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好きになれる相手のハードル

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『言いたいことは言うべきだ』

『自分の気持ちには正直になるべきだ』

これらの言葉はとても魅力的で、真実のように思えるだろう。実際、それが必要になる場面は確かにある。

けれど、忘れてはならない。自分が言いたいことを言い、自分の気持ちに正直になる<権利>があると言うのなら、それは相手にも同じ権利があるということを。

言いたいことを言い、自分の気持ちに正直になるためには、相手の言いたいことに耳を傾け、相手の気持ちに配慮する覚悟が必要になるということを。

それをせずにただ自分だけが一方的に言いたいことを言って自分の気持ちだけが叶えられるなどと考えるから無用な軋轢が生じるのだ。

ストーカーやクレーマーなどと言われる者はその典型じゃないだろうか。

アオもそれは分かっている。だから自分の気持ちを正直に吐露しながらも、セルゲイやミハエルがなぜ危険なところに子供達を連れて行ったのかは理解しているし、それに合理性があることも承知している。

けれど、その上で、ちゃんと自分の気持ちも吐露し、ただ抑え付けるだけでは駄目だということも理解していた。

それがこの家族を強く結び付けている。

一方で、世間的には、こうして遠く離れていると<浮気>などというものも心配するところかもしれないけれど、アオもミハエルもそういう部分の不安はなかった。

それは何故か?

理由は単純だ。どちらも、

『好きになれる相手のハードルが限りなく高い』

からである。

少し考えただけでも分かる。

だって、お互いに、

相手がミハエルだから、

アオだから、

好きになったのだから。

ミハエルが吸血鬼であることを知りながら、彼と一緒に生きることで生じるであろう様々な困難を承知しながら彼と生きることを選んだアオ。

人間と一緒に生きることの難しさを知りながらアオを選んだミハエル。

そういう相手だから好きでいられる。一時の気の迷いでなく。

そんな相手、他にそうそういるはずがない。

互いに、自分の気持ちばかりを押し付けるわけじゃなく、相手の気持ちも推し量り気遣うことができる者同士。それができて、しかも自分を好きになってくる存在なんて、そうそう巡り会えるものだろうか?

人知を超えた美麗さを持つミハエルのことなら好きになる者はいくらでもいるかもしれない。けれど、彼のことを理解し、彼の言葉にしっかりと耳を傾け、彼の気持ちを尊重し、彼の考えを理解しようと努力してくれる人間はそんなにいるだろうか?

もしそういう人間ばかりであったなら、単に自分が気に入らないとか好きじゃないとかいう程度の理由で一方的に攻撃する人間がこんなに多いはずがないだろう。

普段、アオが口にしていることに反発を覚えるようであれば、それはもうその時点でミハエルが好きになってくれる可能性がほぼないというなによりの証拠である。

加えて、アオもミハエルも、好きでもない相手と時間を費やすことに意義を見出せない。

つまり、二人とも、浮気相手を見付けようにも見付けられないタイプということなのだった。

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