生まれきたる者 ~要らない赤ちゃん引き取ります~

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
124 / 283
斉藤敬三

自戒

しおりを挟む
酔っぱらって園に怒鳴り込んできた元職員をモップの柄で打ちのめそうとした敬三の頬を、梢の平手が捉えていた。

しかしそれに驚いたのは、ひっぱたかれた敬三ではなく、梢の方だったのだと思われる。

ハッという顔をして、

「ご、ごめんなさい…! 私……!!」

と、青ざめてしまったのだった。



結局、今回の件で、元職員は、この時所持していたバッグに包丁まで忍ばせていたことから、通報で駆け付けた警察官に、建造物侵入、銃刀法違反の現行犯で逮捕された。

その後、暴行及び威力業務妨害の容疑でも再逮捕され、検察へと送致された。本人は『酒を飲んでいて覚えていない』と容疑を否認したが、防犯カメラにも、梢を突き飛ばす様子や、敬三に向かって飛び掛かろうとする様子が鮮明に捉えられており、言い逃れることなどできなかったが。

さらにこの元職員は、妻や子供に対するDVでも刑事告訴されたという。かねてから日常的に妻や自分の子にも暴力をふるい、それを『躾だ!』と言い逃れてきたものの、ついに耐えきれなくなった妻が子供を連れて家を出てしまい、そのことが、今回の事件のきっかけになったようであった。

組合員でもあった当該元職員の起こした事件も原因となったのか、元職員らの<もえぎ園>に対する抗議行動は急速に勢いを失い、彼らが立ち上げた児童保護施設の職員の為の労働組合そのものは存続したものの、<もえぎ園>を相手取った労働争議についてはうやむやになる形で終息した。

そして、これらの件とは別に、敬三をひっぱたいてしまった梢は、体罰を固く禁じた園の規則により、一週間の自宅謹慎と、減俸十分の一(三ヶ月)の懲戒処分を受けることとなった。その規則を導入することになった張本人である梢自身が体罰を行ってしまったのだからと、彼女自身が厳しい処分を求めたのである。

だが、これに納得いかなかったのが、ひっぱたかれた当人である敬三だった。

「はあ? あん時、無茶したのは俺だろ? ひっぱたかれるくらい当然じゃんか! なんで先生が…!?」

と、園に隣接した梢の自宅にまで押しかけて抗議したが、そんな彼に向かって梢は静かに語ったのだった。

「敬三くん。先生は、自分で決めたルールを破ってしまったの。だから罰を受ける。これは当然のことなんだよ。どんな理由があったとしても、ルールを破ればそれなりの罰があるのが本来の姿なの。

だけど大人はこれまで、自分達が決めたルールを自分達で破って、しかもあれこれ言い訳を並べてそれをなかったことにしてきた。敬三くんは、そんな大人が許せなかったんでしょ?

だから先生は、ルールを破った自分が許せないんだ」

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【短編集】月のふたり

蒼崎 旅雨
現代文学
「月の裏側にはね、二人が住んでるの」 月の裏側には何がある? を始めとした短編集。 月の重力くらいのふんわりとした夢想の物語。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

変態紳士 白嘉の価値観

変態紳士 白嘉(HAKKA)
現代文学
変態紳士 白嘉の価値観について、語りたいと思います。

ろくでなしと笑わない天使

吉高 樽
現代文学
《30日以内に『価値のある人間』にならなければ、君の命は神様に奪われる》 無気力で淡泊な三十路手前の人生を送っていたその男は、あるとき美しい天使が「見えるように」なった。 生まれてからずっと傍で見守っていたという天使は、しかしながら男に非情な宣告を告げる。 惰性で生きるろくでなしの男は30日以内に『価値のある人間』になれるのか、『価値のある人間』とは何なのか、天使との半信半疑な余命生活が始まる。 ※注:これはラブコメではありません。 ※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

日常のひとコマ

繰奈 -Crina-
現代文学
楽しかったり、嬉しかったり、哀しかったり、憤ったり。 何気ない日常の中にも心が揺れる瞬間があります。 いつもと同じ繰り返しの中にも、その時々の感情があります。 そういったひとコマを切り取ったお話たち。 いろいろな人のいろいろな時間を少しずつ。 電車で隣り合って座った人を思い浮かべたり、横断歩道ですれ違った人を想像したり、自分と照らし合わせて共感したり、大切な人の想いを汲みとったり。 読んだ時間も、あなたの日常のひとコマ。 あなたの気分に合うお話が見つかりますように。

感情

春秋花壇
現代文学
感情

処理中です...