神河内沙奈の人生

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
68 / 111

彼女の成績表

しおりを挟む
年が明けて新学期が始まっても、表面上はそんなに大きな変化もなく、彼女の日常は続いていた。それでも、注意深く見守っている人間には彼女が大きく変わっていることが分かるだろう。変わってないように見えるのは、恐らく表情が乏しいからだ。なにしろ、ここまでの間に彼女自身が攻撃的なそれ以外の表情を作ってみせることが殆どなかったため、よほど観察力に優れた人間でもなければ、何気なく見てるだけでは彼女の変化に気付くことは難しいと思われた。

それでも、教室に入る時には『おはよう』と挨拶もするし、帰る時には『さようなら』とも言う。特に丹上真朱里にかみましゅりとは休憩時間などにはいつも一緒にいて、二人で絵を描いていたりもする。それだけでも劇的な変化と言ってもいい筈なのだ。愛想は悪くても、基本的にはもうクラスに溶け込んでいたのである。

ただ、学力等の点においてはやはりまだまだだった。元より知能の発達が遅れるだろうというのは医師からも診断を受けていたことなのでそれについては問題ではない筈だが、やはり目に見えた成果がないと評価されないのも役所気質というものだろうか。彼女が冬休み前にもらった成績表については、<もうすこし>が殆どで、『学習に対して意欲的に取り組んでいる』という項目のみ<ふつう>という状態だった。彼女が大人しく指導を受けている様子から<ふつう>とされているだけである。

前にも言ったが、伊藤玲那いとうれいなはこのクラスにおいてはあくまで補助教員という立場でしかなく、彼女の成績を評価しているのはこのクラスの担任である。もちろん特別支援学級を受け持つくらいだからそれなりに理解はあるのだが、さすがに山下沙奈やましたさな程の例となると勝手が違うらしい。

しかし伊藤玲那はそれに対しても敢えて口出しはしないようにしていた。山下沙奈については自分が理解出来ていればそれでよしと考えるように心掛けていたのだ。他人が自分と同じように彼女を評価してくれないことに対して苛立ったりしないようにする為である。そんなことで心を乱されて彼女に対する態度に棘が出たりしては元も子もない。他人が自分の思い通りになってくれないことは身に沁みて分かっている。だからそんなことは気にしない。

それに、当の山下沙奈自身がまだ、成績表というものを理解出来ていなかった。しかも神河内良久かみこうちよしひさもそんなものに興味を持っていなかった。彼女が学習評価制度などというものの評価基準に適合するともそもそも思っていなかった。そういう点でも彼女に対して非常に理解ある保護者と言えたのだ。

だから彼女は今日も、変わることなく落ち着いていられたのだった。

しおりを挟む

処理中です...