少女に、秋生と呼ばれた青年が申し訳なさそうに微笑んだ。

「エリカは偉いな……」

それから二人は一件の家に入っていった。

決して大きくはないものの、その周囲に建っている家に比べるとどこかモダンな印象もある、しっかりした作りの家だった。

玄関には、神河内かみこうち製作所と看板が掲げられている。

秋生が扉を開けると、そこには大小様々な人形と、建築物の模型がいくつも並んでいた。

どうやら人形や模型を製作する工房のようだ。

秋生とエリカはその工房を通り抜け、奥の障子を開けてそこに続く廊下を歩く。そして突き当りの部屋へと入った。どうやらそこが居間のようだ。おそらく、住宅兼工房なのだろう。

居間に入ると、割烹着を着た中年女性が現れて、

「夕飯の用意はできております」

と丁寧に告げてきた。家政婦ということらしい。

「ありがとう。じゃあすぐに夕飯にしよう」

そう言って秋生とエリカは食事にしたのだった。



その一部始終を、さくらは見ていた。二人と一緒に家にまで上がり込んだのにまるで気付かれる様子がない。まるで幽霊にでもなったかのように。

だがそれについては何か違和感も覚えなかった。この辺りはいかにも夢らしいデタラメさと言えるかもしれない。

なのにさくらは同時に何とも言えないリアルさも感じていた。

この光景がかつて存在した現実のそれだと思ってしまった。

『あの人形は、この子がモデルだったのか。そして、この秋生という人があの人形を作った……』

人形が作られたのが第二次大戦中であったとしたらもう少しそれらしい雰囲気もあるだろうに、エリカが子供達と鬼ごっこをしていた時もまさに平和そのものの様子だった。だから、

『もしかすると戦争が始まる前の光景だったのかも……』

不思議とそんなことも考えてしまう。

そしてその印象は当たっていたということだろうか。ちゃぶ台の上に置かれた新聞には、『昭和十二年』の印字が。

『じゃあやっぱり、あの人形は彼女がもっと大きくなってから作られたもの……?』

さくらはそう思った。

と、その瞬間、ふわあっと浮かび上がるような感覚に包まれた。そして自分の意識が急速に覚醒していくのが分かる。

『……夢……?』

自分が夢を見ていたことを改めて悟ったさくらの隣では、あきらが安心しきった顔で寝ていたのだった。

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