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獣と獣
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「お前、名前は…?」
唯一の親類である叔父の藍繪汐治に捨てられた少女に対し、神河内良久が問うた。しかし、少女は応えなかった。この客間に入ってからも結局一度も座ることなく、ギラリと敵意を剥き出しにした視線を真っ直ぐに向けてくるだけだった。それは、隙を見せればいつでもお前に飛び掛かり、喉笛を噛み千切ってやるとでも言いたげな目に見えた。
だが、神河内良久はそんな少女の視線を真っ向から受け留めた。一瞬も逸らすことなく真っ直ぐに、少女のそれとまるで変らぬ視線を返した。他人が見たら、もはや野生の肉食獣同士が互いに牽制し合っているかのように見えたかもしれない。その二匹の獣の間の空気がギリギリと締め上げられ、音を立てそうにさえ思えた。
しかしその緊張は、何の前触れもなく唐突に破れた。少女の方が僅かに視線を逸らしたのだ。それが彼女の負けを意味することは誰の目にも明らかだっただろう。この場においてどちらの方が立場が上か、神河内良久は少女に思い知らせることができたのだと言えた。少女はすごすごと部屋の隅へと退き、膝を抱えてその場に座り込んだ。そこにしか自分の居場所がないということを認めた姿だった。
もっとも、一方の神河内良久にも、その勝利を喜ぶかのような仕草も表情もまるでなかったが。
彼は自覚していたのだ。そんな勝利など何の価値もない、誇れるようなものなどまるでない、ただ幼稚で大人げない振る舞いに過ぎなかったということを。だが彼にはそれしかできなかった。彼女のような存在を前にして自分が大人としてどうするべきかということを知らなかったから、彼にできる方法でしか応じることができなかったのである。
『山下沙奈…か……』
少女に訊くまでもなく、名前は藍繪汐治から聞かされて知っていた。彼女がどの程度のコミュニケーション能力があるのか確かめる為に名前を問い掛けただけだった。その結果、やはりこの少女は自分の同類であるということを彼は再び確信していた。ただしその境遇は、自分のよりも更に過酷で苛烈だったのだろうということも察していたのだが。
ソファーに深く腰掛け目を瞑りつつも、意識は常に少女に向ける。隙を見せれば本当に襲い掛かってきかねないと感じていたからだ。さっきは勝てたが、それでも彼女は全面的に降伏し服従の意思を見せた訳ではないのも分かっていた。今は勝てなくともいずれは貴様を食い殺してやるという意志を感じた。
とんでもないものを抱え込んだという認識が、神河内良久を包んでいたのだった。
唯一の親類である叔父の藍繪汐治に捨てられた少女に対し、神河内良久が問うた。しかし、少女は応えなかった。この客間に入ってからも結局一度も座ることなく、ギラリと敵意を剥き出しにした視線を真っ直ぐに向けてくるだけだった。それは、隙を見せればいつでもお前に飛び掛かり、喉笛を噛み千切ってやるとでも言いたげな目に見えた。
だが、神河内良久はそんな少女の視線を真っ向から受け留めた。一瞬も逸らすことなく真っ直ぐに、少女のそれとまるで変らぬ視線を返した。他人が見たら、もはや野生の肉食獣同士が互いに牽制し合っているかのように見えたかもしれない。その二匹の獣の間の空気がギリギリと締め上げられ、音を立てそうにさえ思えた。
しかしその緊張は、何の前触れもなく唐突に破れた。少女の方が僅かに視線を逸らしたのだ。それが彼女の負けを意味することは誰の目にも明らかだっただろう。この場においてどちらの方が立場が上か、神河内良久は少女に思い知らせることができたのだと言えた。少女はすごすごと部屋の隅へと退き、膝を抱えてその場に座り込んだ。そこにしか自分の居場所がないということを認めた姿だった。
もっとも、一方の神河内良久にも、その勝利を喜ぶかのような仕草も表情もまるでなかったが。
彼は自覚していたのだ。そんな勝利など何の価値もない、誇れるようなものなどまるでない、ただ幼稚で大人げない振る舞いに過ぎなかったということを。だが彼にはそれしかできなかった。彼女のような存在を前にして自分が大人としてどうするべきかということを知らなかったから、彼にできる方法でしか応じることができなかったのである。
『山下沙奈…か……』
少女に訊くまでもなく、名前は藍繪汐治から聞かされて知っていた。彼女がどの程度のコミュニケーション能力があるのか確かめる為に名前を問い掛けただけだった。その結果、やはりこの少女は自分の同類であるということを彼は再び確信していた。ただしその境遇は、自分のよりも更に過酷で苛烈だったのだろうということも察していたのだが。
ソファーに深く腰掛け目を瞑りつつも、意識は常に少女に向ける。隙を見せれば本当に襲い掛かってきかねないと感じていたからだ。さっきは勝てたが、それでも彼女は全面的に降伏し服従の意思を見せた訳ではないのも分かっていた。今は勝てなくともいずれは貴様を食い殺してやるという意志を感じた。
とんでもないものを抱え込んだという認識が、神河内良久を包んでいたのだった。
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