363 / 571
第三幕
回想録 その3
しおりを挟む
『この世には吸血鬼だけがいればいい』
その考えがどれほど傲慢なものであるか、僕は、アオから教わった。
彼女と出逢った当時の僕は、父を亡くし母を亡くし、人間との諍いに巻き込まれたりして、正直、何もかもが嫌になっていた時期だった。
若い吸血鬼にはどうしてもそういう時期があると言われてる。
吸血鬼である自分と人間との間にあるあまりにも深くて遠い<溝>に打ちのめされて、空虚な気分になる時期が。
はっきり言ってしまえば、
『どうして人間なんていう愚かな生き物と関わらなくちゃいけないんだ!?』
『どうして愚かな人間なんかに僕達吸血鬼が気を遣わなきゃいけないんだ!?』
っていう<想い>だ。
だってそうだろう? 人間みたいな、ひ弱で、そのくせずるくて、ひがみっぽくて、自分よりも優れた者は妬み、自分より劣ってると感じた相手にはどこまでも尊大に振る舞うような生き物。
『そんな生き物なんか、さっさと滅ぼしてしまえばいいんだ! そうすれば地球は穏やかで平和な惑星になる』
そういう考えに囚われてしまうんだ。
だけど、僕の母は、それを良しとしなかった。僕に、繰り返し何度も、
「生きるというのは、自分の思い通りにならない現実と向き合って、折り合いをつけていくこと。これは、吸血鬼も人間も同じ。
私達吸血鬼は、確かにとても強い力を持つ生き物だけど、だからってこの世界の全てを思い通りにできるわけじゃない。
かつて、それを目指した吸血鬼も何人もいたけれど、誰一人、理想を成し遂げた者はいないの。
誰もが皆、志半ばで命を落としてる。
吸血鬼は、寿命以外では限りなく不死に近いとはいえ、決して<不滅>の存在じゃない。人間よりは遥かに長寿でもしっかりと<寿命>もあって、いつかはこの世を去るんだよ。
もう、これだけでも『自分の思い通りにはならない』というのが分かるよね。
だからミハエルもそれを分かっていてほしいの。吸血鬼である自身の力に奢ることなく、何もかもが自分の思い通りになるわけじゃないことを理解してほしい。
その代わり、お母さんが生きている限りは、あなたの辛い思いを受け止めてあげる。
それが、あなたをこの世界に送り出したお母さんの役目」
と言い聞かせてくれた。
母の言葉が、僕を支えてくれたのは事実。
たぶん、それがなかったら、僕はとっくに、人間にとって危険な存在に変わっていたと思う。
それでも、疲れてしまって、いろいろな煩わしいことから逃げたくて、ジェット旅客機の車輪格納庫に潜んで日本にやってきたんだ。
仮の身分を使えば普通に入国もできたけど、それだと足跡が残ってしまうからね。
あと、自分がどこまで耐えられるのかを、試したかったというのもある。
低温についてはシベリアで経験済みだけど、そこにさらに低酸素が加わるとどうなるのかっていうのを。
その考えがどれほど傲慢なものであるか、僕は、アオから教わった。
彼女と出逢った当時の僕は、父を亡くし母を亡くし、人間との諍いに巻き込まれたりして、正直、何もかもが嫌になっていた時期だった。
若い吸血鬼にはどうしてもそういう時期があると言われてる。
吸血鬼である自分と人間との間にあるあまりにも深くて遠い<溝>に打ちのめされて、空虚な気分になる時期が。
はっきり言ってしまえば、
『どうして人間なんていう愚かな生き物と関わらなくちゃいけないんだ!?』
『どうして愚かな人間なんかに僕達吸血鬼が気を遣わなきゃいけないんだ!?』
っていう<想い>だ。
だってそうだろう? 人間みたいな、ひ弱で、そのくせずるくて、ひがみっぽくて、自分よりも優れた者は妬み、自分より劣ってると感じた相手にはどこまでも尊大に振る舞うような生き物。
『そんな生き物なんか、さっさと滅ぼしてしまえばいいんだ! そうすれば地球は穏やかで平和な惑星になる』
そういう考えに囚われてしまうんだ。
だけど、僕の母は、それを良しとしなかった。僕に、繰り返し何度も、
「生きるというのは、自分の思い通りにならない現実と向き合って、折り合いをつけていくこと。これは、吸血鬼も人間も同じ。
私達吸血鬼は、確かにとても強い力を持つ生き物だけど、だからってこの世界の全てを思い通りにできるわけじゃない。
かつて、それを目指した吸血鬼も何人もいたけれど、誰一人、理想を成し遂げた者はいないの。
誰もが皆、志半ばで命を落としてる。
吸血鬼は、寿命以外では限りなく不死に近いとはいえ、決して<不滅>の存在じゃない。人間よりは遥かに長寿でもしっかりと<寿命>もあって、いつかはこの世を去るんだよ。
もう、これだけでも『自分の思い通りにはならない』というのが分かるよね。
だからミハエルもそれを分かっていてほしいの。吸血鬼である自身の力に奢ることなく、何もかもが自分の思い通りになるわけじゃないことを理解してほしい。
その代わり、お母さんが生きている限りは、あなたの辛い思いを受け止めてあげる。
それが、あなたをこの世界に送り出したお母さんの役目」
と言い聞かせてくれた。
母の言葉が、僕を支えてくれたのは事実。
たぶん、それがなかったら、僕はとっくに、人間にとって危険な存在に変わっていたと思う。
それでも、疲れてしまって、いろいろな煩わしいことから逃げたくて、ジェット旅客機の車輪格納庫に潜んで日本にやってきたんだ。
仮の身分を使えば普通に入国もできたけど、それだと足跡が残ってしまうからね。
あと、自分がどこまで耐えられるのかを、試したかったというのもある。
低温についてはシベリアで経験済みだけど、そこにさらに低酸素が加わるとどうなるのかっていうのを。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
我が娘が風呂上りにマッパで薄暗い部屋でPCの画面を見ながら不気味な笑い声を上げてるんだが?
京衛武百十
現代文学
私の名前は久遠観音(くどおかんね)、33歳。今年20歳になる娘を持つシングルマザーだ。『33歳で20歳の娘?』って思うかもしれないけど、娘はダンナの連れ子だからね。別に不思議じゃないでしょ。
世の中じゃ、『子連れ再婚は上手くいかない』みたいに言われることも多いみたいだけど、そんなの、<上手くいかない例>がことさら取り上げられるからそんな印象が抱かれるだけで、上手くいってるところは上手くいってんだよ。上手くいってるからこそいちいち取り上げられない。だから見えない。
それだけの話でしょ。
親子関係だって結局はただの<人間関係>。相手を人間だと思えば自ずと接し方も分かる。
<自分の子供>って認識には、どうにも、『子供は親に従うべきだ』って思い込みもセットになってるみたいだね。だから上手くいかないんだよ。
相手は人間。<自分とは別の人間>。自分の思い通りになんていくわけない。
当たり前でしょ? それなりに生きてきたなら、そのことを散々思い知らされてきたでしょ? 自分だって他人の思い通りになんて生きられないじゃん。
その<当たり前>を受け入れられたら、そんなに難しいことじゃないんだよ。
私は、娘からそのことを改めて教わったんだ。
筆者より。
なろうとカクヨムでも同時連載します。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にエントリー中です。
応援をよろしくお願いいたします。
後宮見習いパン職人は、新風を起こす〜九十九(つくも)たちと作る未来のパンを〜
櫛田こころ
キャラ文芸
人間であれば、誰もが憑く『九十九(つくも)』が存在していない街の少女・黄恋花(こう れんか)。いつも哀れな扱いをされている彼女は、九十九がいない代わりに『先読み』という特殊な能力を持っていた。夢を通じて、先の未来の……何故か饅頭に似た『麺麭(パン)』を作っている光景を見る。そして起きたら、見様見真似で作れる特技もあった。
両親を病などで失い、同じように九十九のいない祖母と仲良く麺麭を食べる日々が続いてきたが。隻眼の武官が来訪してきたことで、祖母が人間ではないことを見抜かれた。
『お前は恋花の九十九ではないか?』
見抜かれた九十九が本性を現し、恋花に真実を告げたことで……恋花の生活ががらりと変わることとなった。
下宿屋 東風荘 5
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*゜☆.。.:*゚☆
下宿屋を営む天狐の養子となった雪翔。
車椅子生活を送りながらも、みんなに助けられながらリハビリを続け、少しだけ掴まりながら歩けるようにまでなった。
そんな雪翔と新しい下宿屋で再開した幼馴染の航平。
彼にも何かの能力が?
そんな幼馴染に狐の養子になったことを気づかれ、一緒に狐の国に行くが、そこで思わぬハプニングが__
雪翔にのんびり学生生活は戻ってくるのか!?
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆
イラストの無断使用は固くお断りさせて頂いております。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
思うこと
奈月沙耶
現代文学
自慢じゃないけど、わたしの小さなころの夢は玉の輿に乗る事だった。幼稚園の七夕飾りの短冊に「金持ちの男の人とケッコンしてお金持ちになりたい」って書いて先生たちの度肝を抜いた。
そんな私が大人になって思うこと。
inspiredsong「想うこと……」椎名恵
常世の狭間
涼寺みすゞ
キャラ文芸
生を終える時に目にするのが
このような光景ならば夢見るように
二つの眼を永遠にとじても
いや、夢の中で息絶え、そのまま身が白骨と化しても後悔などありはしない――。
その場所は
辿り着ける者と、そうでない者がいるらしい。
畦道を進むと広がる光景は、人それぞれ。
山の洞窟、あばら家か?
それとも絢爛豪華な朱の御殿か?
中で待つのは、人か?幽鬼か?
はたまた神か?
ご覧候え、
ここは、現し世か?
それとも、常世か?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる