生まれきたる者 ～要らない赤ちゃん引き取ります～

生まれきたる者

万が一の事態

蓮華が屈強な探偵を監視に付けさせたのは、決して健雅を打ちのめすためじゃない。

たとえ万が一の事態でも探偵自身に被害がないように自分で自分の身を守れる人物が選ばれたということだ。

たとえ一時的にぶちのめしたとしても、健雅は懲りることはない。むしろ余計に恨みを募らせ、どうにかして復讐しようとするだろう。それどころか、ただの憂さ晴らしで確実に自分より弱い相手に矛先を向ける危険性が非常に高い。

『類は友を呼ぶ』

という言葉もあるように、健雅の周囲にいた人間達の多くはそういうタイプだった。だから健雅もそうするのだ。彼らの間ではそれこそが＜常識＞だったから。

そういう点からも、子供のうちにそのような環境からは切り離すことが望ましいと思われる。

いい歳をして他人を威圧して優位に立とうとすることがやめられない人間の来歴を調べてみるのもいいかもしれない。

『少年法で守られる子供のうちに悪いことをやっておいた方がまっとうな大人になれる』

などという考えが正しいのなら、大人になってからも反社会性がなくならない人間が、自分の身の回りを思い浮かべただけでも、日常の中で出くわすだけでも、確実に思い当たるほどは数多く存在しないのではないだろうか？

＜上下のルール＞など、自身の理不尽な行いを正当化するための詭弁に過ぎないことはもうすでに暴かれているはずだ。

力で抑え付けなくとも、相手を一人の人間としてまっとうに敬うことができれば、最低限の礼節などそれなりに身に付くだろうに。

力で抑え付けなければそれが身に付かないと思っている時点で、それは他人を敬ってなどいない何よりの証拠だろう。

他人を敬っていれば、そもそもそんな発想も出てこないのではないのか？

いずれにせよ、これまで常識とされてきた考え方では健雅を変えられないことだけは、彼の行いをずっと追ってきた蓮華には分かってしまうのだ。

それでも見限ることをしない蓮華の想いも知らず、健雅は蓮華にもらった十万円を懐にタクシーを呼び止め、乗り込んだ。

それを見た探偵はすぐさま電話を入れ、少し離れた位置でバイクで尾行していた三人目の探偵にその旨を伝える。こうして追跡を続行すると、健雅は風俗店が立ち並ぶ地域でタクシーを降りた。どうやらパチンコの前にすっきりしようということのようだ。

確かに獄中では極度の禁欲生活を強いられる。なら、そちらを満たそうとするのも道理か。

いわゆる＜特殊浴場＞と呼ばれる店に入っていくのをバイクに乗った探偵は確認し、その店名を、タクシーで追ってきた二人に伝え、自身は店の裏口が確認できる位置へと移動した。店に入ったと見せかけて裏口から出て行く者がたまにいるからである。

まあもっともそれは、尾行に気付いているかそれを想定している人間がすることなので、今回の健雅はそこまで考えてはいないようだったが。