29 / 291
エンディミオンの章
暗闇に潜む者
しおりを挟む
ミハエルの言う吸血衝動が高まる満月の夜まであと三日。
しかし二人の生活ぶりは特に何も変わるところがなく、穏やかで淡々としたものだった。
だがそんな二人とはまったく別のところで、新たな出逢いがあった。
その日、月城さくらは担当している作家、蒼井霧雨の原稿のチェックを終えてようやく帰宅の途に就いたところだった。
『はあ……相変わらず好き勝手書いてるんだから……あのままじゃ使えませんよ、先生』
口には出さずにそうぼやきながら、最終電車に間に合わせようと早足で歩いていた彼女は、ふと何かの気配に気付いて背後を窺った。
『誰か、ついてきてる……? ああでも……』
たまたま歩く方向が同じだけの無関係な人を、つい『尾行してる?』と思ってしまいがちなのはよくあることだろう。
さくら自身も、そういうことは何度もあった。だから今回もそれだろうと自分でも思った。
だが、誰もいない。
『気のせい……かな……?』
そう思い再び正面に向き直って歩き出そうとした時、
「おい、お前……!」
不意にそう声を掛けられて、体がビクンと跳び上がりそうなほど跳ねてしまった。
「…な……っ?」
心臓がドコドコとやかましいほどに激しくなる中、声のした方に視線を向けた暗がりの中に、人影が映る。
「あ…え…? 子供……?」
子供だった。いや、『子供に見えた』と言うべきか。小柄で、華奢で、それでいて不思議な力感を見る者に与えるシルエット。
どこか、野生の獣のようにさえ思える<それ>は、街灯の光が十分に届かない暗闇の中から彼女を見ていた。まさに獣のそれのように、爛々と光る眼で。
「お前、臭うな……」
「え? 臭うって……」
『臭う』と言われて彼女は思わず自分の腕を顔に近付けて臭いを嗅いでしまった。昨日も風呂には入ったものの、何だかんだと汗もかいたし、それが臭うのかと思ってしまったのだ。
しかし、<人影>はそんな彼女に向かって言い放つ。
「違う…! お前、最近、吸血鬼に会っただろう? 微かだが吸血鬼の臭いがする。移り香だ。お前の周りにいる人間の誰かが、吸血鬼に憑かれたな…?」
「は…はい……?」
何を言われているのかすぐには理解できず、呆然となる。するとその<人影>は察しの悪い彼女に苛立ったように、
「鈍い奴だ…! いや、魅了の力で認識を書き換えられたか……?」
などと呟きながら、右手を胸の前に掲げ、指先で空中に円を描くように動かし、さらに虚空に描いた円を切り裂くように手を鋭く振り下ろした。
その瞬間、
「……あ…?」
と、さくらは何かに気付いたようにハッとなったのだった。
しかし二人の生活ぶりは特に何も変わるところがなく、穏やかで淡々としたものだった。
だがそんな二人とはまったく別のところで、新たな出逢いがあった。
その日、月城さくらは担当している作家、蒼井霧雨の原稿のチェックを終えてようやく帰宅の途に就いたところだった。
『はあ……相変わらず好き勝手書いてるんだから……あのままじゃ使えませんよ、先生』
口には出さずにそうぼやきながら、最終電車に間に合わせようと早足で歩いていた彼女は、ふと何かの気配に気付いて背後を窺った。
『誰か、ついてきてる……? ああでも……』
たまたま歩く方向が同じだけの無関係な人を、つい『尾行してる?』と思ってしまいがちなのはよくあることだろう。
さくら自身も、そういうことは何度もあった。だから今回もそれだろうと自分でも思った。
だが、誰もいない。
『気のせい……かな……?』
そう思い再び正面に向き直って歩き出そうとした時、
「おい、お前……!」
不意にそう声を掛けられて、体がビクンと跳び上がりそうなほど跳ねてしまった。
「…な……っ?」
心臓がドコドコとやかましいほどに激しくなる中、声のした方に視線を向けた暗がりの中に、人影が映る。
「あ…え…? 子供……?」
子供だった。いや、『子供に見えた』と言うべきか。小柄で、華奢で、それでいて不思議な力感を見る者に与えるシルエット。
どこか、野生の獣のようにさえ思える<それ>は、街灯の光が十分に届かない暗闇の中から彼女を見ていた。まさに獣のそれのように、爛々と光る眼で。
「お前、臭うな……」
「え? 臭うって……」
『臭う』と言われて彼女は思わず自分の腕を顔に近付けて臭いを嗅いでしまった。昨日も風呂には入ったものの、何だかんだと汗もかいたし、それが臭うのかと思ってしまったのだ。
しかし、<人影>はそんな彼女に向かって言い放つ。
「違う…! お前、最近、吸血鬼に会っただろう? 微かだが吸血鬼の臭いがする。移り香だ。お前の周りにいる人間の誰かが、吸血鬼に憑かれたな…?」
「は…はい……?」
何を言われているのかすぐには理解できず、呆然となる。するとその<人影>は察しの悪い彼女に苛立ったように、
「鈍い奴だ…! いや、魅了の力で認識を書き換えられたか……?」
などと呟きながら、右手を胸の前に掲げ、指先で空中に円を描くように動かし、さらに虚空に描いた円を切り裂くように手を鋭く振り下ろした。
その瞬間、
「……あ…?」
と、さくらは何かに気付いたようにハッとなったのだった。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる