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もえぎ園

存在意義

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仕事中も、深夜も、牧内不動まきうちふどう)の石田葵いしだあおいへの意識の傾注は緩められることはない。

作業中であっても葵が「ふ…ふぇ……」と声を上げようものなら作業を放り出して駆け付け、穏やかな表情で彼女の顔を覗き込み、「どうした?」と声を掛けた。

おむつでもミルクでもなく、それでもなお不機嫌そうにしていると、彼女を自分の膝に寝かせてあやしながら作業を続けた。それはもう彼にとっては慣れたものなので、一人で作業をしている時とさほど変わらず集中できた。仕事と子供への意識の振り分けが完全に染みついているのだ。

ここに至るまでは決して容易ではなかったが、人間の能力というものはこれほどのことさえ可能にするということだろう。もちろん、彼自身に元々その適性もあったのだろうが。

深夜もそうだ。ミルクやりとおむつ替えは当然として、ぐずり始めただけでも飛び起きて、

「そうかそうか、怖い夢を見たんだな。でも大丈夫。お父さんはここにいるよ」

と彼女に柔らかく語り掛けた。そのおかげか、酷く夜泣きをするということは殆どなかった。

なお、妻の早苗もミルクの時やおむつ替えの時にはその用意を手伝ってくれる。彼女も人並み以上に世話はできるのだが、不動がやった方が明らかに子供が落ち着いているので、合理的に考えて今の形になったのである。

その代り、家事はほぼ早苗の仕事だった。彼女は、夫の不動が仕事と子供の面倒をみることに集中できるように努力をしてくれていて、不動はそれをとても感謝していた。

「ありがとう」

たとえ当たり前のことをしてくれたとしても、不動も早苗も、必ずそれを口にした。子供は親のそういう姿を見て学ぶことを知っているからである。

深夜にミルクの為に不動が起きると早苗も起きて、彼がおむつを替えている間にミルクの用意をし、それを手渡すと、彼は「ありがとう」と言った。

このやり方を奇異に思う人間もいるかもしれない。不動の彫金師としての収入だけで十分に余裕のある生活ができていて早苗は専業主婦をしているのだから、早苗にやらせるべきだと思う人間もいるかもしれない。

けれど、不動はそんな人間の言うことを一切聞き入れることはなかった。事情も知らず適性というものさえ考慮せず『妻にやらせるべきだ』と言い切る人間の言うことなど、彼にとっては何の価値もなかった。

彼は、『きちんと結婚して子供を作って日本を支え守るべきだ』と考える<もえぎ園>園長の宿角蓮華すくすみれんげと考えを同じくし、自分達に子供ができないという事実を受け止めた上で、次の世代を育て上げることに自らの存在意義を見出しているのだから。

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