上 下
69 / 126

認識の更新

しおりを挟む
あの<獣人の青年>がいずれまた姿を現すかもしれないものの、イティラとウルイの暮らしそのものは大きな変化はなかった。

ただ、イティラがさらに自分自身の中にある<力>を意識して磨くようにしていたというのはある。

すると、彼女の表情が変わってきた。それまでの、力強さもありながら同時にどこかあどけない<子供らしさ>を強く感じさせるものだったのが、きりりと洗練されたものになっていたのだ。

「……!」

何気なく彼女を見たウルイがハッとしてしまう程度には。

ただただ可愛らしいだけの子供ではなくなり、自分の足で立ち自分の力で自らを生かすだけじゃなく、自分の大切な誰かを守ろうとする<大人>に変化していったのだと思われる。

そしてそれは、ある種の<美しさ>でもあっただろう。

「…? 何?」

ウルイが自分を見詰めていることに気付いて、イティラが問い掛ける。

「あ、いや、なんでもない。ただ、大きくなったなと思ってな……」

そう返したウルイの表情に、今度はイティラがハッとなる。

どこか照れくさそうにしている表情に見えたのだ。

『え? まさか、照れてる……?』

これまでほとんど見せたことのないそんな彼の姿に気付いて、思わず頬が緩んでしまった。でもそうなると途端に子供っぽい顔付きになってしまう。だからまだまだあどけなさが抜けたわけではなかった。あくまでこれまで以上に成長しているというだけだろう。

けれど、彼女の中で改めて、

<自らの力で生きる者>

としての自覚が形になりつつあることもまた、間違いない。

ウルイに助けられるだけじゃない、導かれるだけじゃない、彼を助け、時には導くことさえできる<対等な存在>に、彼女はなろうとしている。

そしてそれは、他人からは<親子>のようにも見えたであろう二人の関係自体が変化しつつあることも表していた。

無責任な赤の他人から何を言われようとも揺るがない<選択>ができるようなそれに。

とは言え、今はまだその端緒に付いただけでしかないこともまた事実。

ウルイから見れば彼女が<子供>なのも、やっぱり事実なのだ。

だから『そういう目』でイティラを見ることもない。あくまで<幼い同居人>でしかない。

それを覆すにはまだ時間は必要だった。

ここでは、一般的には十五前後で<成人>として認められることになる。せめてその辺りまでは成長する必要もあるだろう。

それに何より、これまでずっと<幼い同居人>としてイティラを見てきたウルイの認識が更新されるにも時間が必要だ。

焦ることはない。焦ったところで時間が早く進むことはないのだから。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...