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妊婦体験

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「園長の様子はどうですか?」

蓮華と泰心たいしんが暮らしているプレハブに食事を届けに行った職員に、久人は問い掛ける。

まるで少女のような仕草で縋るように自分を見る彼に、その職員は穏やかに微笑みながら、

「大丈夫だよ。二人とも元気だから」

と応えてくれた。

それに久人もホッと胸を撫で下ろす。

とは言え、一人のためにここまでする蓮華に、久人は敬服するしかできない。

体はあんなに小さいのに、大人としての強さがある。

『僕も、園長先生みたいになれたらな……』

そんな風に自然と思えた。実の両親に対してはまったく思ったこともないものだった。欠片ほども尊敬できないし、見習いたいとも思えなかった。むしろ見習っちゃいけない人達だとさえ思っていた。

『園長先生みたいな人を<大人>っていうんだろうな……』

とも思う。

だから、少しでも蓮華に近付きたくて、久人も他の園児達と接した。

もちろん、灯安良てぃあらにも。

けれど、当の灯安良てぃあらはやはり部屋に閉じこもったまま言葉も交わそうとしない。代わりに阿礼あれいが、

「ごめんね」

と詫びてくれる。

「ううん。お腹に赤ちゃんがいるんだもん。大変なのも仕方ないよ」

そう応えた久人は、園の備品だった<抱っこ紐>を使って、そこに二キロの米袋二つを納めて、<妊婦>を疑似体験してみた。

普通、抱っこ紐は胸に赤ん坊を抱く形にするものだけれど、それをわざと腹のところに来るように付けてみたのだ。その状態で一日過ごしてみた。

職員達はそれを見て、すぐに察した。

『ああ、自分で妊婦体験してるんだな』

と。だから、

「上手いこと考えたね」

などと褒めてもくれた。

「はい、ありがとうございます」

久人は照れくさそうに応えたものの、この時、体の方はかなりきつかった。

とにかく背中が張って腰が痛い。バランスが悪くて動きにくい。だからといって休もうとしても仰向けになると苦しくていられない。

横向きになると床が米袋を支えてくれるから多少楽にはなったものの、

『お腹に赤ちゃんがいるとこんな感じにはならないんだろうな……』

と思えた。

実際、横向きになっても楽にならないと訴える妊婦はいる。

『ずっとこの状態でいなきゃいけないんだから、普通じゃいられないよね……』

だから灯安良てぃあらの態度については腹も立たなかった。自分も他人と苦しみを共有できなかった立場だったからというのもある。

人間はとにかく、他人の苦しみというものを過小評価する傾向にある。かと思うと逆に過大評価するタイプもいるので全員がそうではないものの、他人が感じている苦しみを小さく見積もって『甘えてる』などと言うのだ。

久人はそんな人間にはなりたくなかったのだった。

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