神河内沙奈の人生

京衛武百十

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神河内良久の独白

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僕が覚えている最初の記憶は、母が僕のペニスを美味そうにしゃぶっている光景だった。たぶん、五歳か六歳頃の記憶だと思う。母が何をしているのか分からなかったが、それ自体は不快なことではなかったと当時は感じていた気もする。

だがすぐにそれが異常なことだと気付き、僕はやめてほしいと母に懇願した。けれど母はそれを聞き入れてはくれなかった。

母が僕にそういうことをしていた時には既に父は家にいなかった。だから僕に父に関する記憶はない。父親が家にいるものだという感覚さえなかったことで、それを寂しいとか思ったことはなかった。ただ、父がいてくれれば母を止めてくれたかもしれないと思うと、それだけが残念だった。

僕の体が大きくなって、それに伴ってペニスも大きくなってくると、母はやがてしゃぶるだけでなく自分の膣にそれを受け入れるようになっていった。それでも大人のものに比べれば小さく可愛らしいものでしかなかった筈だが、母はそれを受け入れて蕩けた雌の顔をしていた。僕はそんな母の顔を嫌悪した。

だがそんなある日、いつものように憂鬱な気分で家に帰ると、雌の顔で僕を迎える母の姿はなかった。奇妙な胸騒ぎに誘われるようにリビングに入ると、そこには、人間ではないただの冷たい肉の塊となってぶら下がる<母だったもの>の姿があった。

それを当時の僕がどう感じて何を思ったのかは、まったく思い出せない。それから数年間、僕の記憶は溶剤で溶かされたように曖昧になりどろどろになり、ようやくそれなりに思考出来るようになった時には僕は既に高校受験を寸前に控えていた。勉強した覚えも全くないもののなぜか合格出来てしまい、高校に通い始めたが、そこでの思い出も特筆すべきものはなかった。

大学には進学せず、なんとなく暇を持て余して始めた人形作りが何故か評判になり、僕は世間では有名な人形作家になっていたようだった。もっとも、そんなことも僕にはどうでもよかったが。

なのに、そんな僕のところに一人の少女がやってきた。彼女は両親や叔父などから手酷い虐待を受け、殆ど獣と変わらない<生き物>だった。僕はなんとなくの気まぐれでその少女と一緒に住み始めた。少女も僕のところでは大人しくしてたから、僕もその少女と一緒にいるのはそれほど苦にならなかった。僕にすり寄ってきたりしないのが何よりありがたかった。

そうしてる間に少女は成長し、少女が通う学校の担任だった女性が何か不祥事を起こして解雇されたらしいので丁度いいと思って少女の世話をしてもらう為に僕が直接雇った。

それからは本当に何もない静かな毎日だった。僕は人形作りに集中出来てますます僕の人形は売れたらしいものの、それも僕にとってはどうでもよかった。

でも、いつしか少女も成人して、<女>になっていた。

すると彼女は僕の母と同じように僕を求めてきた。けれど不思議なことに、母に対しては感じていた嫌悪感が、彼女に対しては殆ど湧いてこなかった。だから僕は彼女の好きにさせた。

すると、当たり前のことなんだろうけど僕との子供を彼女は宿したようだった。まるで実感もないままに僕は<父親>になっていた。しかし、彼女の面倒を見てもらう為に雇った女性が全てをやってくれたので、僕はやっぱり人形作りに集中していればよかっただけだった。

ただ、僕の体はその時既に病に侵されていたようだ。もっとも僕にはそんなこともどうでもよかった。病気で早々に死ねるならむしろ喜ばしいことだった。そんな僕の願いが聞き入れられたのか、病は着実に僕の命を削っていってくれた。

この頃には僕の財産は相当なものになっていたらしく、僕の妻となっていた彼女とその子が生活していくには困らない程度になっていたし、僕はそれでもう何も気にしなくていいと安心していた。

あれこれうるさく言ってくる者もいたが、僕はそれをすべて聞き流した。たとえ聞き入れたところで僕に出来ることじゃなかったし。

いよいよ自分でも長くないと感じた頃には、ベッドから起き上がることも出来なくなっていた。財産の贈与も済んでいたし必要な手続きは済んでいたし、それこそもう何も思い残すことはなかった。ああこれでやっと終われるんだなとホッとしただけだった。

その一方で、僕の妻になった彼女と、まだ何も分かってない筈の幼い僕の息子がベッドの脇で僕を覗き込んでいるのを見てると、不思議と気持ちが落ち着いた。とても穏やかな気分になれた。

そして、自分の体が端から消えてなくなっていくような感覚を覚えた時、ついにその時が来たんだと僕は察した。

いつものように僕を見てた妻と息子の姿を見て、僕は不意に思った。

『ああ、母が僕を産んで、あの時に僕を連れて行かなかったからこの光景が見られたんだなあ……』

って。それから自分でも何故か分からないけど「ありがとう…」と呟いていた。

そのすぐ後で何も見えなくなり、僕は真っ暗な場所に一人で佇んでいた。それでも何も怖くはなかった。これで終わったんだと実感できただけで……

よく聞く三途の川とか花が咲き乱れる場所は見えなかった。先に行っている筈の母の姿もなかった。真っ暗ななにもないところで一人横たわった。

だけど僕は、とても満たされていたのだった。

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