絵里奈の独白

打算と妥協と体裁

『良かった…。沙奈子ちゃん頑張ってた…、良かった…』

思わずそう言葉を漏らした私を、玲那が支えてくれてた。泣きながら。玲那も沙奈子ちゃんの姿を見て抑え切れなかったみたいだった。

山下さんも……。

そうだよ。いい歳をした大人がこんな風に泣いてるのを変に思う人もいるかもしれないけど、沙奈子ちゃんがどれだけ辛い境遇にいたか知ってれば、あの姿に込み上げてきちゃうのはぜんぜん変なことじゃないと思う。

一緒に海に行った時にはずっと顔を強張らせてた彼女が、あんなにいい笑顔ができるようになったんだ…。

それはきっと山下さんのおかげ。彼と巡り会えたから、沙奈子ちゃんは救われたんだ……！。



ハードル走が終わって、私達は沙奈子ちゃんの席の方へ戻った。

「沙奈子ちゃん、頑張ったね～！」

席に戻ってきた沙奈子ちゃんの姿を見付けて、玲那がそう声を掛けた。すると沙奈子ちゃんも、嬉しそうに頷いてた。自慢げな感じにも見えた。

「沙奈子ちゃん…、すごい…、ホントすごい、頑張ってた…」

私はまだ涙が収まらなくて、顔を手で覆いながらそう言った。すると沙奈子ちゃんが私に近付いてきて、優しく見上げながら体を撫でてくれた。それがまた嬉しくて込み上げてきちゃう。

沙奈子ちゃん…、沙奈子ちゃん…、どうしてそんなに優しいの…？。どうしてそんなにいい子なの…？。

もっともっと他人を恨んで世の中を憎んで怖い顔になってても何もおかしくないのに、あなたはどうしてそんなに穏やかでいられるの……？。

それもきっと、山下さんのおかげなんだろうな。彼の力だけじゃなくても、彼が優しい人を沙奈子ちゃんの周りに呼び寄せてくれたから、沙奈子ちゃんがこんなに優しくいられるんだろうな……。

「よく頑張ったね、沙奈子」

そう声を掛ける彼に、「うん！」と一層嬉しそうに頷く彼女の姿が、何よりもそれを物語ってる気がする。

沙奈子ちゃん…。

山下さん…。

私、二人のことが大好き……！。

私やっぱり、二人とも一緒にいたい。私と玲那と沙奈子ちゃんと山下さんの四人で一緒にいたい！。家族になりたい……！。

運動会を見てこんなこと考えるのって変なのかもしれない。でも、変でもいい。他人になんて思われたって関係ない。私は沙奈子ちゃんも山下さんのことも好き。だから一緒にいたいの。今すぐは無理でも、いつかは…！。

私は、両親には恵まれなかった。私が生まれたことを、両親は喜んでくれてなかった。『つまらない失敗作が来た』くらいにしか思ってなかったのは知ってる。そんな両親と同じ失敗はしない。打算と妥協と体裁だけで結婚したあの人達とはね……！。